第221話 仲間達の到着

 王城の応接間に通されてから、だいぶ時間が経過したように思いながら、リアンは開かれるはずの扉をひたすらに眺めていた。

 すると、サンが痺れを切らしたように騒ぎ出した。


「誰も来ねぇじゃねーか! まさか、ずっとこのままなのか!?」

「そんなはずは……」

「俺は変な通り名まで付けられてお前らを連れ出したのに、あんまりだ!」


 ミア様を止められず、申し訳ない。


 心の中で詫びながら、リアンは今朝の出来事を思い出す。


悲憤慷慨ひふんこうがいの炎帝』と、ミア様はサンに名付けた。その言葉通り、仲間の不運を嘆き、炎が暴走するという設定を押し付けられたサンは、見事に演じ切ってくれた。

 そのサンを落ち着かせようと外に連れ出し、そのままクリスタロス家を後にした。


 今思えば、旦那様も奥様も、昔、ミア様が外へ出る為に食い下がった姿を知っている。きっと、無茶をするのを予測していたのだろう。

 だから、こんな茶番に乗って下さったのだと思う。


 奥様は『正午までに戻らなければ、探しに行きます』と、見送って下さった。

 そして城の門番にクロムの名を出し、自分達の名を名乗れば、『ジェラルド様からも申請が出されています。聖王様との謁見が終わり次第、自分のところへ顔を出すように、との言伝も承っています』と、報告を受けた。

 旦那様がいつ動かれたのかはわからないが、この記録がある限り、いくら聖王様でも今すぐに私達へ手を出すのは難しくなるはず。

 そこまで考えて動いて下ったのもきっと、ミア様の願いが届いたからなのでしょう。


 リアンは目を閉じ、心の中で深く感謝した。

 けれどその瞬間、ミア様の澄んだ声が耳に届く。


「何も変じゃないわ。むしろ、その通り名のように、また炎を出してもいいのよ?」

「お前……! 城でそんな事してみろ、全員処刑されるぞ!!」


 ミア様も相当我慢しているようで、とんでもない事を口走り始めた。

 だから2人を落ち着かせる為、リアンは口を開く。


「サン、あなたの努力は、決して無駄にはしません。そしてミア様は、口を謹んで下さい」

「何よ! そうでもしなきゃ、誰もここへは来ないかもしれないじゃない!」

「いえ、それはないでしょう。クロムが声をかけてきた意味はあるはずです。きっと私達にも用があるのだと思います」


 ハルカとカイルの現場がわからない今、もどかしく思う気持ちも、痛いほどわかる。けれど自分まで取り乱してしまったら、何かあった時、冷静な対応ができない。

 だからリアンは、いつも以上に平常心を保ちながら、これからの事に備えていた。

 

