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「ご出勤は何時ですか?」

 できればしたくない質問だったが、芳しくないケースを想定し、訊かないわけにはいかなかった。

 案の定、不安と不満が彼女の表情に差し込まれたように見えた。

「それって、どういう意味ですか?」

「はい。長丁場になった場合に備えて訊いておこうと思いました」

「でしたら御心配には及びません。在宅での仕事ですから、そのへんは何とかなります」

「そうでしたか。猫と過ごす時間が多いというのは素晴らしいことです。寝顔を見ているだけでもとても穏やかな気持ちになれる。至福の時間ですよね」

 流れ的に、ご機嫌取りだと思われたら嫌だなと思った。でも彼女は、「ほんとそう」と、憚ることなく同意を示してくれた。

 猫を飼っている者同士の共通認識、いわゆる猫あるあるは枚挙に暇がない。それらをことさら並べ立てていく必要もないと判断した。

「たとえ飼い主の心に裏切りがあったとしても、ペットが飼い主を裏切ることはありませんよね」

 何か明確な意図があっての言葉じゃなかった。その言葉が彼女にどんな作用を及ぼすのか、興味があった。というのも、推測が正しいかどうかはともかくとして、何らかの原因があって彼女が人間不信になったのなら、その逆だってあると思ったからだ。今回の件がうまくいったら、それがきっかけとなって人間不信が解消されるかもしれない。そう考えるとわくわくする。まあ、彼女が人間不信という前提から始まり、すべては僕の妄想でしかないのだが。

「人が、言葉の通じない相手と暮らすことには、そこにどんな意味があるのでしょうね」

 小さいながら鋭い反応が得られた。少しの間、視線をさ迷わせてから彼女は答えた。

「チィが人間の言葉をしゃべれたらいいなって思ったことはありました。でもよく考えれば、しゃべれないから今の関係が成り立っているのかもしれませんね。しゃべれたら、喧嘩したり、憎しみ合ったり、いつか人間同士みたいに離ればなれになっちゃうんでしょうね……」

「確かに。病気になったときとか、痛みや症状を言葉で伝えてくれたらどんなにいいだろうと思います。でも言葉が通じないからこそ、相手のことを思いやり、大切にできるという部分があるのだという気がします」

 話しながら、彼女の様子に変化を感じていた。ふと何かに心をとらわれて上の空になったような……。自分の発した言葉がきっかけになったのかどうかはわからない。伏せられた彼女の目からわかるのは、それがよくない傾向のことだろうということだけだ。そこで、ある種の感情がみるみると結実していき、小さく爆ぜたように感じた。

「人ってほんとうに面倒くさい……」

「あの、何かあったのですか?」

「何かあった……そうなのかもしれません。でもどうしてそんなことを?」

 咄嗟のことに言葉を返せなかった。

「こうしてドアを開けているからあなたにいてもらってますけど、勘違いされては困ります。詮索されるのははっきり言って迷惑です」

 体にかっと火がついたような羞恥に一瞬襲われた。しかし目的があるおかげで何とかやり過ごすことができる。チイちゃんと再会を果たしてもらうまでは道化だって何だって演じてみせる。喧嘩だって厭わない。だがやはり喧嘩はまずい。ドアが開いているので近所迷惑になるし、何よりチィちゃんが戻ってきたとしても驚いて逃げてしまう。

「申し訳ありません。ただのおせっかいと申しますか、気になることがあると、そのままにしておけない性質でして。不快な思いをさせてしまったのだったら謝ります。すみませんでした」

