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「ちょっと、何をしているんですかっ」
はっとなって目を覚ました。彼女の声は耳に留まり、こだまとなっていつまでも責め立ててくるようだった。鈍麻した頭では言い訳も思い浮かばない。
頭から被っていたパーカーは床に落ち、ジーンズの脚は、腿のところで左右に開き、跨っているみたいな格好になっていた。
赤面しそうになる。いや、しているのかもしれない。顔が熱い。彼女とてそれは同じだろう。まずいことになった。
衣類を脱衣籠に戻したほうがいいだろうか。しかし身動きが取れない状態に陥ってしまっている。何か、何か、何か言わなければーー
「あっ、あの、チィちゃんは見つかりましたかっ?」
見下ろしてくる彼女の重量感のある視線に必死で耐えていた。
「ちがっ……そうじゃなくて……あのっ、チィちゃんは?」
険しい表情のまま、彼女は首を横に振った。
腕時計を確認すると、彼女が出て行ってから一時間半ほどが経っていた。三十分以上も眠っていたことになる。どうりで首すじがつっぱっているはずだ。
「チィ、戻って来て……いないんですよね」
頷くこともできなかった。情けないにもほどがある。
土下座のひとつもしたい心境だった。でもそんなことをしている場合ではない。いまこうしている瞬間にもチィちゃんが戻ってくるかもしれない。自分の感情なんて二の次、三の次……
彼女のジーンズを脇にのけ、立ち上がった。背中から腰にかけての筋肉が強張っていて、立ち上がった瞬間、前のめりになり、足を一歩踏み出してしまう。
怯えたように彼女が身を引いた。
腰に手を当て、ぐっと押すようにして伸ばし、姿勢を正した。それから彼女に向かって頭を下げた。
「失礼しました。猫の嗅覚は犬ほどに優れていないかもしれませんが、少しでも自分のにおいを消しておきたくて、服をお借りしました。チィちゃんが戻ってきたとき、外への退路を断つ必要があるので、その際、その作業をやり易くする為でした。眠ってしまったこと、心よりお詫びします」
目を伏せたまま
「まあ、そうかなって、思いはしましたけど……」
パーカーとジーンズを洗濯籠から出したのは自分だから自分で元に戻すべきだとは思うのだが、この場合、やはり服にはもう触れないほうがいいのかもしれない。
「あの、テーブルへ……」と、龍也が促すと、そそくさと彼女は屈み、ジーンズとパーカーを洗濯籠の中に押し込めた。
心の中で彼女に謝りはしたが、口には出せなかった。
念の為、戻ってきたチィちゃんがどこか物陰に潜んでいないか、注意深く部屋の中を見回してみたが、隠れるような場所とてないのだった。
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