戻れない振り子
彼女の叔母が経営している旅館はとても綺麗だった。雲一つない夜空の下に建ち、時間の大切さを教えてくれるかの様に静かに鳴る鹿威し、綺麗に輝く店の光が美しく、僕は圧倒されていた。
そんな綺麗な旅館の扉の前に女の人が立っていた。おそらく彼女の叔母だ。
「青葉ちゃんまた大きくなったねぇ」
「ご無沙汰してます。今日はお世話になります」
青葉の綺麗な挨拶に笑みを浮かべ、叔母は僕の方を見た。
「上里春樹くんだよね?よろしくね」
「あ、はい。今日と明日お世話になります」
「それじゃ、案内しよっかな」
そう言い、彼女の叔母は僕たちを案内してくれた。
「食事は19時だからそれまでゆっくりしといてね」
青葉叔母がそう言い、僕は空いた時間でお風呂に入ることにした。
一人で露天風呂を独占し、塀の外に咲いてあった花を眺めていた。少し離れたところに咲いたユリの花は綺麗に手入れされた。
「花好きなの?」
不意に後ろから話しかけられた。そこには40代近くの男性が腰にタオルを巻き立っていた。この人は確か青葉叔母の夫、つまり青葉の叔父にあたる人だ。
「特に好きと言うわけでは、とても綺麗だったのでつい見惚れて」
「そっか、あの花や、玄関に置いてあった花は青葉が好きだから植えたんだよ」
青葉が花が好きとは知らなかった。
「花より団子って感じですけどね」
「確かにね」
そういい青葉叔父は声を上げ笑った。そして静かに口を動かした。
「青葉の父親、つまり俺の兄は絵に描いたような仕事人間なんだ。青葉のそばに居れない、だから春樹くんのような子があの子と仲良くしてくれて嬉しいよ。ありがとう。これからも青葉を助けてあげてね」
父親のように心配する青葉叔父を僕は黙って見ていた。本当に心配しているんだと心を打たれた。
「よし、真面目な話は終わり!二人は付き合ってるの?」
やっぱり血は繋がっているんだ。重い空気を切り裂くように話を変えるところは彼女と一緒だ。
「付き合ってないですよ」
40代の男性が恋愛に結びつける姿を見て少し笑って答えてしまった。その後も意味のない雑談をし、僕らは風呂から出た。
こうして男同士の裸の付き合いはおわった。
「うんま!」
彼女の声が部屋に響き渡る。
「うるさいよ。ていうか、なんで僕の部屋で食べてるの?」
部屋は別々に用意されているはずなのに、風呂から上がると僕の部屋に二人分の食事が用意されていた。
「え、二人で旅行来て、一人でご飯とか寂しくないの?頭大丈夫?」
「大丈夫じゃないのは僕も青葉も一緒だろ」
「あーー、確かに、うまいこというね」
そう言って一人で拍手している青葉を、泥に埋まるミミズを見るような目で眺めていた。
「え、なに?私なんかおかしい?」
「いや、花が好きって言うのが意外だなって」
「結構、花言葉とかを調べると面白いよ、春樹も調べてみたら?」
「そうだね、確かに面白そう」
そう答えると、彼女は人差し指をピンと立てた。
「絶対に三つは覚えておくこと!」
「なに、そのいらない宿題は」
「な、いらないだとぉ⁉︎まぁ、確かにいらないね」
いや、折れるのが早い。無意味な会話も終えて、就寝する時間になる。遊びたがる青葉を全力で追い出し、部屋で一人で考えていた。
青葉叔父の言葉に僕の心は少し引っかかっていた。『付き合ってるのか』その言葉が何故か心に残る。青葉を友達としてではなく、新たな面で見る。そんなこと出来るのだろうか。僕は青葉に恋愛感情を抱いているのか。よく分からないが、その宿題は提出しないといけない気がした。
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