 龍也は、深く陳謝した。

「でも……人間不信とかだった場合、この作戦にも影響するかなと思いまして……」

 視線を上げていくと、まともに彼女と目が合った。

「どういうことですか?」

 彼女の強い眼差しについ尻込みしそうになる。

「あ、いえ、その、信頼してもらわないことには成功しないんじゃないかと、ただそんな気がしたものですから」

「人間不信だなんて、そんなふうに言われても……」

 少し怒ったような彼女の口調が、龍也に敗北を予感させた。

 まったく人の心というのはどうしてこうも思うに任せないのか。

 不平を滲ませていた彼女が不意に吹き出した。あははっ、と笑い、「ごめんなさい」と、苦し気にどうにか口にした後もコロコロと笑い続けている。

 ひとしきり笑い終えた彼女は、「あー、おかしかった」と、椅子の上で脱力した。

 呆気に取られていた龍也だったが、ふと、自分と同じようにチイちゃんがドアの隙間から彼女のことを眺めているような気がして振り返ったが、ただの気のせいに過ぎなかった。

「ほんとごめんなさい。人間不信だなんて人から言われるなんて思ってもなかったものだからつい。いえ、実際、そうなのかもしれないって思ったら何だかとてもおかしくなってしまって」

 まだ笑いを引きずっている彼女の話を聞いていたが、笑うに笑えなかった。こういうのはやはり心臓によくない。しかしこの機に乗じない手はない。思い切って口にしてみた。

「チィちゃんが戻ってきたら、僕とあなたはもうお会いすることもないでしょう。いかがですか? この際ですから、人間不信になるきっかけに何か心当たりがおありになるのなら、僕に話してみるというのは? あ、これは決して興味本位だけで申し上げているのではなく、チィちゃんが戻ってきたとき、あなたの声がしていたら安心すると思うのです。チィちゃんに語りかけるつもりで。どうでしょう」

 自分で言っておきながら、なるほどその通りだと感心した。飼い主の声はチィちゃんをおびき寄せるのにうってつけだ。一方、見ず知らずの自分の声は警戒され、チィちゃんを遠ざけてしまいかねない。だから極力聞き役に徹したい。

 何か珍しいものでも見るような目で彼女は龍也のことを見つめていた。

「おせっかいで申し訳ありません」

「ふふっ、そうですね」

 気がつけば、彼女が纏う雰囲気ががらりと変わっていた。短い時間ながら信頼を勝ち得たのかと喜ぶ間もあればこそ、どこかしら翳りのある彼女の表情には憂慮せずにはいられない。

「これっていう原因は特にないと……自然とそうなったというか……」

 浮かない顔の彼女に、やはり何か原因が存在するのだという気になる。

「理由がわからないのに人から恨まれたり嫉妬されたりすることってありますよね。それから、他人同士話してて、聞こえよがしの悪口や嫌がらせを言う人たちもいて、最初に自分のことを言われてるんだってわかったときにはびっくりしました。子供の頃から自分は人とは違うって感じてきましたから、そのせいかもしれませんね。ルールやマナーを守らない。鈍感なのか無神経なのか、平気で相手を傷つける人たちが世の中にはたくさんいます。人間不信にならないほうがおかしいと思います。そうですね……いつからか、友達のちょっとした裏切りなんかも許せなくなってしまって……。家族にしたってそう、めんどくさいぶん他人のほうがましかも……」

 あなたもそうなんでしょ?

 彼女の目には同意を求めるそんな響きがこもっているように感じられた。

 共鳴したのだろうか、彼女の虹彩が収縮したように思えた。

 龍也は、静かに息を吸い込んで気持ちを鎮めた。

 時折、玄関ドアの隙間から街の音が忍び入ってくる。

 車のクラクション、何かの破裂音、疾走してゆくバイクの改造マフラーの爆音、若者の大声……野良たちにとっては聞き慣れた音でも、完全室内飼いだったチィちゃんにとっては音自体が障壁となり、行動が妨げられてしまう。

 チィちゃんにとって最も安全で自由でくつろげる場所。そのドアは開いている。願いはきっと届くはずだ。問題は、彼女がどこまでこの状況を許容できるかだ。その為に自分も努力を惜しまない。

