第220話 ルイーズとの話し合い
ハルカは執務室へ入ると、すぐに隠れられる場所を探し、潜り込んだ。
廊下で見かけた女性達がここへ来るかもしれないと考え、しばらくじっとしていたが、扉が開く事はなかった。
もう、平気、だよね?
大きな机の下から這い出るように周りを見回し、素早く立ち上がる。
この部屋には誰もいない。
人払いはしてあるって、リクトが呟いてたけど……。
でも、誰か来るかもしれないから、早く鏡を探さないと。
鏡が地下への扉ならかなりの大きさのはずなのに、ぱっと見た感じ、それらしき物がない。
もしかしてまだ何か仕掛けが……。
そう思った時、ハルカの近くの窓が大きな音を立てた。
うわぁっ!!
悲鳴を無理やり飲み込み、ハルカは恐る恐る音の方向へ顔を動かす。
すると、小さな黒い猟犬の姿が見えた。
どうしてここに!?
ハルカは急いで窓を開け招き入れると、マキアスは姿を変えた。
『ハルカの居場所は大体わかる。だけどハルカの魔法で、ちゃんとした場所がわからない。ハルカ、どこ?』
不安そうに呟くマキアスの手を取り、ハルカは先程の大きな机の下に引っ張り込むと、魔法を解除した。
「マキアス、どうしてここに?」
『リクトが私を逃した。ハルカが迷子になるかもしれないと忠告してきたから、急いで来た』
リクトが?
彼の考えが読めず、頭を悩ます。
しかし今はそれどころではないので、ハルカはマキアスに言い聞かせた。
「探しに来てくれてありがとう。ここが執務室だから大丈夫。でも、姿を消す魔法をマキアスに掛けられるかわからない。あとルイーズとは2人っきりで話した方がいいと思うの。だからね、1度精霊界に帰ってもらってもいい?」
『すぐにまた喚んでくれる?』
「もし私だけじゃどうにもならなくなったら、すぐに喚ぶね」
『わかった』
心強い味方の登場に、ハルカの気力が満ち溢れる。
そして名残惜しそうなマキアスが猟犬の姿に戻り、精霊界へと帰るのを見届け、ハルカは自身の魔法を掛け直す。
マキアスもそばにいてくれる。
だから早く、見つけなきゃ!
ハルカは机の下から抜け出すと、壁を調べ始めた。
鏡についての仕掛けはきっと魔法だけ。
それならこの部屋のどこかにあるはず。
そう思いながら、ハルカは広い部屋を見回す。
すると、巨大な本棚の中央にある、えんじ色カーテンが目に入った。
まさか、あれ?
ハルカはすぐに駆け寄り、そっとカーテンめくる。
その向こう側から、扉ぐらいの大きさの鏡が姿を現した。
あった!!
鏡に自分の姿は映っていないが、ハルカは本当に入れるのか不安になりながらも、そっと手を伸ばす。
すると、鏡など存在してないように何の抵抗もなく、ハルカの手はすっと通り抜けた。
こんな魔具があるんだ……。
これを抜けたら、ルイーズがいるはず。
急ごう。
ハルカは意を決して、鏡に足を踏み入れた。
鏡を抜ければ、薄明かりが螺旋階段を照らしていた。ハルカはそれでも階段を駆け下り、ようやく目的の部屋が目の前に現れた。
ここにしか扉がない。
この中に、ルイーズがいる。
ハルカはごくりと喉を鳴らしながら、扉を開いた。
かなりの重さがありそうな扉だったのだが、とても軽い。だからハルカは思いっきり開けてしまい、前のめりになりながら部屋へと入った。
「あら、もう来てくれたのね。わたしもちょうど、ハルカを迎えに行こうとしていたところなのよ」
そこまで広くない部屋の中に、薄明かりでもはっきりとわかる、純白の輝きを放つルイーズが微笑んでいた。
「魔法を解いていないはずなのに、どうして私がわかるの?」
緊張しすぎて魔法を解く事を忘れていたハルカだったが、解除しながら尋ねる。
「わたしの目は、魔力を見る。だからね、姿を消す魔法はわたしの前では無意味なの。それにしてもハルカはいつ、その魔法を覚えたの?」
落ち着き払ったルイーズを不自然に思いながらも、ハルカは答えた。
「昨日の夜。あの塔を抜け出したくて……」
「そう。とても頑張ったのね。けれど、カイル・ジェイドの元へは行かず、どうしてここへ?」
不思議そうに首を傾げたルイーズへ、ハルカはここに来た目的を話す。
「私は、ルイーズと話しに来た。あなたに、伝えたい事があるから」
「わたしに?」
「あのね、私は髪色が鮮やかな魔法使い、そして黒の魔法使いの真実も教えてもらった。だからね、誰かを犠牲にしなくても、この世界にその真実を広めれば、どんな人も生きやすい世界になっていくはずなの。時間はかかるだろうけど、私も協力する。だからね、今からでも遅くない。こんな事、やめよう?」
ようやく伝えられたが、ルイーズの表情は変わらなかった。
「そうなの。それならその話を詳しく聞きたいから、もう少し近くへ来てくれる?」
マキアスから教えてもらった事をもっと詳しく話せば、きっとルイーズは理解してくる。
そう思って、ハルカは歩き出す。
そして部屋の中央に差し掛かった時、ルイーズが首飾りの剣の装飾を引っ張った。そして長剣が姿を現すと同時に、とても強い魔力をルイーズから感じ、彼女の白く長い髪がなびいた。
「
そう呟き、ルイーズが天に向かって剣を掲げる。
すると、床の複雑な模様が輝き出し、ハルカは光に包まれた。