「ここまで来てこんな事言うのはいけねぇんだろうが、俺はもう、わけがわかんねぇよ。すべてが嘘だったらいいって、思っちまう」


 サンの悲しみが混じるような声を聞いた時、扉を叩く音がした。


「お待たせして、申し訳ないっす」


 その言葉と共に現れたのは、全身を黒い服で覆う、黒の魔法使いの青年だった。


 ***


『隊長から案内をしろと言われてるっす。それでも、ついて来るっすか?』


 かなり砕けた話し方だが隙のない身のこなしに、リアンは気を引きめた。

 けれど相手の提案を受け入れるしか道は無いと思い、黒の青年のあとについて歩く。

 そして別館だと思われる扉を開き、さらに進むと、地下へ階段が現れた。


「あなたは、クロムから全てを聞いているの?」


 さすがに地下に通されるとは思っていなかったが、それに警戒したようなミア様の緊迫した声が聞こえた。


「聞いてるっすよ。だからあんた達にも聞いたじゃないっすか。『それでも、ついて来るっすか?』って」


 こちらをゆっくり振り返った黒の青年は、にこりと笑った。


「引き返すならどーぞ。今なら見逃してあげる。ま、事が終わり次第、またあんた達とは会う事になるっすけどね」

「事が終わり次第って、なんだ?」


 誰もいない広い部屋に、サンの静かな声が響く。


「ハルカちゃんと緑の騎士くんの、これからの運命ってやつっす」

「だからその内容をはっきり言えって!」


 軽く笑う黒の青年の態度に、サンが怒りを露わにした。


「それを知りたければ、この先へ。知る覚悟もないのに2人を助けに来たのなら、帰れ」


 先程とは打って変わって、表情を消した黒の青年が吐き捨てるように言葉を発した。


「この先へ進むというのは、私達を捕らえる意味も含まれますか?」

「それはないっすよ。おれは優しいんで、下で真実を知った後も、選択肢をあげる。ま、信じるか信じないかは、あんた達次第だ」


 挑発するような態度にサンが動き出す気配を感じ、リアンがそれを止める。


「わかりました。それでは、向かいましょう」

「リアン!! こんなの、ぜってー罠だろ!!」

「ここで話すのは何故無理なの?」


 慌て始めたサンとミア様に、敢えてリアンは自分の考えを口にした。


「今はこの黒の青年だけが、手掛かりです。ですから何か策があるにしても、私の魔法で攻撃を無効化してみせます。その間に、ミア様とサンは旦那様の元へと向かって下さい」

「あれ? おれの前でそんな事話しちゃうんっすね」

「もし何かあるのなら、遅かれ早かれ知られる事です。ですから何も、問題ありません」

「ふーん。ま、いいけど。じゃ、行きますか?」


 黒の青年の言葉を合図に、リアン達は顔を見合わせ、頷いた。



 螺旋階段を降り、招かれるように部屋へと入る。

 そこには、様々な武器が取り揃えられており、その種類の多さにリアンは目を見開いた。


「やっぱ罠じゃねーか!」

「何を勘違いしてるか知らないっすけど、ここは特殊部隊の入隊試験を行う場所なんっすよ。別にこれを使って攻撃しようとか思ってないっす」


 怒鳴るサンへ、黒の青年は肩を竦める。

 そしてすぐに続きを話し始めた。


「さ、時間もないし、説明するっすよ」

「時間がない?」

「そっ。ハルカちゃんはすでに元の世界へ帰る準備が完了してるはずで、緑の騎士くんは隊長と戦ってるはず」

「はずって……」

「だって、おれは直接見てないし。もしかしたらもう、2人とも死んで――」

「ふざけんなよっ!!」


 ミア様の質問にふざけた調子で黒の青年が答えていたが、それをサンの怒鳴り声が遮った。


「わけわかんねー事ばっか言いやがって! 元の世界へ帰るってなんだ? カイルがクロムと戦うってなんだ? お前達は何をしようとしてんだ!?」


 大声を出すサンとは対照的に、黒の青年はすっと目を細め、ゆっくりと語り出す。


「ハルカちゃんはこの世界に影響を与える異世界の人間だから、元の世界へ帰す。あの子、1度死んで転生してきたんっすよね? だから同じ事をするだけ。緑の騎士くんはそんな異世界の人間を喚び寄せたから、見せしめに処刑。2人の名前だけは永遠にこの世界に残る。3年前の戦争を引き起こした者達として、憎むべき罪人として語り継ぐ為に。そうすればこの世界に異世界の人間がもう入ってくる事はない。髪色に対して差別のない平和な世界に戻る。これならわかる?」


 あまりにも無稽な話に、リアン同様、皆が黙る。


「あれ? わかんない?」

「いや、お前、自分で言ってて、変だと思わねぇのか?」

「どこが?」

「なんで3年前の戦争がハルカちゃんとカイルのせいになるんだ? それによ、そんなの、誰も信じねぇよ」

「おー。意外に頭が働くっすね。ま、いろいろ準備してるし、心配ご無用!」


 サンの言葉に黒の青年は楽しそうに笑うと、わざとらしく両手を広げた。


「さぁ、選択の時間っす。この真実を知って、そのまま帰るか、それとも助けに行くか、どっちっすか?」


 助けに行く一択だが、何が狙いだ?


 リアンは一抹の不安を覚えながら、退路を確認した。


 今入ってきた後方の扉と、黒の青年の向こう側にしか扉がない。

 そして目の前の青年がどんな魔法を使うかわからないが、この大量にある武器を操られたら逃げる事が難しくなる。

 後方の扉までの道は確保できるように、いつでも備えておこう。

 最悪、ミア様とサンが無事なら、何とでもなる。


 そんなリアンの様子に気付いたのか、黒の青年が腕を下ろし、笑みを深めた。


「なんか余計な心配してるっすから、ちゃんと話してあげる。仲間を助けたいなら、おれを倒して後ろの扉から先に進めばいいっすよ」

「倒せなかった場合は?」


 リアンの質問に、リクトは表情を変えずに答えた。


「その場合は、あんた達の記憶をいじらせてもらう。ハルカちゃんと緑の騎士くんがこの世界に混乱を招いたとして自らそう志願したって、広めてもらうんっすよ」

「何ですって!?」


 ずっと沈黙していたミア様の叫ぶような声が、部屋に反響する。


「だって、おれ達はそれが目的だから。1番そばにいたあんた達がそう証言してくれたら、信憑性が高まる。これを阻止したいならおれを倒せばいい。簡単な話っすよね?」


 ミア様へ優しく語りかける黒の青年が、サンとリアンへ順に視線を合わせる。


「そっちは3人もいるんっすから、おれなんて簡単に倒せるっすよね? あ、さっきからぎゃーぎゃー騒いでるだけの大男さんは、見掛け倒しっすかね?」


 この言葉に、サンが噛みつく。


「てめぇ、さっきから何なんだ!? ここは俺1人で十分だ! リアン、ミア、先に行け!!」


 サンの言葉に、黒の青年が満足そうな笑みを浮かべたのを、リアンは見逃さなかった。


「サン、いけません! 彼の目的はあなたです!!」

「あ? もう売られた喧嘩は買っちまった。それによ、さっきの話が本当なら、こんな所で足止め食ってる場合じゃねぇ。俺はこれでもA級冒険者だ。だから行け」


 サンは大剣を引き抜きながら、あごをしゃくった。


「おれはそれでもいいっすよ。どうぞ、白のお2人」


 対して黒の青年も、道を譲る。


 それでも迷うリアンへ、サンが落ち着いた声で語りかけてきた。


「2人に何かあるなら、癒しと守りが得意な奴が行った方がいいだろ。ま、俺もすぐに後を追うし、何も問題ねぇよ」


 ニヤッと笑うサンが早く行けとばかりに、シッシと手を振る。


「……先に向かいます」

「サン、無茶はしないで」


 不安はあったが、時間がないのは確かだろうと思い、サンを信じ、リアンとミアは走り出す。

 そして扉を抜け、さらに地下へと駆けた。

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