第29話 本当の愛


 マゼラン王国が帝国の領土ヴラントを占拠してから、1ヵ月が経った。


 帝国はまだヴラントを奪い返す動きは見せずに、北の大国と言われているソムリア共和国を攻め落とし、権力者を次々に処刑、沢山の住民達を奴隷として領土内に強制連行している。


 それに対し帝国に敵対する諸国は、有事に備える動きが活発になって来ていた。




 そんな世界情勢の中、ウェインは初心に返り、森の奥のキャンプ場でバルカスとキャンプをしていた。


「師匠、実は相談があるんだが……」

「ほう、ウェインさんが相談なんて珍しいですね」


 ウェインにいつもの気楽さはなく、何やら真剣な表情で悩んでいた。


「師匠は仲間と意見が合わなくなったらどうする?」

「おや、ケンカでもしましたか……?」

「まあ、そんな所だな」



――――バルカスは思った。


 おっ、ウェインの奴、ステファンやリアナ達とケンカでもしたか!?


 このまま仲が悪くなれば、ドルヴァエゴを内部から崩壊出来るかもな。


 よし、ささいなケンカを大きく育ててやるかっ!



 バルカスはそう企み、ウェインに声をかけた。



「ウェインさん、自分の意見は押し通した方がいいですよ。ウェインさんは領主なんですから、意見がブレていてはダメです」

「ほう、やっぱりそうか?」

「そうですとも。グダグダ言ってる奴は鉄拳制裁してもいいくらいです」

「いや、師匠、それはいくら何でも……」

「いいえ、分からない奴は殴ってでも分からせてやるのが、本当の愛なんです」

「ほ、本当の愛……!?」


 ウェインはバルカスの言葉を聞いて、口を半開きにして驚いている。


 そしてウェインは顔を近づけて、バルカスの顔を覗き込んだ。

 バルカスは、冷や汗が止まらなくなる。



「師匠! 貴方はやっぱり凄い人だっ!」

「……あ、いや、分かってもらえましたか?」

「ああ、俺はもう迷わないぞ! ちょっとステファン達に会ってくる!!」


 そう言うとウェインは、領主邸の方へ走っていってしまった。



――――バルカスは思った。


 おっ、やっぱりステファン達とケンカしたのか。

 これで奴らの仲が悪くなれば、内部崩壊するかもな!



 バルカスは、初めて自分の策略が上手く行きそうな感じがして嬉しくなった。





◇◇◇





 ウェインは領主邸の執務室に来た。

 部屋の中には、すでにステファンとリアナがウェインを待っていた。

 

「おいステファン!」

「はい、ウェイン様。お待ちしておりました。お考えはまとまりましたか?」

「ああ。師匠が背中を押してくれたよ」

「そうでしたか。さすがバルカス殿ですな」

「ああ、最高の師匠だよ! 『本当の愛』が大事なんだ、ステファン!」


 ステファンとリアナはウェインの最後の言葉は理解出来なかったが、覚悟を決めて嬉しそうにしている彼を見て、2人の心はやる気と喜びに満ち溢れたのだった。



「よし、じゃあさっそく旅の準備に入ってくれ!」

「かしこまりました。ウェイン様」

「く~っ! リアナは燃えて来ましたよっ、ウェイン様!」



 ステファンとリアナは大急ぎで旅の準備に入った。





◇◇◇




 

「お~い、師匠!!」


 ウェインは再び走って森のキャンプ場にいる、バルカスの元にやって来た。


「ウェインさん、どうでしたか? 鉄拳制裁を加えてやりましたか!?」

「ん? ああ、それはまだだよ。でも俺は決めたぞ!」

「え……? 何をですか?」

「そりゃ、もちろん、帝国に宣戦布告する事だよ」

「へ……!?」


 バルカスはウェインの言っている事が、全く理解出来ない。


「いや~、一応帝国には、かつての仲間もいるしな。迷ってたんだよ」

「はい……!?」

「やっぱり師匠に相談して良かった!」

「……えっ!? ……えっ!?」

「よし、これから帝都に行って皇帝にケンカ売りに行くぞ!」

「……な、な、な、何ですとおおぉぉおおーっっ!?」

「帝国皇帝をぶっとばして、分からせてやるのが本当の愛だ。そうだろ師匠?」

「こ、皇帝陛下をぶ、ぶ、ぶっとばす、ですとおおぉぉおおーっ!?」


 バルカスは、ウェインの言葉に放心状態になる。



「いやぁ、師匠も一緒だと心強いよ!」

「……へ!?」

「一緒にギルトンや皇帝をぶっとばそうぜ、師匠!」

「い、い、い、嫌あああぁぁぁあああーっ!!」


 バルカスは顔面蒼白になり、大声で拒否した。



「おっ、師匠、凄い気合いだなっ! よし、俺も気合いを入れるぞ!」


 ウェインは思いっきり息を吸い込んだ。


「いやあああぁぁぁあああーっ!! うおらああぁぁああーっ!!」



 ウェインの気合いの掛け声に、森の動物達は一斉に逃げ出すのであった。

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