第9話 魚を食べると幸せになるのさ!
「……うんまい!父ちゃん、僕始めて魚を食べたよ!」
「そうか旨いか! お前は5歳だからな、魚なんて食べた事なかったよな?」
「うん! 本当にうんまい! 父ちゃんありがとう!!」
「うん、うん。良かったな、本当に良かったな……」
ウェインから魚を貰って来た男は、妻と子供にその魚を食べさせていた。
男も妻も息子が生まれて初めて魚を食べる事が出来て、涙を流して喜んでいた。
「あれ? 父ちゃん泣いてるの?」
「バ、バカヤロウ、父ちゃんが泣くわけねえだろ。目にゴミが入ったんだよ」
「そうね。お母ちゃんの目にもゴミが入ってしまったわ」
男の家庭は幸せに包まれていた。
◇◇◇
「んあ? リアナは魚、く、食わねぇのか?」
「……た、食べないわよ。あんな男、まだ信用出来ないんだから!」
長老の家では、長老が孫のリアナに魚勧めるが、彼女は口にしようとしなかった。
それを見かねて、リアナの母親が声をかける。
「リアナ、あんたも頑固だわね。毒なんか入っていないわよ。」
「わ、分かってるわよ。毒が無くても、後で高額な請求されたりとか、そういうのを私は警戒してるのよ。裏があるに決まってるんだから!」
「じゃあ、母さんが食べちゃうわよ?」
「……ええ!?」
「だって食べないんでしょ?」
「た、食べるわよ! こうなったら高額な請求なんて無視してやるんだから!」
リアナは目の前の串にささった焼き魚を、パクっと一口ほお張った。
「……!!」
「どうリアナ、6年ぶりの魚は美味しいでしょ?」
「ま、まあまあね。(う、うんまいっ! 旨すぎるわ~!」
「あんたも素直じゃないわねぇ」
長老宅も魚で幸せに包まれた。
◇◇◇
一方領主邸では、屋敷の大きな庭でウェインが石釜戸を作って魚を焼いていた。
「お、そろそろ食べごろだぞステファン」
「ほう、これは美味しそうですな!」
2人も焼き魚を頬張って、秋の味覚を堪能していた。
「まさか、この地で再び魚が食べられるとは。ウェイン様には感謝せねば……」
「俺は何もしていないぞ? 熊が勝手に持って来てくれるだけだ」
「それにしても、なぜあの熊達はウェイン様に懐いているのでしょうか?」
「ふっ、それを聞きたいかステファン?」
「え、ええ。勿論。ぜひ聞かせて頂きたいですな」
ウェインは得意そうに話し出した。
「それはな、ステファン。『キャンプ』の力だよ。」
「は、はあ……? キャンプですか??」
「そうだ。キャンプだ。キャンプっていうのはな、自然回帰なんだ。原点回帰とも言う。銃や剣で熊を追い払おうとしていたのが間違いなんだよ。あいつらとは拳と拳で交じ合う。それが正解だったんだ」
「こ、拳ですか……?」
「そうだ、拳だ。俺達は正面からぶつかり合って分かり合えたんだよ、ステファン」
「さ、さようでございますか……」
少年のように瞳をキラキラさせているウェインを見て、ステファンはウェインが嘘を言っているとは思えなかった。
そればかりか、領民に魚を笑顔で配っている彼を見て、ウェインが本当に悪徳領主と呼ばれていたのか疑問に思うのであった。
「それでステファン、この屋敷の買い手は見付かりそうか?」
「いえ、それなんですが、この地に富裕層はいませんし、領外でもやはり『呪われた島』と呼ばれるこのドルヴァエゴで屋敷を買いたい人間はいないかもしれません」
「やっぱりそうか、じゃあ他の手で食料難を解決しないとな……」
ウェインは腕を組んで真剣に悩み出した。
「そうだ、とりあえず俺の服と指輪を売って金にしよう。そこそこの金にはなるはずだぞ?」
「な、何と!? 本気なのですかウェイン様!?」
「ああ、こんな貴族の高価な服はキャンプには合わないし、こんな結婚指輪も持っていても仕方ないからな!」
ウェインはステファンに、元使用人が置いていった私服をもらうと、着ていた貴族の服を脱ぎ指輪も外してしまったのだった。
◇◇◇
ウェインがかつて、パイルドライバーで倒した熊の魔物「ベアデビル」は、森の中の洞窟で横たわっていた。
彼はどうにも腹が減ったのだが、ウェインにやられたダメージが大きく、どうにも体を動かせない。
そんな彼が洞窟から視線を伸ばすと、少し離れた小川で3匹の熊達が、せっせと魚を捕っていた。
今までベアデビルが川の魚を独占していたので、僅かな量の魚しか食べられなかった熊達は、ここぞとばかりに魚をとっている。
3匹の熊達は、ベアデビルを倒してくれたウェインにとても感謝しているので、今とっている魚も彼の所に持って行こうと決めていた。
そして、自分達を凌ぐ力を持つウェインを、仕えるべき主だと熊達は確信していたのだった。
洞窟にいるベアデビルにしても魚が食べたかったが、やはり体が傷んで全く動かせない。
そんな彼が空腹に苦しみながら、しばらくの間横たわっていると、何とそこに先程の3匹の熊達が姿を見せたのだった。
弱っている自分に止めを刺しに来たのか?
自分がいつも魚を独占していたからな。
そうされるのも仕方のない事だ。
そんな風に殺されるのを受けいれていたベアデビルだったが、何と目の前の熊達は、口に咥えた魚をベアデビルの前に置いたのだった。
ま、まさかこんな俺に魚を分けてくれるのか?
ど、どうして……?
ベアデビルの目からは涙が溢れた。
俺は間違っていた。
自分が1番の強者だと思っていた。
誰もが俺の前にひれ伏すと思っていた。
でもそれは違った!
あの人間の男はそれを分からせてくれたばかりでなく、自分に情けをかけて命だけは助けてくれた。
そして仲間と助け合うという事も教えてくれたのだ。これからは、あの男を主として仕えよう。
べアデビルはそう決意し、熊達からもらった魚を美味しく食べた。
森の獣達も、魚を食べて幸せに包まれたのだった。
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