岩地の娘
――ただ、自由になりたい。
もう何もかもどうしようもないけれど、とクイは思う。
これからは誰が
よそから買ってくるとなると、はるかに高くつく。それでも里はクイを送り出した。他の子だと家から文句が出るからだ。
* * *
里の中で、岩地に住んでいるのはクイの一家だけだった。代々続く岩売りの血筋で、クイも幼い時から岩地を駆け回り
岩売りとは、岩地や荒れ野などから
この世のあらゆる新しい火は
――『
クイの父は、集めた
――本当に良い
百回も二百回も聞いた話だが、クイはその物語が好きだった。見たこともないような素晴らしい
――そして不思議な声が、こう言った。『よくぞ私の祈りを探し当てた。おまえの血筋には私の目がある。
とうさん、わたしのめって? クイは何度でもそう聞いた。この物語が好きだったし、父がこの話を誇りにしているのを知っていた。そして、この問いかけに父が何と答えるか知っていて、それが嬉しかったからだ。
父はいつもこの話のとき、
――火の神さまの目とは、クイ、おまえのように上手に
けれども父は、『
――特別優秀な子が生まれたら、神さまに拾い上げられてしまうのかもしれないから、父さんはいやなのよ。クイ、おまえを神さまにとられたくないと思っているんだよ。
母はそう言ってクイを抱き締めたものだった。
――あたしだって、おまえを手放すのはいやよ、可愛いクイ。子どもの子どもの、ずっとまた子どもが、いつか神さまに拾われるかもしれないけれど、おまえはずっとここで、父さんや母さんの可愛いクイでいてちょうだい。
あたたかい胸、優しい両腕、身体に染み込むような母と父の声。
クイは、母の言うとおりになると思っていた。
両親とずっと一緒にいると思っていた。
父が自慢するような目利きの岩売りになって、誰かと夫婦になり両親と一緒に暮らし、その子がまた岩売りになるのだと。
ある晩、里の男が家に忍び込み、両親を刺し殺してしまうまでは。
その後、まだ子どもの年齢にも関わらずクイが、岩売りを続けることや家長扱いで里の会合に参加することを許されたのは、両親を殺した男が里長の義理の弟だったからだと噂されていた。
その男は小さい頃から頭が弱く、生まれた家に住み続けて簡単な野良仕事をし、姉の夫が里長であるために何くれとなく保護されていた。時々訳の分からない悪さをしたが、『分からないのだから、しかたがない』と言われてろくに罰せられない。
岩売り夫婦殺しもそのようにして不問にされた。
結果、クイはひとりになった。
前の日まで一緒に遊んでいた友だちの女の子は、親に言われてクイには話しかけなくなった。
淡い初恋の相手だった男の子は、『女はふつう商売なんかしない。
またその男の子の親はこう言った。『まだ十三、四の子が遠方からの商人たちと取引をするなんて、そんな頭があるわけないのだから、
例外的に、里の大人として認められはした。
けれどもクイは、岩地の
* * *
そうして今は、もはやどこかも分からない山の中で、誰にも知られずに倒れている。
横倒しになって
けれども狼は、クイに触れる直前、悲鳴を上げて飛び
どうしたのだろう、と思っているうち地面と沢の水があっという間に凍りつき、土には目に見える早さで霜柱さえ立ち上がってきた。
そしてクイの
粉雪。
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