雪待ちの森
クイは、
ゆっくり、ゆっくり歩く。
クイは、白の
今年、クイの住んでいた
雪のない冬は不吉だ。
雪は大地に降り積もり、一年の
雪のないまま冬が終われば大地の穢れは抜けず、次の年は不作になる。山の獣たちも食べ物が足りなくなり、やがて人里に来て人間を脅し責め立てるだろう。なぜ雪のない冬を見過ごしにしたのかと。血肉によってその
そうなると、里は何重にも苦しむことになる。
雪が降らないのは、その土地の祈りにより生まれるはずの白の
白の
そういうわけで、クイが送り出された。
他の里から奪えば争いになる。だから、人のいない山奥に探しに行く。人里離れた山々にも雪が降るのは、山の生きものたちが祈っているからだ。その
――しっかり探すんだよ。来年の恵みがおまえに掛かっているんだからね。
村外れの門のところで見送ってくれた
クイには分からない。広く大きな山から一つくらい貰ってきても大丈夫だというが、
人は、盗んだり、神さまを騙したりして、赦されるのだろうか。そう思うが、問う相手はいない。
――私は、よその祈りを盗もうとする泥棒だ。恐らく、死んでも
家族も縁者もいない『岩地のクイ』なら、貧乏くじを引かされても誰も文句は言わないだろうと選び出されて、道もない冬の山に送り出された。
――おまえには済まないが、日頃の恩を返すと思って行っておくれ。
確かに、十二で
クイなら危ない役目に送り出しても、嫌がる親も縁者もいない。例え死んでも家族がなければ里長たちが恨まれることはない。あと腐れなく棄てられる。そういうことだ、とクイは思う。
――きっと、もう二度と里に戻ることはない。
骨の芯まで冷えるような気持ちでクイは、森の枯れ葉や霜を踏んで歩き続ける。
実際、これまで帰って来た者はいないという。
クイは、
ゆっくり、ゆっくり歩く。
それはまるで、死にに行くようでもあり、自分の墓場へ入るまでの時をわずか伸ばそうとしているようでもあった。
山の昼は短い。もう日が暮れた。
どんどん暗闇に満たされていく森、そのどこか遠くで、狼の遠吠えが聞こえる。
――
――雪さえ降ってくれたなら、こんなことには。
クイは、白の
決して見つかるはずのない希望を。
それは、クイ自身の望みというわけではない。
クイ自身の望みは、ただ――
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