第十一話 カイルが知る真実

 今日の昼頃だと言われていた首謀者との対決が、急遽早まった。

 理由はわからないが、クロムが考慮してくれたのだろうと、カイルは考えていた。


 この塔の下が、こんな風になっているなんてな。


 武器がある部屋を抜け、さらに壁の棚に薬品が並ぶ部屋を抜けて、最下層だと思われる部屋へたどり着く。


「ここで首謀者と対決する。この部屋は頑丈だから、どれだけ暴れてもいい」


 案内をしてくれているクロムがちらりと視線をよこしながらそう説明し、黒く分厚い扉が開かれた。

 クロム越しに中を覗けば、ただただ広い空間が存在している。


「ここは、何もないんだな」

「そうだね。簡単に言うと、最初の部屋で武器の扱い方を見て、次の部屋で薬の知識を問い、最後はここで本人の実力を測る。ぼくらの仕事を望むなら、最低限はここで試しておくってわけ」


 特殊部隊の入隊試験の内容を話しながら、クロムが部屋の明かりを強め、2人は中まで進む。


「目標の奴は、もうすぐ来るのか?」

「まぁ、そう焦らずに」


 カイルがいつも以上に緊張しているのを悟ったのか、クロムがこの場に似つかわしくない態度を取る。


「……どうにも、気持ちばかりが焦って」

「それは仕方ないよね。でもさ、それじゃカイルの実力を出せないから。少しだけ、ぼくと話さない?」


 中央まで進んだはずなのに、カイルに背を向けてクロムが歩き出す。


「何を、話すんだ?」

「3年前の戦争の真実、とか?」


 ある程度距離ができたところで、クロムがゆっくりと振り返る。その顔は、何故だかとても楽しそうに見えた。


「何か、掴めたのか?」

「何か掴んだ、っていうより、元々知っていたって言ったら、どうする?」


 知っていた?


 クロムの言葉が理解できないまま、カイルは返事をする。


「どうするも何も、教えてくれ。何故、今まで隠していた?」

「だって教えちゃったらきっと、カイルはもっと早く死を、選んでいたと思うから」


 そう話すクロムが、剣を引き抜いた。


「何を、しているんだ?」

「これ? ちょっとした準備だよ」


 笑いながら双剣をダラリと下げ、クロムは話し続ける。


「じゃ、続きね。3年前の戦争でカイルの一族や仲間を襲ったのは、ぼくだよ」

「何を……」


 言っているんだ?


 こんな悪質な冗談を聞く為にここへ来たわけではないのに、カイルはそれを咎める言葉すら声に出せなくなっていた。


「正確には、ぼくが招き入れた奴らと一緒に、かな。今まで隠し通してきたのにハルカちゃんが余計な事を話すから、カイルが気付かないか、気が気じゃなかったんだよね」


 普段通りの笑みを貼り付けたクロムが、得体の知れない者へ変わった気がした。


「運良く、ぼくの名前は出てこなかったから、安心したよ。まぁ、顔を隠して、その上から黒のローブを被っていたから気付かなかっただけ、だろうけど。あ、カイルの家族にだけは、ぼくの姿を見せたよ」


 黒いフードを指差し、口元を覆う仕草をして、クロムは冷笑を浮かべた。


「みんな、幻術によってカイルの姿をした奴らを見て、戸惑っていたよ。それがぼくらの狙いだったんだけど。だってさ、みんな、結構強かったでしょ? 特に、ライリーさんは。でもほら、さすがにカイルの姿なら、攻撃できなかったみたいで、あっけなく、死んだ」

「……やめろ」


 頭はいまだ正常に働かなかったが、どうにか、カイルは声を絞り出す。


「あぁ、そうだ。カイルの読みは当たってるよ。名もなき話の中の約束の魔法。あれの詳細を前王は知りたがっていた。だけどさ、ライリーさんは口を割らなかった」


 そんなカイルを気にも留めないように、クロムは話し続ける。


「だから、殺されたんだ。でもさ、最後に約束についても話してくれると思ったのに、知らない間にカイルへ記憶の伝承なんかしちゃっててさ。それでライリーさんが約束の内容を覚えてなくて驚いた。あれは盲点だったなぁ」


 クロムはつまらなそうに自身の剣を持ち上げ、眺めている。


「だからさ、オリビアにも聞いたんだ。何か知ってるかなって思って。さすがに目の前で親が殺されるのを見たら騒ぎ出すだろうなって思って、質問する前に、目をね、潰しておいた」


 クロムが持ち上げていた剣を目に当てる仕草をし、ゆっくりと横に動かす。


「痛みで騒がれるのも嫌だったから、ぼくの魔法を掛けてあげたんだよ。で、結局オリビアも知らなかった。だからね、すぐ処分した。でもさ、ぼくがうっかり魔法を解き忘れたせいで、1番最後まで生き残っちゃってて。でもそのおかげで本物のカイルと会えたんだ」


