第9話 しれっと彼女いたのかよ

 体育の授業。

 

 俺の通っている高校では、そもそも一授業が七十分なので体育が異様に長く感じる。

 それに、体育教師と言えば普通「ハイ体操ッ! 声出してこォ!」みたいな熱血系がほとんどなのだが、うちの高校では珍しく「明らかに運動苦手だろ」って思う先生なのだ。


 それに基本的に大まかな内容を最初に提示して、後は生徒に自由にやらせるスタイル。

 生徒の思考力を鍛えるためとか、社会性を育むためとか言ってたけど、実際サボりたいだけなんじゃね? と思ってしまうのだが、別に体育の授業が好きなわけではないので、実は肯定派。


 現在体育の授業中なのだが、バカ広い校庭の端らへんで雅樹とパス練習をしていた。

 ちなみに種目はサッカー。あれな。サッカー部がイキり始めるあれな。


「なぁ雅樹」


「ん?」


「お前って、好きな人とかいないの?」


「藪から棒だな……」


 男子との会話では、話の順序を守らずに唐突に話を振ることが多い。

 だって気を遣いたくないし。


 ほんとに突然、雅樹の恋愛話は聞いたことがないなと思ったのだ。


「で、どうなんだよ」


「好きな人というか、彼女いる」


「へぇーやっぱりお前も男子こ——え? 彼女?」


「あぁ彼女。中学三年生の頃から付き合ってるから……もうすぐ二年?」


「……え?」


 混乱したまま蹴り上げたボールは綺麗な放物線を描き、雅樹のところとは全然違うところに飛んでいった。

 しかし脳がボールをかっ飛ばしたことよりも、雅樹に彼女がいたことの方に注目している。ボール? 知らんわそんなもん。


「おい英二飛ばすなよー」


「わりーわりー」


 生まれてきた中で最も感情の籠ってない謝罪をする。

 

 雅樹が俺のかっ飛ばしたボールを追って、また俺の方に蹴り返す。

 ちょうど俺の少し横に来たのだが、俺はそのままスルー。

 

 ボール? だからなんだよそれ。


「いやお前驚きすぎだろ」


「いやお前あっさりしすぎだろ」


「そうか?」


「そうだよ」


 そりゃそうだろう。

 俺と雅樹は高校入学時からの知り合いとはいえ、もうすでに一年以上は苦楽を共にしている。温泉だって一緒に言ったのだから、裸の付き合いと言ってもいい。

 

 もはや親友と言ってもいいほど親密だと思われる俺に、普通彼女がいたら言わないか?

 ってかなんだよその「彼女いるの当然ですけど?」みたいな顔。ハイスペックイケメンだからなおムカつくな。


「……はぁ。まぁ彼女がいたことを言わなかったことは水に流してやる」


「それそんなに重罪だったんだな」


「本来ならジュース奢ってもらうくらいに重罪」


「いや、軽罪じゃねーか」


「ジュースは重いぞ」


「物理的な意味じゃねーよ」


 テンポいい会話を繰り広げて「よし、我満足」となった。

 まぁそもそもこいつに彼女がいないことの方がおかしいから、これでようやく自然になったって事にしよう。


「んで、うちの学校の先輩? 後輩? それとも同級生?」


「いや、他校の先輩。今高3」


「マジかー年上かぁー」


 なんかめちゃくちゃいかにもって感じがする。

 いつも余裕そうな雅樹が年上の彼女の前であたふたしてる姿が想像できるわ。

 

 なんだよそれ、最高かよ。


「それどういう反応」


「いいなっていう反応」


「もしかして英二は年上好きなのか?」


「まぁ否定はできないな」


 言葉を返すと同時に、もう一度ボールを蹴った。

 今度こそ雅樹の元に……と思ったのだが、またもや反れてしまう。


 そしてボールは雅樹とは別の方向に転がっていき、ちょうどみくるの前で止まった。

 ボールをみくるが拾い上げて、俺たちのところに近づいてくる。


「えいちゃん」


「ん? なんだ……」


 俺はみくるの表情を見て、息を飲んだ。

 なにせみくるが笑っていながらも、どこか鋭い殺気を放っていたから。それがあまりにも怖すぎて、膠着してしまう。


「えいちゃん?」


「はい?」


「えいちゃんって年上が好きなの?」


 き、聞かれてたか……


「ま、まぁ嫌いじゃないですけど……」


「ふーん、じゃあこないだ言ってた好きな人も年上の人?」


「そ、それは……ち、違います……」


「怪しぃ」


 どんどん距離を詰められて、顔と顔が十センチくらいのところまで接近された。

 もはや逃れられない。

 みくるの鋭利な視線が、俺を完全に捉えている。


 俺は身の潔白を証明すべく、言ってはいいことと言ってはいけないことを脳内で整理し、言っていいことの中から弁解できそうなものを選んだ。


「俺は確かに年上が好きだけど……それが恋愛対象になるかどうかは別だ。俺の恋愛対象は基本的に……同い年だよ」


「っ……」


 突然ハートを撃ち抜かれたような表情を浮かべるみくる。

 なぜか嬉しそうにボールで顔を隠し、体をくねらせている。


「ふ、ふーん。そ、そっかぁ。えいちゃんはそ、そうなんだねぇ……」


「なんだよその反応」


「い、いや、べ、別に……じゃ、じゃあ私はこれで!」


「ちょ、おいみく——」


 引き留めようとした瞬間、みくるの持っていたボールが俺の顔面に直撃。

 まさかのノールックとは……名狙撃手だこと。


「いってぇ……」


 直撃した顔面がヒリヒリして痛がっている俺を見て、雅樹が一言。



「お前ら、ラブコメしてんなぁ」



 思ったよりボールが当たったのが痛くて、ツッコみする余裕すらなかった。




   ***




「(えいちゃん同い年が好き。同い年が好き。後輩は違う。先輩も違う)」



「ふふふ」



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