第20話 クマのパジャマ
風呂上り。
火照った体を冷ますため、扇風機の前に鎮座してぼーっとしていた。
「ワレワレハァ~」
扇風機あったらやっちゃうあれ。
高校二年生でやることかよ、というツッコみはやめていただきたい。いつだって、少年の心を忘れちゃいけないのだ。
「何やってんのお兄ちゃん」
ふいに後ろから声を掛けられる。
振り返ってみれば、そこにはタオルで髪を拭きながら、俺に訝し気な視線を向ける加奈がいた。
やめて! 「なにこいつヤバ」と視線で訴えかけるのやめて!
「……初心忘れるべからず、をだな——」
「言い訳いいから。お兄ちゃんだって、なんだかんだ言ってまだまだ子供だからねぇ」
「うるせーよ。未だにパジャマにクマ入ってる奴に言われたくねーよ」
ピンク色のパジャマに、これでもかというくらいにクマが描かれている。
そういえばそのパジャマ、中学一年生くらいから着てる気がする。
小学生で成長期終わったのかよ。
「な……お、大人だってクマさん入ってる人だっているでしょ⁈」
「知らんけど、もっとおしゃれなんじゃねーの? 知らんけど」
そういえば、幼いころにみくるの家でお泊り会をしたとき、みくるもクマのパジャマだったなと思い出す。今はどうか知らないけど。
「大人の女性だってクマのパジャマ着るんだよ! 広い世代に渡って大人気のパジャマなんだよ!」
「熱がすごいな……まぁあれだ、今度大人が着るようなパジャマ買ってきてやろうか?」
「別にいいし! ってかなんで自分のパジャマをお兄ちゃんが買うの? そういう趣味なの?」
「妹のパジャマを買う趣味があってたまるか。ほんとにあったらただの変態じゃねーか」
「まぁある意味お兄ちゃんは変態だよね」
「そのある意味が俺の命運を左右してるよほんと」
ある意味、という言葉は本当に汎用性が高いと思う。
相手の受け取り方によってはいい意味にも悪い意味にも取れるから、マジ万能。まぁ受け取る側からしたら不思議この上ないが。
っていうか、ある意味変態ってなんだよ。どう受け取ってもいい意味一つもねぇじゃねーか。
「とにかく私を子供扱いしすぎ。私だってもう高校一年生なんだよ?」
「だったら、そろそろ彼氏の一人や二人、作ったらどうなんだ?」
「いや、二人いちゃダメでしょ」
「確かに」
加奈の容姿があれば、きっと二人同時に彼氏くらいできると思うけどな。
でもこう見えて加奈は真面目な性格をしているから、二股なんてありえないけど。
「彼氏は……私だって欲しいよぉ~」
「お前ならできるだろ。告白だってたくさんされてるみたいだし」
「そういことじゃなくて……やっぱり付き合うなら好きな人がいいでしょ? 私は好きな人とかできたことないからなぁ」
「悩ましい時期だな……思春期って」
「何他人事みたいに言ってんだ! まぁでも、お兄ちゃんは悩まなくてももういるもんね~」
「? 話がよくわかんないんだけど」
「なんだこいつ……はぁ、もういいや」
知らないうちに呆れられてしまった。理由など分からず、脳内にクエスチョンマークが山ほど浮かぶ。
加奈はタオルを首にかけた後、冷蔵庫からトマトジュースを取り出してコップに注いだ。
健康志向の高い奴め。
もう一度扇風機の方に顔を向けて涼む。
ふと、今日見たことが頭に浮かんだ。
「そういえばさ、寿彼氏いたんだな」
普段話す何気ないことと同じようなトーンでそう言う。
しかしそれは普段のようにスルっと吸収されることはなく、確かな異物として浮いてしまった。
「う、うそ……」
コップが倒れて、残っていたトマトジュースがテーブルに広がっていく。
えっ? 驚きすぎじゃね?
「彼氏……いたの?」
「いや、今日の帰りにうちの高校の男子とバスケしてるの見てな」
「……なんてこった」
「パンナコッタ」
「うるさい」
「すみません」
静かにしようと思った。
「……これは召集せねば……」
加奈の方に振り返ると、いつにもまして険しい表情をしていた。
何かマズイことでも言ったかな。
言動を振り返ってみるが、特に思い当たる節はなく、まぁいっかと思考をやめた。
まだ六月だが、妙にじめじめしていて、これから来る夏が思い起こされる。
「今年は、暑い夏になりそうだな」
そんな予感がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます