第21話 ウェイン・コール
ウェインは今、ドルヴァエゴの山岳地帯の一角で「ソロキャンプ」をしていた。
「う~ん。師匠に勧められて1人でキャンプに来たけど、案外1人もいいもんだなぁ~」
ウェインのいる場所は、ヤメーメ族の集落から徒歩1時間ばかりの山の中だ。
そこからも、海やドルヴァエゴの陸地が一望出来る絶景ポイントだった。
ウェインは慣れた手付きで火を起こし、ヤメーメ族からもらった猪の肉を焼きだした。
そして木製のカップに注がれた果実酒を飲み干す。
「か~。 最高かよ」
彼はギルトンとアデルに裏切られ、心に大きな傷を負っていたが、このドルヴァエゴに来て「キャンプ」と出会い、その傷がどんどん癒えていっているように思えた。
「キャンプと師匠に感謝だな」
ウェインは酒を飲みながら雄大な景色を堪能し、至福の感情に包まれていた。
すると、背後から小さな物音がした。
いや、物音というか、確実に「空腹で腹が鳴った音」だ。
「ん? 誰かいるのか?」
ウェインが後ろを振り向くと、1人の少女が頬を赤らめて立っていた。
「あ、お前は確か……」
ヤメーメ族、族長の娘、エルサだった。
「……私はエルサだ」
「ああ、そうだエルサだったな。俺に何か用か?」
「べ、別に用はない」
「何だ、暇なのか? 肉でも食うか?」
「エルサ、肉、食べる」
「そうか。じゃあ一緒に食うか。ちょうど食べ頃だぞ?」
エルサはウェインから少し離れた所に座った。
「ん? 何でそんな離れた所に座るんだ? もっとこっち来たらどうだ」
「……!」
エルサはウェインの言葉に抵抗を感じたが、立ち上がってウェインのすぐ隣に座った。
「ほら、肉焼けたぞ。食え」
「エルサ、肉食う」
「あと、農家のゴードンにもらった野菜もあるぞ。食え」
「エルサ、野菜も食う」
エルサにとって、平地で採れる野菜は初めての味覚だった。
「野菜うまい、もっとくれ!」
「お、そうかそうか。どんどん食えエルサ。ゴードンも喜ぶぞ」
ウェインはソロキャンプの予定だったが、いつの間にかエルサと2人キャンプとなっていたのだった。
◇◇◇
ゴルネオ率いる帝国軍3000人に勝利したドルヴァエゴは、今まさに変革の時期を迎えていた。
平地に暮らす領民と、100年以上交流が途絶えていた山岳地帯の部族「ヤメーメ」との交流が復活した為だ。
山岳地帯では、誰もが猪などの獣が沢山狩猟出来るようになり、山菜やキノコなども豊富に採れる事から、一気にドルヴァエゴの抱えていた食糧難は解決されるようになったのだ。
そればかりか、ウェインを「至高の友」「部族の危機を救った英雄」と崇めるヤメーメ族達は、ステファンが勧める大規模な用水路計画にも進んで協力し、その工事は順調に進んでいるのであった。
ドルヴァエゴ領主邸。
今主のウェインは留守にしているが、執事のステファンが領民を集めて集会を開いていた。
集まった聴衆は屋敷では入りきらず、広い庭まで人で埋め尽くされている。
そこには平地の農家ばかりか、山岳地帯のヤメーメ族の姿まである。
「皆さん、そこでウェイン様は私に言ったのです! 『俺にはこの結婚指輪よりも大事な物がある!』と。それが何かお分かりですか皆さんっ!? ……そうです! 私達『領民』の事なのです!!」
ステファンの言葉に聴衆も最高潮にヒートアップし、たちまちウェインコールが起きていた。
「ウェーインっ!! ウェーインっ!! ウェーインっ!!!」
ウェインコールは地響きがする程の熱量だった。
さらにステファンの訴えは続く。
「彼は自分の着ていた衣服や、残りの予備の衣服までも全て売却したのです! そして今彼が持っている服は元使用人の服、1着のみなのです!」
聴衆は涙を流して、ステファンの言葉を聞いている。
「皆さん、ウェイン様は何が言いたかったのか分かりますかっ!? 」
聴衆は唾をごくっと飲んで、ステファンの次の言葉を待つ。
「領主の服を買う金があったら、領民にその金を分け与えよ! ……という事なのです!!」
「マジかっ!? ウェイン様はどんだけ神なんだよっ!?」
「ウェイン様、マジすげえ!!」
再び、大きなウェインコールが巻き起こり、さらに大きな地響きがした。
ステファンはウェインコールが収まるのを待ってから、静かに話し出す。
「さて、皆さん。私はここで一つ質問させて頂きたいのです」
領民の聴衆は、またステファンに注目する。
「皆さんもご存知の通り、ウェイン様はヤメーメ族の女性を攫った帝国に対して、躊躇なく攻撃をしかけ制裁を加えました」
ステファンの言葉に聴衆もすぐに反応した。
「さすがウェイン様だ!」
「そうだ! 帝国の勝手を許すな!」
ステファンは、ヒートアップする聴衆を落ち着かせるようなゼスチャーをとり、再び話し出した。
「そうです。帝国の人を人と思わないやり方を許してはいけません。……しかし、今回の事で私達は完全に帝国の敵となりました。今後は帝国が我がドルヴァエゴに報復してくるかもしれないのです」
ステファンの言葉に、聴衆は静まり返ったのだった。
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