「私、ジュエリーデザイナーをしているんですけど、盗作なんて日常茶飯事で……」

 突然の話の展開に、龍也は目をぱちくりさせた。

 盗作とは穏やかじゃない。自分もデザインの仕事をしていたので、そこにはシビアな認識を持っている。ただ言葉とは裏腹に、寂しさとおかしさが溶け合ったようなある種ふしぎな表情を彼女はしていた。

 相槌の代わりに、龍也は、小さく嘆息した。

「卸してる各メーカーからの依頼で、大体年に三百型くらいデザインしています。だからそんなのいちいち気にしてられないというのが本音なんですけど、面白いのは、ふふっ、過去に自分がデザインしたものと同じようなデザインをしてしまうことなんかもあって……セルフ盗作? 自分で自分のを盗作してるの。そういうときは最初からやり直しますけど、正直、すごい疲れちゃいます」

 彼女の視線が奥の室内ドアのほうに向けられた。奥の一室が仕事場になっているのだろう。

「発売されたばかりのジュエリーとまったくといっていいほど同じ物が、数週間後には違ったメーカーから発売されていることもあります。たまたま誰かと誰かが同時期に偶然同じようなデザインをしたなんてレベルじゃないんです。ゴム型でコピーを取ったものって一目瞭然で……。大きなブランドだったら訴訟するケースですけどね。大抵はそんなことしててもきりがないし、ほったらかしです」

 彼女には、辟易としながらもどこか楽しんでいる風情があった。

 しかしそれは歓迎すべき兆候ではないだろう。彼女の中で氷漬けにされていた諸々の感情が溶け出してきたみたいな、古びた生々しさがあった。

「気をつけてはいても、私だって知らないうちに他の誰かの真似をしている可能性があるんですよね」

 経験上、そのへんの苦労は理解している。話を合わせるのは簡単だけど、ここは聞き役に徹しようと思った。

「ずいぶん前のことになるんですけど、ブログで盗作だと告発されたことがあるんです。オーダー商品の場合、お客さんが写真を持ってきてこれと同じのを作って欲しいと言ってくることがあって……当然、私は断っています。トラブルの素ですからね。そのときも、そうやって断った客が腹いせで、相手のデザイナーにおかしなことを吹き込んだみたいで、それで騒ぎになって……。最終的に誤解は解けてブログ上で謝罪をしてもらいましたけど、あのときはほんと、やりとりしてて精も根も尽き果てました」

 彼女は、疲れた笑みを浮かべるととともに、ふわっと溜息を吐いた。

 それが人間不信のきっかけとなった、あるいは亢進させたのか。いずれにしても、龍也としては大いに納得のいくところであった。

 彼女のそうした失意と哀しみをチイちゃんが癒し、支えてきたのだと思うと、それは涙なしには聞けそうにない話だ。

 人の心と心、形のないもの同士がぴったりと噛み合うはずもない。相手に期待しては失望し、愛そうとして傷ついてしまう。だけどそうした行為は悪いことじゃないはずだ。人間には言葉がある。その言葉を正しく使い、そして使われる側も正しく理解すれば、地球上のすべての問題は解決できそうじゃないか。そんな日がいつか来ることを願わずにはいられない。

 ただ、いまのところ、自分の気持ちに正直に相手と接すれば、摩擦や軋轢は避けられない。だからといって、相手に合わせるだとか、小ざかしいコミュニケーションテクニックに頼りたくはない。それは傲慢というものだ。

 思いやりや親切が相手の中で勝手に下心へと書き換えられても、世の多くの者たちが実際その通りなのだから諦めもつく。大抵の人が、真実に目を塞ぎ、純真さを疎み、たわいのない嘘に酔いたがる。見せかけの愛や優しさを求めるのは、自分自身が本物の優しさや愛に報えないのをわかっているからなのかもしれない。自己犠牲なんて、現代ではお伽話にも等しい。

 おせっかいが嫌われる理由もそこらへんにあるのかもしれない。

 正直、人と関わるのは怖い。だけど、いちいち怖じ気づいてなどいられないので考えないようにしている。どれだけ悩み、苦しんでも人間関係に答えを求めようとするのは愚かなことだろう。小手先のテクニックを弄して人と関わっていくことなんて自分にはできそうもない。

