第8話 恋愛相談

「——三ツ谷さん! 好きです! 僕と付き合ってください!」


「……ご、ごめんなさい」


 突然告白されて驚いてしまったけど、告白を断る言葉はすんなりと私の口から出た。

 

 私の言葉に、顔を歪ませる男子生徒。名前は知らないけど、同級生で隣のクラスの人だと、彼が自分で言っていた。

 申し訳ない。


 やはり苦しそうな顔を見ると、その思いが心を埋め尽くしてしまう。


「そ、そうですか……」


 がっくりと肩を落として、男子生徒は帰っていった。

 その悲壮感漂う後ろ姿を見て、申し訳なさは増す一方だった。




   ***




「なるほどねぇ。確かにそれはきついねぇ」


 本日は木曜日。

 二日連続で俺の部屋では女子会が開催されていた。


 しかし今日はいつもと違って、少し特殊。

 なぜならこの女子会に、男である俺が参加しているからだ。

 というか無理やり参加させられました。

 あのさ、俺の扱い雑じゃない? もっと先輩労わろうぜマジで。


「でもしょうがないよね。だって好きでもないのに付き合ってあげる方が、相手を悲しませちゃうことになるんだからさ」


「そうなんだけどさ……やっぱり慣れないな」


「慣れたら慣れたでなんか悲しいけどね」


「告白した側の誠意に応えるってことで、少し胸が痛んじゃうのもしょうがないよ」


 こいつらから見たら一つ年上の先輩であるみくるが、苦しそうに視線を下げている三ツ谷を励ます。

 

 今日はいつものハイテンション女子会ではなく、至って真面目。

 三ツ谷が告白された、ということを主なテーマとして、六人で話している。

 

 つまりはその参考までに、俺とみくるがここに召集されたのだ。


 いつもふざけてばかりいる妹一行は、皆一様に真剣な面持ちでいる。

 それだけ、事は重大というわけだ。


「みくる先輩は……告白されたときにやっぱり心が痛むっすか?」


「そうだね。相手の気持ちを拒絶するのは確かに辛い……けど、それ以上に私には断る理由があるから、しょうがないと思ってるよ」


 そう言って、みくるはちらりと俺の方に視線を向けてきた。

 そして軽く微笑む。


 なぜ俺に視線を向けられたのか、意図はよくわからないけど、ここは同調してくれと伝えたいんだなと思い、「うんうん」と頷いた。


「それは……好きな人がいるってことっすか?」


「う……へっ?」


「そういうことっすよね」


「……う、うん」


 恥じらいながらも頷くみくる。

 再び俺の方に視線を向けてきた。頬を真っ赤に染めて。


 これは励ませってことなのかと思い、「どーどーどー」と背中をさすってやる。


 それにしてもみくる、好きな人いたのか。知らなかった。


「そういえば海さ、好きな人とかいないの?」


「えっ? いないよ! ほんと……」


 まるで「好きな人が欲しい」と言わんばかりの沈黙。

 やはり三ツ谷も乙女だからな。


「確かに理由もなく断るのは嫌かもね。理由と言っても、告白してきた人のことが別に好きじゃないからっていう理由だと、なんだか申し訳なさ出ちゃうし」


「そうだね。でもほんと、しょうがないことなんだよ」


「そ、そうだよね……はぁ」


 随分と悩んでいる様子の三ツ谷。

 正直恋愛に関して俺がアドバイスできることはあまりないので、邪魔しない程度に黙っておくしかない。


 だけど柄にもなく、俺はこいつらに笑っていてほしいと思った。

 いつも楽しそうにしているのがいいなと思ったから、俺は俺の部屋を提供している。

 だからこいつらには楽しそうにしてほしい。

 

 そのためにここは一つ、先輩として助言することにした。


「まぁさ、男側も正直フラれることを覚悟で告白してるわけだろ? それでも告白して、それで相手に返事してもらう。自分の気持ちを受け取ってもらっただけでも、男は嬉しいもんだと思うぞ。少し綺麗ごとではあるけどさ」


「……」


「それにさ、恋ってもやもやするだろ? 毎日悶々と好きな人のこと考えて、結ばれたいなと思いつつも行動に出せなくて。そんな不甲斐ない自分が嫌になって、それでも行動に移せない自分がまた嫌になって。そんな慌ただしい心の末、告白に至る。経験があったら分かると思うんだけどさ、片思いって辛いことの方が多くないか?」


「……そうかもしれないっすね」


「だからさ、その苦しみに三ツ谷はピリオドを打ったんだよ。相手のぐちゃぐちゃで曖昧な気持ちに、踏ん切りをつけてやった。三ツ谷が真摯に気持ちに応えて返事をしたことで、やっぱり多少なりとも相手のことを、救ってあげたんじゃないか?」


 言いたいことを、最後まで言い切る。


 この考えはひどく綺麗ごとばかりで、実際みんながみんなそういうわけではないのだと分かっているけど、今はそんなことどうでもいいと思った。

 これで少しでも三ツ谷の心が軽くなればなと、そう思うから。


「……そうっすね。そうなのかもしれないっす。なんかだいぶ楽になりました。英二さん、ありがとうございましたっす」


「おう」


 どうやら楽になれたようで、何よりだ。

 

 先ほどまで張りつめていた空気が、三ツ谷の笑みによって弛緩する。

 全員が俺の方を見て、笑みを浮かべていた。


「それにしても、お兄ちゃん」


「ん?」


 未だににこにこした様子の美少女たち。

 あれ? なんか様子おかしくない? ってかあまりにも笑顔過ぎませんか?


「だいぶ男の子の恋心についてリアルに知ってたけど……もしかして経験がおありで?」


「……あっ」


「……えいちゃん?」


 ……こ、これは不可抗力だ。そうだ、三ツ谷を励ますうえで致し方なかったことなんだ。

 どうかスルーしてほしいなぁ……あっ、こいつら絶対根掘り葉掘り聞くつもりだ。


「……トイレっと」


 ゆっくりと立ち上がって、ドアノブに手をかける。

 未だに美少女たちは俺の方を見て暖かな笑みを浮かべており、それが不気味でしょうがなかった。


 よしっ、逃げよ♪


「どぅわぁぁぁぁぁ‼」


「ちょお兄ちゃんまてぇぇ!」


「お兄さん逃げちゃダメです!」


「お兄ちゃん逃げてんじゃねぇぇ!」


「えいちゃん待ってー!」


「英二さん詳しく話をー!」


 一斉に追いかけられる。


 美少女五人に追いかけられて、全く生きた心地がしない俺だった。



「ほんとやめてぇー!」







   ***





「好きな人、欲しいな……」



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