第18話 本音で話そうよ

 体育祭が終わって、夏到来かと思った矢先に、忘れたころにやってくる梅雨。

 連日雨は降り続け、今日も止むことを知らず、雨が降っていた。


 あのキスの一件があってからというもの、俺とみくるはどこかぎこちない。

 

 買い物袋を提げて、いつもの距離でいていつもの距離じゃない距離感を保って、二人並んで歩く。

 今日はいつもの、みくるが料理をしに来る日だった。


 やはりぎこちなさがあって、俺たちの間に会話はない。 

 いつもなら沈黙も苦ではないのだが、今は「何か話さなければ」という気持ちが沸いてくる。


「今日もすごい雨だな」


 結果、こんなたわいもないことしか話せなかった。

 

「そうだねぇ。梅雨だねぇ」


 いつも通りのみくる。

 みくるに変わった様子はないってことは、つまり俺がおかしいってことだよな……

 いや、いつものみくるだったら俺の下手くそな振りでも話を広げるはず。


 たった二言で終わるはずがない。

 たまたまそういう気分だったと言われれば否定はできない。けどなんだろう。幼馴染の勘というやつが働いている気がする。


「じめじめしてんなぁ」


「湿度高いねぇ」


「……」


「……」


 ダメだ、今のままじゃ会話が続かねぇ……

 

 ぎこちない雰囲気が漂う中、また沈黙が流れる。

 俺たちの間に響くのは、雨粒が傘に反射される音だけ。


 その規則的な音を聞いて、ぎこちなさから意識をそらしながら家まで歩いた。




 その後、やはり何となくぎこちない雰囲気が漂う中、夕飯を作った。

 今日は加奈も家で夕食を食べるとのことで、三人で食卓を囲む。


 俺の対面にみくるが座っていて、その隣に加奈が座る形。

 加奈がいてもなお、ぎこちなさは消えていなかった。


「今日も二人が作ったご飯はおいしい! やっぱり最強コンビだね!」


「あはは~ありがとう加奈ちゃん」


「もうこのままだと私太りそう」


「太らないとは思うけど……もし太るなら女子会のし過ぎが原因な気が……」


「……それだけはやめられない」


「そ、そっかぁ」


 時々こんな風にみくると加奈が話すときもあるけれど、基本的に俺とみくるがマンツーマンで話すということはない。

 っていうかみくる、それ以前にさっきから俺の方見ないんだけど……


 なんだこのぎこちなさ。大喧嘩した後と大差ないぞ。いや、大喧嘩したレベルで大変な出来事が起きたことは違わないんだけどさ。


 そのまま夕飯を食べ終えて、食器を洗い場に持っていく。


「あっお兄ちゃん私が今日は洗いものするよ」


「珍しいな。なんかあったか?」


「私だってたまには家のことしようとは思うんだよ~。ささ、お二人さんはソファーでテレビでも見てくださいな」


「お、おう……」


 なんだろう。加奈に気を遣わせている気がする……

 それはなんだか兄として情けなかった。


 みくるの座るソファーに腰を掛ける。

 距離でいえば、人一人分くらいの感覚。

 だけど心の距離が離れているせいか、さらに離れているような気がした。


「……」


「……」


 沈黙。


「……」


「……」


 またもや沈黙。


 さすがに辛くなってきて、何か話そうと思ったのだが何も浮かばなかった。

 頭に浮かんだことと言えば、こないだのキスの一件のこと。


 もう俺は我慢ができなくなって、沈黙を切り裂いた。


「俺、ほんとに気にしてないからな」


 嘘である。

 ほんとはそればかり考えて授業の内容が頭に全く入ってこなくて、当てられたときに「ペッパー」と数学の授業中に答えてしまうくらいに気にしていた。


 でも今は嘘でもいいから、このぎこちなさを取り払いたかった。


「わ、私も気にしてないよ?」


 いや嘘だろ。目泳ぎまくってんじゃねーか。


「嘘つくな」


「そ、それはえいちゃんだってそうでしょ! ほんとは気にしてるくせに」


「しょ、証拠を出せ証拠を」


「だって明らかに話の振りが変だったし、数学の授業で「ペッパー」って答えるし。あと……」


 やっぱりペッパーはヤバかったか。戦犯だよなこれ。


「えいちゃんは嘘をつくとき、前髪触るくせあるんだよ」


「えっ、マジか」


「だって私、えいちゃんの幼馴染だもん。そのくらい知ってて当然だよ」


「くっ……」


 どうやら幼馴染には嘘が通じないらしい。

 

 ……もう建前で話すのはやめにしよう。俺にみくるをだませるほどの器用さはないのだから。


「……正直気にしてはいる。そりゃそうだ、初めて……だったんだからさ」


「……嫌、だったよね?」


 急にしょんぼりし始めるみくる。


 もしかしてみくるの奴……ずっとそのことを気にして……


 みくるという人間はいつだって自分よりも他人の気持ちを尊重する。

 自分がどうなのかは差し置いて、いつも他人のことばかりを優先するのだ。


 だから、突然キスをしてしまって、俺が嫌だったのではないかと気にかけた。

 それでぎこちなさが出てしまった……ってことか。



 ——なんだ、そんなことだったのか。



 自分の中で、安堵の気持ちが芽生えてくる。


「嫌……じゃねーよ。むしろお前が嫌なのかと思ってた」


「そ、そんなことないよ! むしろ私から突然したんだから、えいちゃんの方が嫌だと思うのが自然!」


「何言ってんだよ。全然嫌じゃねーよ」


 本心から、嫌ではなかった。

 

「ほ、ほんとに?」


「おうよ」


「……そ、そっかぁ、よかったあ」


 胸をそっと撫でおろし、深く息を吐く。

 本音でぶつかることで、いつの間にかぎこちなさは消えていて、いつもの俺たちに戻っていた。


「じゃあ私、えいちゃんに嫌われてないんだね?」


「あたりめーだろ。この先ずっと、頼まれても嫌いになったりしねーよ」


「や、約束だからね?」


「おう」


「そっか、えへへ」


 久しぶり……と言っても数日ぶりに、みくるの晴れた笑顔を見た気がする。

 その笑顔は、やはり俺の好きな笑顔だった。


「よいっしょっと」


 みくるが俺の方に体を寄せてくる。

 さっきよりもよりお互いの距離は縮まって、心の距離も普段通りになった。

 

 でもなんだろう……いつもこんなに近かったっけ?

 腕とか密着してるんですけど。さっきまでのぎこちなさ微塵もないんですけど。


「えへへ~」


 依然として笑顔のみくる。

 それを見たらツッコむ気が失せてしまって、そのままテレビを見た。


 まぁひとまず、ぎこちなさが取れてよかったと、そう心から思った。




   ***




「(……え? 何もない? 進展なし?)」


「(いやみくちゃんの今の話、遠回しに好きって言ってるようなもんじゃん。ってかお兄ちゃんも、ほとんどみくちゃんのことが好きだって言っちゃってんじゃん)」


「(……嘘でしょ。この後愛の告白とかしないの? その先に進む気ないの?)」


「(ほんとなんなんだこの二人……)」


 驚きを隠せない加奈であった。

 

 

 

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