 人間を一冊の書物に例えるとするなら、無数の本が収蔵された巨大な、まるで迷路のような図書館の棚の前で途方に暮れている。それが自分なのだという気がする。解説書やマニュアルなんてそこにはない。

 心理学に長じ、それで人を操っても、相互理解とは呼べない。答えを求めようとしてはいけない。常に真摯に、全力で相手と向き合う。そういうことなのだと、少しわかった気がしている。

 とは言うものの、何を話せばいいのか、まるで夢の中にいるように、自分がいまいる状況や考えをコントロールできなくなっていた。力が入りすぎてオーバーランしている状況なのかもしれない。

「人間って生物は、無駄なものに価値を見出そうとしますよね」

 瞬間、彼女の顔色が変わった。それを見てしまってから、なんて馬鹿なことを口走ってしまったのだろうと思った。

「あ、あの、違うんです。無駄というのはーー」

「いいんです。怒ってなどいませんから」

「ほんとにそうじゃなくて……。動物の単純さ、純粋さというものへの称賛というか、人って余計なこと、無駄なことばかりに捉われて一生懸命になって、本当に大事なものは見過ごしている気がして、そういうことを言いたかったんです」

 ますますもってまずい。口を噤み、思わず肩を竦めていた。こんな大きな声でしゃべっていたらチイちゃんが戻ってきたとしても逃げてしまう。

 龍也の態度が可笑しかったのか、彼女がくすっと笑った。

「動物って、素直で、純粋で、心に無駄がありませんね。だから私もチィの前ではありのままの自分でいられます」

「はい」

 龍也の気持ちはみるみる晴れ渡っていった。

 屈託がなくなった彼女の態度に、距離が一気に縮まった気がしたが、任務に集中しろと自分を戒めた。

 不意に彼女が何かに気づいた様子で、猫よろしく首を伸ばした。そして椅子から立ち上がると吸い寄せられるるように玄関ドアへと向かって行った。

 まずいと思ったけど止められなかった。ゲートをくぐった彼女はそこから素早くサンダルをつっかけると同時にドアノブに手をかけ、廊下に顔を覗かせた。

 落胆が彼女の後姿から滲み出している。

 来るとき通ってきたコンクリートの廊下はどこまでも無機質で、チイちゃんのような猫にとっては紛争地帯の市街地みたいなものだ。

 仮に彼女がチイちゃんの気配を感じ取っていたのだとしても、彼女がドアに辿り着くまでの間に物音と人の無配で、大慌てで逃げ出していった可能性もある。

 戻ってきた彼女の目は心なしか赤くなっているようだった。急に方向転換した彼女は、洗面所のある方へ向かって行った。少しして水音が聞こえてきた。

 もらい泣きしそうになるのを我慢した。感情の流れを堰き止めるように下唇を噛んだ。

 彼女にとってチィちゃんは我が子も同然のはず。飼い主にとっては人間の子供だろうと猫だろうと区別はない。人間の子供が行方不明になったのなら大人数による捜索だって行われる。なのに不安や恐れをたった一人で抱え込み、絶望と向き合い、戦わなければならない。何としてもこの任務は遂行しなければならない。

 救いがあるとすれば、日にちが経っても猫本来の生命力で命を繋いでいくことができることだけど、それにしたって寄生虫感染のリスクがつき纏う。

「やっぱり捜しに行ったほうが……」

 洗面所から戻ってきた彼女がぽつりと漏らした。前髪が濡れていた。さっぱりしたような顔つきがよけい憐れみを誘う。

「だったら僕がーー」

 頭を振る彼女に言葉を遮られた。

「もう何度も捜していますし。このへんのことは私のほうがわかっていますから」

「でも、それじゃあ……」

 龍也はそれとなく部屋の中を見回した。

「あなたはここでチィちゃんを待っていてください」

「いいんですか? それで」

 彼女は、きっぱりと頷いて見せた。迷いのない彼女の態度は嬉しかったが、それとはなしの不安に駆られる。初対面の自分に留守を任せる。それだけ切羽詰まっているからこそであり、決して全面的に信頼してくれてのことじゃないだろう。そう考えると、心境は複雑だった。

