第24話 英二遂に師匠になる

 本当に気まずい。

 

 なんであの英二先輩の部屋で、学校でアイドルレベルで崇拝されている美少女たちと勉強しなければいけないのだろう。(花を除いて)

 僕だってほんとならこんな拷問みたいなところに来たくなかった。でも三人に囲まれて半ば脅迫みたいに来いって言われたら来るしかない。

 でもどうにかしてそこを切り抜けるべきだったなと後悔している。


 勉強を始めて二時間ほどたった今。

 みんなの集中力が切れてきて、それでも勉強する僕と花をニマニマと凝視する四天王のうちの三人。

 外から見れば天国。だけどこれは……地獄だぁ……。


「すみません、ちょっとトイレ……」


「行ってらっしゃい」


 なぜか温かい目で手を振られたんですけど。

 何僕死ぬの⁈ もしかしてドア開けたら三途の川渡っちゃってる罠でもあるの⁈


 注意深くドアを開けたが、そんなことはなくただの廊下だった。

 ほっと息を吐きつつ、一旦離脱しようと一階に降りた。


 降りてすぐのリビングをちらりと除くと、そこにはあの部屋の主である英二先輩がソファーに腰をかけて単語帳を読んでいた。

 話しかけるつもりはなかったのだが、一歩踏み出したところで床がきぃと音を立てる。


「あっ」


「あっ」


 英二先輩と目が合う。

 これは完全にスルー出来る状況ではなくなってしまった。


「初めまして。加奈の兄です」


「弁天です。は、初めまして……英二先輩」


「ん? 俺の名前知ってるの?」


「はい、有名ですので」


 会話をするにはさすがに遠すぎる距離だったので、恐る恐るリビングに入った。

 ソファーの少し後ろに立つ。


 ふと、英二先輩の膝を枕にして寝る天使の姿が目に入った。

 いや、あれは天使じゃない……大天使様だぁ……。


「そ、その汐入先輩と付き合ってるってことですごく有名です。あと、加奈さんのお兄さんでもありますし……」


 うちの学校に通っていて、英二先輩の名前を知らない人はいないと思う。

 何せ汐入先輩は高校に舞い降りた天使として崇められているから。その彼氏さんともあれば、一緒の天使。

 あまりにも理想的なカップル過ぎて、誰も二人を叩くものはいない。むしろスタンディングオベーションするレベルだ。


「マジか……全然知らなかった。ってか、俺とみくるは付き合ってないからな?」


 英二先輩は、膝の上で寝息を立てる大天使こと汐入先輩の頭を撫でながらそう言う。

 付き合ってないなら、結婚でもしたってことかな? 学生結婚かぁ……でも、英二先輩年齢足りてなくない? ということは、もうそういうのを超越したってことか。すごいな。


「なるほど。でもやっぱりお二人は理想的ですよね」


「そ、そうか? まぁその言葉はありがたく受け取っとくよ。ありがとう」


「いえいえ」


 それにしてもこの大人の余裕。

 なんだろう。僕はだんだんと英二先輩がカッコよく見えてきた。弟子入りしたいとさえ思うほど。


「それにして弁手君大変だね。あんな猛獣ひしめく檻の中に入れられちゃって。まぁそうすると、俺の部屋が檻になっちゃうんだけど……」


「まぁそうですね。正直窒息死するかと思いました。よくわからないですけど、なんか酸素薄かった気がします」


「それはヤバいな。逃げてきて正解」


 飼い犬をあやすように、汐入先輩の頭を撫でる英二先輩。

 汐入先輩もなんか気持ちよさそうな顔してるし、ほんとすごいなこの人。

 本格的に弟子入りしたくなってきた。


「僕はどうしたらあぁいうのに慣れるんでしょうか……いや、別に慣れなくていいんですけど」


「俺も慣れないよ。ってか弁天君慣れてないの? 身近に寿みたいな美少女がいるのに?」


「それはこっちのセリフなんですけど……」


 花は確かに美少女……いや、ちょっとだけ美少女だけど汐入先輩は今すぐに芸能界入りしてもおかしくないレベルの美少女。

 それでいて加奈さんみたいな可愛い妹もいて、自分の部屋で学校の美少女四天王が連日女子会をしていてもなお慣れていない方がおかしい。

 まさにブーメランだった。


「まぁほんと、あぁいうのは一生慣れる気がしない。だからさ、慣れるわけがないと割り切っちゃった方が楽だと思うぞ。俺はそうしてる」


「なるほど……ありがとうございます。勉強になりました師匠」


「えっ師匠?」


 欲しかった回答そのもので、思わず師匠と言ってしまった。

 でも、これが経験者の言葉……すごいな。

 

 こんなにも大人の余裕があるから、汐入先輩みたいな美人な人と付き合えるんだろうなと思った。


「そろそろ戻りますね。あと少しの間ですが、部屋を貸してください」


「いつものことだしいいよ。まぁ勉強頑張って」


「はい、ありがとうございます。失礼します」


 心の中で英二先輩のことを師匠と呼ぶことに決めた僕は、師匠に45度のお辞儀をして二階に戻った。

 少しだけ、心が軽い。




   ***




「(え、えいちゃんが私の頭撫でてる⁈)」


「全く、こいつは呑気な奴だなぁ」


「(触り方うますぎる……! す、凄く気持ちいなぁ……ずっとされてたいくらいだよぅ)」


「(……むぎゅ)」


「ちょおいみくる⁈ なんで抱き着いてくんだよ⁈ あっ、でもこいつ寝るときはいつも抱き枕抱いてたし……しょうがないか」


「(……はぁ、えいちゃん最高……)」



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