その光はとても懐かしく、ハルカは心地良い暖かさを全身で感じ、ハッとする。
これって、光は弱いけれど、私が転生してきた時の、神様が包んでくれた光と似てる……。
そう思った瞬間、ハルカは叫んだ。
「ルイーズ、まさか、この魔法って……!」
「これが、わたしだけの魔法。異世界の人間を、元の世界へ帰す魔法。ハルカの為だけの、魔法」
ハルカはルイーズに駆け寄ったが、床の模様が描かれているところまでしか動けず、淡い光の壁を叩く。
その向こう側には、神様と同等の魔法を使ったからだろうが、ルイーズが肩で息をしながら剣を床に突き立てていた。
「ルイーズ、平気なの!? 神様と同じような魔法なんて使ったら――」
「やめて!!」
苦しそうに剣に身を預けていたルイーズが、叫ぶ。
それと同時に、光が弱まった気がした。
「どうして、こんな状況で、人の心配なんて、するのよ」
「で、でも、凄い魔法を使うのって命を削るんだよね? だから心配で……」
「わたしの命でいいなら、いくらでも差し出す。だからお願い。もう、口を閉じて」
さらに苦しげな声を出すルイーズの側に行きたいのに、ハルカはその場で光の壁を叩く事しかできず、歯痒さを覚える。
「この魔法を解除したら、楽にならないの?」
「黙って」
「ルイーズ、だめだよ。私は話し合いをしに来たんだよ? ルイーズを苦しめる為に来たわけじゃない!」
ハルカを包む光がなんとなく、不安定になった気がした。
そしてルイーズが、呻くように言葉を吐き出した。
「お願い。最後ぐらい、憎むべき異世界の人間でいて。そうでなければ、わたしは、何の為にこの魔法に目覚めたのか、わからなくなる」
心が、苦しい。
必死に話すルイーズの声から彼女の痛みを感じながらも、ハルカは言葉に違和感を覚えた。
ルイーズがこの魔法に目覚めたのは、異世界の人間を憎んでいたから……。
でも、なんでだろう。
何かが、おかしいような……。
そして違和感の正体が、この光の暖かさと気付いた。
「ルイーズが異世界の人間を拒むのはわかったよ。だけどね、それならどうしてルイーズの魔法は、こんなにも私に優しいの?」
「何を……」
「本当に憎いなら、もっと痛みや苦しさがあってもいいんじゃないかなって、思ったの」
ハルカは話しながらふと、クロムの言葉を思い出す。
『それにさ、ハルカちゃんだけの魔法が使えたら、きっとぼくの大切な人達の本当の願いがわかるかもって、思ってね』
本当の、願い……。
そう思った瞬間、ハルカは尋ねていた。
「ねぇ、ルイーズはこの魔法に目覚めた時、何を、想ったの?」
「……この魔法、時間がかかるようね。それなら少しだけお喋りに付き合ってあげる。わたしがこの魔法に目覚めた時、『異世界に関するものをこの世界から排除する』と、その想いだけ浮かんだわ」
「本当に?」
「本当よ」
ルイーズは先程より楽になったようで、呼吸が整い始めていた。
けれど、ハルカはルイーズの答えに納得できなかった。
「他に、想った事って、ないの?」
「……ハルカ。あなた、この状況がわかっていてそんなに落ち着いていられるの?」
「えっ?」
「ハルカは元の世界へ帰り始めているのよ? それにハルカは1度生を終えたのよね? また同じく、命を落としてから戻るはず。怖くはないの?」
心地良い感覚に包まれていたせいで、ハルカはすっかりその事を忘れていた。
けれど、前の時は強烈な眠気に襲われて意識を失ったのを思い出し、いまだその感覚がない事で、まだ時間があるのだろうと思い直す。
「あっ! あんまりにも居心地が良くて、怖さとか、なかった」
「……ハルカはやっぱり、不思議な人ね」
「じゃあさ、怖いからやめてって言ったら、魔法を解除してくれるの?」
「しないわ」
「それは困るよ。私ね、この世界で生きていきたい。だから私の話を、聞いてくれる?」
またも光が弱くなった気がして、もしからしたらこの魔法は不安定なのかもしれないと、ハルカは考えていた。
「話だけなら」
「ありがとう。話したい事がたくさんあるんだけど、あのね、ルイーズは昔、大切な人からルーって、呼ばれていたの?」
クロムが満月の夜、何の為に私にあの話をしてきたのか、ちゃんと考える時間がなかった。
だけどもしかして、クロムもルイーズを止めたいのかも、しれない。
クロムは厳しくも優しい人だった。だからこそ、カイルの事も処刑するとはいまだ思えずにいる。
そしてハルカは、クロムがずっとルイーズを気にかけていた事を思い出し、尋ねた。
しかしこの言葉は予想外だったようで、光が揺れ動き、ルイーズがこちらへまっすぐ顔を向けてきた。
「どうして、それを……」
「クロムが話してくれたの。とてもね、ルイーズを心配してる。2人ともお互いを大切な存在だと言っているのに、本音で話さなくていいの?」
一瞬、ルイーズの口元が歪み、泣くのを堪えているようにハルカには感じた。
「それは、わかっている。わかっているのよ。だけど、クロムの人生をめちゃくちゃにしてしまったわたしは、これ以上、彼に何も望んでは、いけないの」
震える声と同調するように、ハルカを包む暖かな光が揺れた。
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