 それに、この期に及んで捜索に送り出していいものだろうか。待ち伏せ作戦の主義に反するのはもちろんだし、見過ごせない問題もそこにはある。そんなことをしても飼い主は精神的に追い詰められるだけだ。手がかりひとつない状態で当てもなく捜し回る。それは状況を悪化させるだけだ。不審者扱いだってされかねず、彼女自身が何か事件や事故に巻き込まれないとも限らない。

「しかし……」

 龍也の言葉には耳を貸さず、彼女は、壁のフックに吊るされていたダウンジャケットに袖を通した。それから、猫用のおやつをポケットに入れ、ペットゲートの脇に置かれていたバスケット型のキャリーバッグの取っ手を掴んだ。それから龍也に向き直り、何かを言いかけてやめた。

 ある意味雄姿ともとれるその姿を目にしながら、がつんと思い知らされた。自分に彼女を止める権利などないのだと。

「やっぱりこれはやめたほうがいいかしら。チィ、好きじゃなかったし」

 手に提げていたキャリーバックを持ち上げて彼女が言う。

「そうですね」

 万が一保護できた場合、部屋に戻って来るまでの間、腕に抱くよりバッグの中のほうが安心できるというのはある。しかし、キャリーバッグに入れようとする際に嫌がられ、また逃げ出されるリスクのほうがこわい。物の形状に対する猫の認識力はあなどれないものがある。

 あっ、と、何か思いついた様子で奥の部屋に行き、とって返してきた彼女の手には、A四サイズの紙の束が握られていた。

 それをテーブルに投げ出すようにして置くと、洗面所へと彼女は向かっていった。

 捜索用のビラだった。カラープリンターで出力された自作のものらしい。顔のアップ、寝姿と座っている姿の写真と、毛色はブルー、遠目にはグレーに見える等の特徴が記されている。連絡先は、携帯電話の番号が記載してあった。

 物悲しさに、視線を落とさずにはいられなかった。こうした捜索ビラが効果を上げることはまずない。通報があっても見間違いやガセ情報ばかりだ。

 迷い犬を探していますというSNSで捜索に関する報告を見ていてわかったことがある。SNS経由だとまだ信憑性が高い情報が集まるようだが、ポスター経由の場合、確認しに行っても空振りだったり、人違いならぬ、まったくの犬違いだったりのケースがほとんどだった。そうしたケースに限ったことではないが、人の記憶や判断がいかに当てにならないかというのは、言及するまでもないことだ。龍也自身、相手の言うことを鵜呑みにして馬鹿を見たのは一度や二度じゃなかった。

 彼女が洗面所から戻ってきた。少し乱れていた髪が整えられていた。こういうときにも身だしなみに気が回る。さすが女性だとしか言いようがない。

 冷蔵庫に付けられたマグネットフックに掛けてあった小さなトートバッグにビラを入れた彼女は、龍也に目を合わせてきた。

「行ってきます。よろしくお願いします」

 懸念は拭えない。あらぬ疑いをかけられてしまわないか。彼女の記憶違いや思い込みでそうなってしまうかもしれない。あったはずの金品がなくなっていたとか、往々にしてそうしたトラブルは発生しがちではないか。

「わかりました」

 まだ起こってもないことをあれこれ心配しても始まらない。慌ただしく玄関に向かう彼女を慎ましく見守った。

 ドアの外でストッパーをかませ直して立ち上がる彼女の姿が一瞬隙間から見えた。早足に遠ざかっていく足音を聞きながら、龍也は瞼を閉じ、静かに溜息を吐いた。

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