想いをのせて

 あの日から1週間が経って、昼間のカフェは私がデザートを提供する事が広がり、そこそこに忙しくなった。

 夕凪さんは昼間に料理を作って、閉店すると帰ってしまう。あれから夕凪さんと話をするのはこの時間だけ。


 ある日祖父に頼まれて買い出しに行った帰り、家の近くにある小さな寺に目がいった。

 大きな木が包み込むように鳥居を囲んでいて、まるでおとぎ話が始まるのではないかと大人ながらに期待してしまう場所だ。私は少しの好奇心に負けて寺の鳥居の方へ歩いていく。

 期待を心の中に閉まっておきながら鳥居をくぐると、一段と緑が茂った木々たちや草花が私の目の前に広がってきた。

「この木いくつなんだろう」と寺の正面に立つ樹木を見て呟く。

 木の幹から枝葉の所までなぞるように見て枝葉の所に来たところで1週間前に体感した足元の感触に目線を下ろす。

 喉を鳴らしながらこの前の猫がいつの間にか座っていた。

「おまえここが居場所なの?」と聞いてはみるが当然何一つ返事は返ってこない。

 樹木の方へ歩いていくと、水音が聞こえてきた。川が近くを流れているのだろうと思いながら樹木の目の前にたどり着く。樹木の幹に頭を当てて目を閉じる。


 小さい頃何かの番組で見た場面に木々が呼吸をしているというセリフが頭によぎって、ふと言葉を零していた。

「命が終わったらその先はどこに行くんだろう」


 私は樹木に背を預けて座り込み、今度は木々の隙間から見える空を眺めてみた。その横にはさっきの猫が私のすぐそばでうずくまってこちらを見ていた。

 その時前に見た眼の色とは違う色をしていたことに驚き触れようとした時、手をすり抜けさっそうと鳥居の方へと行ってしまった。

 前に見かけた猫の兄弟なのかと考えたが深くは考えずに、少しの間空を眺めた。


 私は立ち上がり家へと向かった。帰り道見えていた空はさっきとは全く違う世界を映し出していた。そんな空が私は何故か怖く見えて歩みを速めた。


 家に帰ると祖父は心配そうにこちらを見ていたので、少し寄り道をしていたことを話し買い出しの食材を渡した。

「ああ、明日はゆう坊が居ないから少し手伝えるか?」

「もちろん何時から?」

「8時でいいから」

「わかった。あ、そういえば家の近くの寺ってなんてお寺なの?」

「確か天海寺てんかいじだったかな」

「そうなんだ。ありがとう」


 部屋に戻った私は、携帯で寺の名前を入力する。名前は出てくるものの詳しい説明は書かれていなかった。

「穴場の場所なのかな」

 そこへ母からの連絡が入り、心配する母親にこの一週間の出来事を事細かく報告した。


 母との話を終えた頃には外はすっかり日が暮れていた。にぎやかに騒いでいた蝉の声もいつしか聞こえなくなっていた。私は慌てて部屋を出て夕飯の支度を始める。祖父は香織かおりからかと聞いてきたので、楽しくて話すぎちゃったと言うと祖父は笑顔を見せて一緒に支度をし始めた。

「ねえ、お母さんはどんな子供だった?」

「香織か、いつも泥だらけで帰ってきてたな」

「そんなアクティブだったの? そんな感じ全くなかったけど」

「伊代が亡くなってから、香織はますます伊代に似てきたな」

「そっか私もお母さんに似てる?」

「ああ、近頃そっくりだよ」

 そう言われて私は少し嬉しくなった。祖母には会った事がないけれど、お母さんから祖母の話は小さい頃から聞いていてすごく優しくて面白い人でもあったらしい。


 夕食を終えて部屋に戻り、携帯にメッセージが入っていることに気づく。

『こんばんは、夕凪です。明日お店手伝えなくてすみません。明後日お店がお休みなのを思い出して少し行きたいところがあるのですが一緒に行きませんか?』

 私はすぐさま返信をした。

『こんばんは。いつも手伝っていただいて有難いです。ぜひ私でよければお願いします』

 そう返信をしてから画面には夕凪さんの電話が表示された。

「こんばんは」

「すみませんこんな夜遅くに突然。今って大丈夫ですか?」

「はい丁度一息ついたところだったので」

「よかった。あ、あさって今までとは少し遠いんですけど水族館に行きたくて」

「水族館ですか?」

「はい、僕が小さい頃から行っている場所で梨花さんもどうかなと思って」

「私水族館好きなんですよ。すごく魅力的で幻想的な所が」

「よかった。じゃあ10時に迎えに行きます」

「わかりました。じゃあおやすみなさい」

「おやすみなさい」


 電話を終えて私は隣の家に隣接している壁を眺める。ここに来たのは残りの人生でやり残したことが見つかればやりたいと思ったからだった。だけどここに来て初めての事がたくさん起きて、ただやり残したことをするだけじゃなくて誰かの記憶に残りたいと願ってしまうようになった。


 私がいつかこの世界から消えても誰かの心に残る存在でいたい。ただそれだけでよかった。


 こっちに来ると決めた日に買ったカメラを鞄から取り出し、この部屋から見える景色を1枚目に残した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る