第27話 ギルトン、畑の大根盗む


 ヴラント城から、命からがらに逃げ出したギルトンとアデル。


 その後、城の中にもオリハルコンを纏ったマゼラン兵士が次々と侵入し、家臣や使用人達まで全員拘束され、マゼランの捕虜となった。


 ついに帝国領ヴラントは、マゼランに占領されてしまったのだった。



 ギルトンとアデルは、一緒に付いて来た護衛の騎士団も次々と失い、とうとう2人きりで逃亡するはめになっていた。


「ちっくしょうっ!! なぜ私がこんな目に合わねばならぬのだっ!!」

「何言ってるのよギルトン! それはあんたが無能だからよっ!」

「……な、な、何だと~っ!? この私を罵るのかアデルっ!!」

「そうよ! 全部あんたのせいじゃない! まだ戦に強いウェインの方がマシよ!」

「こ、このクソ女めっ! よりによってあの田舎ザルがいいと申すかっ!?」


 ギルトンがアデルの首を絞めていると、遠くから数頭の馬が走ってくる音が聞こえて来た。


「ま、まずい! 今はケンカしている場合ではない! に、逃げるぞアデル!」

「うう……、もう嫌ああぁぁああーっ!!」


 2人は全速力で、マゼラン兵から逃げていくのだった。




◇◇◇




 帝国領ヴラントがマゼランに占拠され、1週間ほど経った頃。


 貴族の青年エバンスは無事にアンナ王女との婚約が決まり、その報告も兼ねてドルヴァエゴに来ていた。


「エバンス君、アンナ王女と婚約決まって良かったな」

「いや~、これも全てウェインさんのおかげですよー!」

「いやいや、エバンス君の努力が報われたんだろ」


 ウェインとエバンスは、再び森の奥のキャンプ場に来ていた。


「おっ、エバンス君が持って来てくれた、サーロインが焼けたぞ?」

「わあ、いい匂いだなぁ。やはりキャンプは最高ですね~」


 2人は特上のサーロインステーキを頬張り、舌鼓を打った。



「それにしても、アンナ王女の父上が帝国にケンカ売るなんてな」

「そうなんですよ。まさかウェインさんが統治していたヴラントを占拠するなんて! ウェインさんは複雑ですよね!?」

「いや、ギルトンなんかが統治するより、いいんじゃないか?」

「そ、そうなんですか?」

「そうだよ。ギルトンみたいな勉強しか出来ない奴より、帝国にケンカ売るような肝の据わった男の方が領主にふさわしいさ」

「そうですか。まあでも、ウェインさんがそう言ってくれて安心しましたよ!」

「そうか? あ、スープも出来たな。あったまるぞ?」

「おお、これもまた美味しそうですね!」


 2人は熱つ熱つのスープを飲み、体の芯から温まっていた。


「それにしても平和だな~」

「平和ですね~」


 2人は少し肌寒くなった季節のキャンプを、心から楽しむのだった。




◇◇◇




 その頃、ギルトンとアデルはマゼラン兵が占拠するヴラント領を逃げ回っていた。


 帝都に続く街道はどこもマゼラン兵に見張られている為、2人は朽ちた家屋や森の中で野宿をしてどうにか過ごしていた。


 そして、貴族の服では目立ってしまうので、ボロボロの農民の服を盗んで身に付けていたのだった。



「……もう嫌、お腹減って歩けないわ!」

「アデル、あそこの畑には誰もいないぞ。大根を盗んで来よう!」

「生の大根なんて食べたくない! 私は貴族なんだからっ!」

「そんな事言っている場合じゃないだろうが。待っていろ、私が盗んで来る!」


 ギルトンは辺りをキョロキョロと見渡して、誰もいないのを確認してから大根畑に入っていった。


「ふん、この野菜だって元々領主へと納める物なんだ。だから私が食べたって問題ないだろうが!」


 ギルトンは大根の葉っぱを掴むと、それを思い切り引っ張った。

 が、普段体をまったく鍛えていないせいか、ギルトンの力だけでは大根は抜けなかった。


「くそっ! なんで領主の私が農作業の様な事をしなくてはならないのだっ!」


 仕方なくギルトンはアデルを呼び付ける。


「おいアデルっ! 1人では大根が抜けんのだ! お前も手伝え!」

「まったく、情けない男ね! 大根1つも抜けないなんてっ!」


 今度は2人で大根を力一杯引っ張る。


「ぬおおぉぉおおーっ!!」

「ぬ、抜けなさい、大根!!」


 そしてやっとの思いで、大根は抜けた。



――――と、その時だった。農家の男が異変に気が付き、2人の所に走って来たのだ。



「こらああぁぁああーっ! この大根泥棒がっ」

「ま、まずぞ、アデルっ! に、逃げるのだ!!」

「ひいぃぃいいーっ!!」


 必死で逃げる2人。


 農家の男は、持っていた肥料用の馬糞を柄杓(ひしゃく)ですくうと、それをギルトン達に投げ付けたのだった。


「これでも喰らえーっ!!」

「うおっ! く、臭いいぃぃいいっ!! な、何だこれはっ!?」

「いやああぁぁああぁぁああーっ!」


 2人は馬糞まみれになりながらも、必死で逃げる。


 だが普段野良仕事で鍛えている農家の男には到底かなわず、あっという間に追いつかれてしまった。


「オラが丹精込めて作った大根だどーっ! 盗むでねえ!」

「お、落ち着け農民よ! 私はヴラントの領主だ!」

「ああん!?」

「だから、私はこの地を治める領主のギルトンなのだ!」

「……てんめえっ! 大根泥棒のくせに、自分は領主様だと言い張るのかっ!!」

「ま、待て農民よ! これには事情があって……」

「素直に謝れば許してやったものを! もう許さねえだっ!!」

「「ひ、ひいいぃぃいいーっ!!」」


 ギルトンとアデルは農家の男にボコボコにされ、さらに残っていた馬糞を全部かけられてしまった。


「オラの情けだ!その大根は恵んでやる!」


 2人の足元には、馬糞まみれの大根が1つ転がっていたのだった。


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