景色の中に

 目的地の駅に着いてバスを降りると、さっきまでののどかな景色とは違った景色になっていた。隣町の志波しば町は商業施設がずらりと並び利便性のある町として、毎日たくさんの人が足を運ぶ。

「相変わらず混んでますね」というと広い道ではなく少し細い路地の方へ歩き出した。

「え、行くのそこですよね」

「ここから行くといい景色が見れるんです」

 私は首を傾げながらついていく。そして少し歩くとその意味を理解した。

 路地はまるでおとぎ話に出てくるような風情のある石の道に、小さくもしっかりと存在感を出した草花が咲いていた。

「すごい……」

「志波町が建物だらけになって寂しさがあったんですけど、ここを見つけた時は寧ろここが特別感があって嬉しくなりました」

「わかる気がします。萬智町にあってもおかしくないけどここだから特別感があるんですよね」

「……」

 突然の沈黙に私はやってしまったと後悔した。

「すみません。よそ者がいきなり」

「あ! いやそういうわけじゃなくて。田舎の景色ってたぶん探せばいくらでもあると思うんです。だけど特別だって思えるほどの景色はそんなにないんじゃないかって思ってたので」

「なるほど」

「はい。なので梨花さんが特別感があるって言ってくれたのはすごく嬉しかったです」

「……私が前に住んでたところにもあったのかな」

「いつか探しに行ってみるとかいいですよね」

「いつか……」その時夕凪さんが何気なく言ったいつかという言葉に忘れかけていた余命1年の期限の事が頭に浮かんできた。

 私に探しに行ける日が来るのだろうか……

「行きましょうか、目的地」

「はい」私は無理やり頭の奥底にしまい込んで考えない事にした。


 ショッピングモールに着くと家族連れや友達と楽しみながら見てまわる人たちの姿が入り込んできた。3階もある大型のショッピングモールは初めてきた私には太刀打ちできる気がしなくて、改めて夕凪さんにお礼を言うといえ、と言って歩き出した。

 私たちはインテリア雑貨が売っているお店に行くことになった。シンプルでオリジナリティのあるお店は私が行ったことのないお店だった。

「夕凪さんはここよく来るんですか?」

「はい。ここのにおいがすごく好きで」

「におい?」少し匂いをかいでみたが特に何も香っては来なくて考えていると

「まあ、みんなそんな顔するんですけど」

「あ、すみません」

「いえいえ。見るのは自分のペースで見るのが一番だと思うんで、終わったら入り口で待ってます」

「わかりました」


 それから私たちは見たいコーナーに分かれていった。私は収納のコーナーに行きいろんな形やデザインの収納を見比べて、その後はオリジナルのお菓子や飲み物などが並ぶところに行き、気になったものをカゴに入れた。一通り見てまわってレジに行くとさっき私が見ていた飲食コーナーに夕凪さんが吟味しながら見ていた。

 店には私たちと同じぐらいの歳の男女が商品を見ていた。ここの店が人気なのを改めて知った時、ほのかに香ってきた匂いにさっきの会話を思い出す。木製のインテリアの木の匂いとその近くに置かれているキャンドルライトの香り、そして雑貨の中に混ざって並ぶお菓子達の匂いが程よく絡み合って、どこか懐かしさを感じさせる匂いがした。

「お次でお待ちのお客様」その声に私は空いたレジの方に歩き出す。


 会計を済まして入り口に行くと、すぐ後ろから夕凪さんがこちらに袋を持った手を上げて向かってきた。

「お待たせしちゃいましたか」

「いえ、私も今終わったところです」

「よかった。あ、もしよかったらこれ」と言いながら袋の中から出してきたのはさっき吟味していたコーナーにあった商品のうちの一つだった。

「これ僕前に食べておいしかったんで、もしよかったら……」と袋を開けてパステルカラーの金平糖を三粒私の掌にのせてくれた。

「可愛いですね」緑、ピンク、白の三色の金平糖が私の掌に乗っていたので、緑色を口に入れる。

「懐かしい味。美味しい」

「ですよね」というと夕凪さんも金平糖を口に入れた。

「昨日から何だかすみません」

「あ、いえいえ。僕下に妹が居てついなんでもあげる癖がついちゃって。こっちこそすみません」

「妹さん?」

「はい、七つ離れてるのでほとんど会話にはついていけないんですけど……」

「でも、いいお兄さんで羨ましいです」

「梨花さんは兄弟は?」

「いないです。なので少し憧れます」

 夕凪さんは少し照れた表情を見せてからほかの店も案内しますと言ってくれたのでお願いすることにした。買おうと思っていた商品を一通り買えたところで、夕方になっていたことに気づく。


「今日は本当にありがとうございました」

「僕もしっかり買い物したので」

 初めて会ったはずなのに自然体でいれた自分に気づいてなんだか少し恥ずかしくなった。帰りのバスから見えた景色は夕日の色に綺麗に染まって、心の中にあったモヤモヤが景色の中に溶け込んでいく気がした。


 いつの間にかバスが最寄りのバス停に近づいていた。家の前まで送ってくれた夕凪さんにお礼を言って家に入る。

「ただいま」

「遅かったな、いいもの買えたか?」

「うん。手伝って貰ったから。それより御飯作るね」

「いいのか」

 今日買った荷物を部屋において、着替えてから支度を始める。冷蔵庫にあった豚バラ肉を炒め、四分の一サイズのキャベツを千切りして生姜焼きを作り始める。一人で生活していた時は一日の流れの中の一つでしかなかった料理も、祖父と談笑しながらすることで、楽しみの一つになっていく気がした。


 作った御飯を二人で食べながら明日から始まるカフェの作業について話すことになった。料理は祖父と夕凪さんが作ってくれるという事なので、私はデザートに集中することにした。今日買ってきた材料や道具を取り出して台所で試作を始める。

 何作品か作り祖父と相談して明日出すメニューを決めた。それから夜寝る支度を始めてから、閉めていた窓を少しだけ開けると、涼しい風が部屋に入り込んできた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る