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「捜索はどうでしたか」

 彼女が淹れてくれた紅茶を飲み干したところで龍也が口にすると、彼女は、嘆息で応じ、それからおもむろに話し始めた。

「今日はいつもより少し足を延ばしてみました。猫はあまり遠くへ行かないとは聞いていますけど、近場はさんざん見て回りましたし。なんとなく三鷹のほうまで行ってみたんですけど、そうしたらビラが貼ってあったんです」

 龍也は沈黙を相槌代わりにした。

「猫さらいに注意って」

 眉を顰める龍也に、彼女は、身震いしながら腕を交差させ、自らの身体を抱くようにした。

「まさか、チィも……」

「だいじょうぶですって。人見知りだって書いてらしたじゃないですか。そうやすやすと人につかまったりしませんって。チィちゃんはだいじょうぶです」

「そうでしょうか」

「ええ。……でもこわいですね。猫を虐待したり殺したりする為に連れ去る輩がいますから。……人に慣れている地域猫とかが連れ去られるのを目撃した人がいたんでしょうかね」

「猫さらいだなんて……ほんと考えただけでぞっとする」

 彼女は、龍也から外した視線を脇に置き、眉を顰めた。

 不安を煽る結果になってしまったが、言ってしまったものはしょうがない。

「チィちゃん、人見知り以外ではどんな性格のコですか?」

 話題を変えたくて質問を捻り出したものの、また悲しませることになってしまうだろうか。

「うーん、ちょっとわがままなところがあって……あ、でもそれって猫の場合は普通ですよね。あとは、八つ当たりとかしちゃうとこかな」

「なるほど、頭がいいコなんですね。八つ当たりをするってことは知能が高いということですものね」

「そうですよねー。小っちゃい頃は、ネズミのおもちゃを投げてあげると、また投げてくれって咥えて私のところまで持ってきてくれてました。ワンちゃんみたいに」

 話している彼女の顔は幸せに溢れていた。一瞬でも、チィちゃんがいなくなったことを忘れてくれているようだ。

 しかし反動はすぐにやってきたようで、天候が急変するみたいに彼女は表情を曇らせた。

「……ごめんなさい」

「いえ……」

 言葉を詰まらせ、上下の唇同士をし潰してうつむく彼女をしばしの間、龍也は見つめた。

「あのぉ、奥が仕事場になっているんですか?」

「ええ」と、彼女が気もそぞろな感じで答える。

「仕事場に、チィちゃんは?」

「わたしが仕事しているときはだいたい側にいます。気づいたら、床に寝そべって仕事する私をじっと見てたり……。たまに机の上に乗ってきて邪魔をされますけど、イタズラするんじゃなくて私の前に居座る感じで、こんを詰めすぎないよう、休憩しろって言ってくれているのかなあって……」

「ははっ、わかります」

「そうだ、見てみます?」

「はい?」

「仕事場」

「ええ、ぜひ」

 龍也は、喜び勇んで頷いた。

 

 部屋の中は、龍也がイメージしていたものと違っていた。一見すると、建築士の部屋みたいに感じる。

 正面のブラインドの下りた窓の前には大きめの机があり、パソコンが鎮座していて、ジュエリーデザイナーの仕事場には思えない。

 きょとんとしている龍也を尻目に、彼女は部屋の奥へと進んでいった。

「パソコンは、ホームページやカタログを作ったりするのに使うんです」

 パソコンが置かれた机と通路を開けて直角に一回り小さなテーブルが据えられている。テーブル全体には白いクロスがかけられていてでこぼこしている。そのクロスを彼女が静かにはぎ取った。

 薄い木箱の中に整然と並ぶ、金ノコ、スケール、ピンセットやヤスリや筆、カッターやペンチなどが現れた。デザイン画のスケッチやろう、見本みたいやジュエリーも天板の上に見て取れる。

「猫って、高いところから物を落とすのが好きなんですよね。だからイタズラされないようにこうしてカバーを……」

「近くで見てもよろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

 デザイナーの仕事場というものは、職人のそれとはまた違うのだろう、全体的にすっきりした印象だ。型にするベースだけを作るようで、蝋で作られた蝶は、宝飾というより芸術品の趣がある。が、チィちゃんにとっては格好のおもちゃだ。

 テーブルの上をくまなく眺めていた龍也だったが、不意に気づかされた。

「ゆっくりしている場合ではありませんでした。戻りましょう」

「あっ」と、彼女も我に返った。

 笑みを交わし合うと、龍也は彼女と共にリビングダイニングへと戻った。

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