第28話 策略家ウェイン
帝国の領土の実に5分の1を占める、重要拠点のヴラントが陥落したニュースは大陸中を駆け巡った。
それはもちろん、辺境の地であるドルヴァエゴでも同様だった。
「おい、帝国領のヴラントがマゼラン軍に占領されたってよ!」
「ああ聞いたよ! 何でもマゼラン軍にはオリハルコンを纏った兵士が20人もいたらしいぞっ!」
ドルヴァエゴのキャンプ場では、1日10人ほどの旅行客が来るようになっていたが、どのキャンパーもその話でもちきりだった。
そしてその噂話を木陰でこっそり聞いている男がいた。
そう、帝国からの密偵であるバルカスだ。
「あ、あのすみません、今の話って本当でしょうか!?」
「ん? ……ああ、本当だよ。オリハルコンの戦士が20人もいたんじゃ、そりゃ負けるよな」
「そうそう、まさかのオリハルコンだよ。マゼランは一体どうやって伝説級の鉱石を手に入れたんだろうな?」
バルカスは話を聞くと、大慌てで領主邸へ走って行った。
――――そしてバルカスは思った。
う、嘘だろ!?
まさか、まさか、まさか、ウェインの野郎、俺を騙したのか!?
しかも、マゼランと繋がっていやがったのか!?
まずい、まずいぞっ!
ギルトン様、まだ生きてるなら超怒ってるよ!
ていうか、怒ってるっていう次元じゃねえっ!
俺の命があぶねえっ!!
バルカスは青褪めた表情で、全力疾走で領主邸を目指した。
◇◇◇
領主邸に着いたバルカスは、正門前でとんでもないものを見た。
何と全身にオリハルコンの鎧を纏ったリアナが、鼻息を荒くして悠然と歩いて来たのだ。
さらに、彼女の手にはオリハルコン製のロングソードが握られている。
「……リ、リ、リ、リアナさんっ!?」
「ああ、これはこれは総司令官殿ではありませんか!?」
「そ、その光輝く鎧と剣はまさか……!?」
「そう、オリハルコンの鎧と剣です! ウェイン様が使わないからあげるって」
「へ……!?」
「じゃっ! 私はこれで剣の修行をして参ります!」
バルカスに敬礼したリアナは、何やら叫びながら猛ダッシュで森の方へと向かっていった。
「うおおぉぉおおーっ! この魔剣で帝国皇帝をぶっ殺せるぞーっ!!」
口をポカンと開けたまま呆然としていたバルカスだったが、ふと我に返り領主邸の中に急いで入っていった。
「ウェインさん、ウェインさんはいますかっ!?」
バルカスが息を切らせて執務室の中に入ると、ウェインとステファンの姿があった。
「お? 師匠どうしたんだ、夢精でもしたのか?」
「バルカス殿、紅茶で宜しいですかな?」
「ウェインさんっ! 一体あのオリハルコンの鎧と剣はどうしたのですかっ!?」
「ああ、あれか。友達のエバンス君にもらったんだよ」
「エ、エバンス君!? 誰なんですかその人は!?」
「バルカス殿、まあ落ち着いて、ソファにお座りになられたらどうでしょうか?」
バルカスはステファンに誘導されるようにして、執務室のソファに座った。
「エバンス君がお土産にくれたんだけど、俺は使わないからリアナにあげたんだよ」
「で、で、伝説級のオリハルコンの武器と防具を、お土産に貰ったんですかっ!?」
「そうだよ。甘いお菓子と一緒に」
「あ、甘いお菓子……!?」
バルカスはどんどん顔面蒼白になっていく。
それを見て、心配になったステファンが声をかける。
「バルカス殿、顔色が優れないようですが?」
「い、いや大丈夫です。そ、それよりウェインさん、もしやそのエバンス殿はマゼランの人間ではないですか?」
「ん? エバンス君はマゼランの人間じゃないぞ、師匠」
「え? で、でも、ウェインさんはマゼランにオリハルコンを売却しちゃったんですよね?」
「マゼランに売却? 俺はそんな事してないぞ、師匠」
「え? え? ではどうしてオリハルコンの鎧と剣が貰えるんですか!?」
「エバンス君は、沢山出来たからあげるって言ってたぞ」
――――ウェインの言葉に、バルカスはこう思った。
一体どういう事だよ!?
まったく訳が分からないぞっ!?
ウェインはオリハルコンを売却していなかった。
でも、エバンスとかいう人物からはオリハルコンの剣と鎧が届けられた。
それもオリハルコン武器と防具が沢山出来ただとっ!?
一体どこの大国の御曹司なんだよ!?
ウェインの奴、そんなとんでもない大物とコネクションがあったなんて!!
バルカスはウェインの交友関係に少し戸惑っていた。
――――そして、そんなバルカスに紅茶を入れているステファンは、こう思った。
流石はウェイン様だ。
いや、これは想像以上のお人だ。
私の様な凡人には思いつかない策略を、ウェイン様は思いつかれたのだ。
私はただオリハルコンを売却して、ドルヴァエゴの運営資金にすればいいと思っていた。
それがどうだ?
ウェイン様はオリハルコンを売却などせずに、無料で与えたのだ。
大国と強固なコネクションを作りあげる為に!
アンナ王女と言えば、マゼラン王国の第3王女ながら、その慈悲深い人柄で誰からも愛されている。
それに、マゼランの王子達は武勇も人望も今ひとつだと聞く。
だから国民からの支持率は、アンナ姫が圧倒的に優位だ。
それを見越して、ウェイン様はエバンス殿の後ろ盾となられた!
つまり、マゼランの王位争奪戦に割って入り、ゆくゆくはウェイン様とエバンス殿でマゼランを支配するおつもりなのだっ!
……そうか!
ウェイン様がキャンプ場の接客を申し出た時から、すべての策略はスタートしていたのだ!
なんと計り知れないお方よ!
ステファンは喜びで体が震えた。
そして、ウェインはその時、エバンスが持ってきたお土産の甘い菓子をポリポリと食べていた。
「うめぇ。……あ、ステファン、紅茶おかわりね」
「はい、かしこまりました、ウェイン様」
そして、もちろん彼はステファンが妄想する様な事は、何も考えていなかったのである。
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