第2話

その後、無事、書道部へ入ることとなった


二人。他にも入部者はいたが、自己紹介は


後ほどのことらしい。まずは字を書けという


ことだ。「何でも良いから書いてみて」女生徒が


言う。「海堂、書けるか?」桂が聞くと、


焏が筆を取った。その瞬間、勢いよく半紙に


文字を載せた。軽やかだが、力強い。彼の


心の内の思いを現しているかのようだった。


「す、すげぇ…」「君、何かやっていたのか?」


男子生徒が焏の肩を掴み、興奮して聞いていた。


だが、焏は答えなかった。瞳が更に深く澱んで


いた。「そこまでにしてやれ。人には思い出したく


も無いこともあるだろう」扉を閉めて、部屋に


入ってきた男教師が止める。「えー、仕方ない


なぁ。たくやんがそう言うならねぇ」たくやんと


呼ばれた教師は焏へと顔を向けた。「すまないな。


お前はたしか、海堂だったな。俺は辻代拓巳と


いう。書道部の顧問だ。」そう焏達へ言う。


「お前らも自己紹介してやれ」はーいと、


返事をする生徒達。「んじゃ、まずは俺から。


天宮清流、書道部の部長だ。宜しくな」


清流は女生徒へ目を向けた。「次は私のようね。


遠坂莉里華、副部長よ」笑った反動で黒い髪が


揺れた。「次は俺か。江雅薫。宜しく」


「私は紗倉実佳だよ、宜しく〜!」可愛い系の


ふたつ結びの女生徒がふんわりと笑う。


「智鶴(ちづる)麗、宜しく。」


彼らは三年。次は二年が紹介する番だった。


「工紀(くき)一馬。」それだけ言って文字を


書くことを再開していた。「浅飛(あさひ)楓


でーす!」ニコリと笑う。「矢代慎。」


こちらは真面目な顔をしている。


これで2、3年の紹介は終わった。


「次はお前らだぞ」拓巳が一瞥した。


「俺は麻美弥桂です。宜しくお願いします」


桂は輝く笑顔を向けた。「碧嶺(あおみね)千明


です。」眼鏡をかけ、堅い雰囲気を出している。


「雪野波瑠(はる)です。」白い髪を持ち、


優しそうだった。「紫藤英玲奈です、宜しく」


菫色の髪を揺らす。「海堂、自分の名前言える


か?」焏はボーッと桂を見る。そして、どこから


か紙とペンを取り出して何かを書き始めた。


“海堂焏、話すことはできない。以上です”


その場の全員が息を呑んだ。「…マジかよ。」


桂が掠れた声を出す。「そうか…」拓巳は


息を吐き出す。「まあ、こんな奴らだが仲良く


してやってくれ。あと、海堂…来い」


焏は目を細め、拓巳の後をついて行った。


その姿を見ていた桂らに清流は手を叩いた。


「はいはい、皆続きをやって。一年は文字書いて」






拓巳が入ったのは使われていない無人の教室。


「お前、あの海堂だよな?六年前、あの大会で


優勝した…」そこまで言うと、焏が拓巳を睨んだ。


その顔は普段より感情が現れているような気が


した。「そうか。お前は…。お前は、声出せる


だろ」確信めいた言葉に焏の肩が跳ねる。


「やっぱりな。なぁ、理由を話してくれないか?」


優しい声で問う。が、焏は何も言わないまま


出て行った。




焏が出て行った後、拓巳は頭をかいた。


「失敗したかなぁ。」拓巳は思い出していた。


焏の暗く、光の灯らない瞳。首の湿布、包帯…。


あれは…。「あれはかなり精神状態やばそうだな。


今の内にあいつに言っとくかな…」










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