 剣を振り、剣先をカイルに向けて、クロムが優しく微笑む。


「オリビアは幸せな最期だっただろうね。兄の腕の中で看取られて」


『私達に新しい兄さんができたって、思っても、いい?』

『そんな嬉しい事を言ってくれるの? ありがとう、オリビア』


 懐かしい思い出が蘇ったが、カイルも抜刀し、クロムに切りかかっていた。

 それをわかっていたかのように、クロムは表情を崩さず、受け止める。


「真実は、刺激が強すぎたかな? ほら、落ち着いて。それじゃ君の本当の実力が出せないでしょ?」

「ふざ、けるなっ!!」


 ようやく出せた言葉に、クロムが苦笑する。


「本当にぼくを倒したいのなら、本気を出さなきゃ」


 クロムは言い切ると同時に、刀身を上へ弾き、カイルの腹へ蹴りを入れてきた。

 後方へ飛んだが僅かに反応が遅れ、カイルは呻きながらも、体勢を整える。


「……クロムの話は、本当に、真実なのか?」


 痛みでようやく目が覚め、カイルは質問をする事ができた。


「証拠が何もないけど、真実だよ」

「俺の姿を真似るにしても、どうやって、真似た?」


 幻術は、詳細な情報がないと曖昧なものになりやすい。口頭や絵だけで姿は真似る事が出来るかもしれないが、それだけでみんなを騙す事は無理だろうとの考えに至り、尋ねた。

 それに応えるように、クロムは自身の眼帯を指差す。


「あの日、ぼくが早朝からいなかったの、覚えてる? 祝宴に合わせてみんなを襲う手はずを整えていたんだよ。だからさ、近くに待機していた特殊部隊の隊長に、ぼくの記憶を見せていたんだ」

「どういう、事だ?」

「ぼくは痛みが消せる。だからさ、この無い右目から直接脳に触れて、記憶を読み取ってもらったんだよ」

「何を、言ってる?」


 意味のわからない事ばかり言われて、カイルは呟く事しかできなかった。


「これ、自白しない犯罪者なんかに使うんだよ。なんでもさ、『記憶って脳にあるなら直接触ったらわかるんじゃない?』なんてとんでもない事を言った奴が昔の特殊部隊にいたらしくて、それを魔法にしたんだ。それが今でも行われている拷問の1つなんだよね」


 そんな事をしてまで自分の詳細を売った事が理解できず、カイルは言葉に詰まる。

 けれどそのお陰で冷静になり、疑問が浮かぶ。


「父さんに忠誠の魔法まで使ったのに、どうしてあんな事が、出来たんだ?」

「あぁ、これ? これはね、いつでも証明する事が可能なだけ」

「証明?」


 クロムは右手の甲を見せながら、魔法を唱える。


忠義ちゅうぎ


 クロムの手の甲には、彼の家紋が浮かぶ。


「それは主が死んだら、消えるはずじゃ……」

「まだわからない? ぼくの主はライリーさんじゃない」


 クロムは笑みを消し、腕を下ろした。


「今も昔も、ぼくの主は、聖王様ただお1人だけだ」


 それじゃあ、全ての指示は、聖王様が……?


 そう考えた瞬間、カイルは声をもらしていた。


「それなら、ハルカは……」

「あ、気付けたようだね。君が安心して任せた相手は、ハルカちゃんにとっては命を奪う存在だった、ってわけ」

「命を、奪う?」


 訳がわからず、カイルの頭がまた混乱し始める。

 けれどそれに構わず、クロムが魔法を唱えた。


「守護、疾風」


 準備ができたとばかりに、クロムが構える。


「言葉のままだよ。それ以外、何もない」

「……守護せよ、疾風」


 声の調子は穏やかだが、クロムの眼光が鋭くなった。

 それに気圧されるように、カイルも魔法を掛け、構えた。


「早くぼくを倒さないと、ハルカちゃんはまた、死ぬ事になるよ?」

「また……?」

「彼女、死んでからこの世界に転生したんだよね? だから同じように殺して、元の世界へ帰ってもらう」


 それだけ言い切ると、クロムが動いた。


 殺して……?


 クロムの剣をかわしながら、カイルは言葉の意味を考える。


 元の世界に、帰す?


 集中できていないせいか、クロムの剣先がカイルの前髪をかすめる。


「ぼくは考え事をしながら倒せるほど、優しい相手じゃないよ?」


 クロムの回転を加えた蹴りがカイルの頭を狙う。なんとか反応して頭を庇うが、衝撃を緩和できずに吹き飛んだ。それでも受け身を取り、追撃に備えて身を起こす。


「理解できないみたいだね。じゃあこれを聞いたら、理解できるかな?」


 クロムは片方の剣を納めると、腰に装着していた収納石から白い小箱を取り出した。


「何だ、それは」

「君の大切な人の声、だよ」


 そう言ってクロムが蓋を開けると、聴き慣れた声が聞こえた。


『私は、異世界からの転生者です。そしてこの世界に、影響を与える者でもあります』


 ハルカ?


『髪色が鮮やかになる原因も、黒の魔法使いの性質も、過去の異世界の人間の影響で真実をねじ曲げられているだけで、誰も罪には問われません』


 これは、なんだ?


『全ての……、罪は……、異世界の……』


 苦しげなハルカの声が聴こえ、カイルの剣を握る手に力が入る。


『全ての罪は、異世界の人間と、それを喚び寄せた者にあります。3年前の戦争も、私達のせいで起こってしまった出来事でした。ですから、異世界の人間が今後この世界へ入ってこないよう、聖王様に神からの助言を託して、私はこの世界を去ります。そして喚び寄せた者にも、罪を償ってもらいます』


 いきなり単調な声に変わった事も気になったが、ハルカが絶対に言わないであろう言葉が聴こえ、カイルは剣を構えた。


「ハルカに、何をした」


 カイルの質問には答えず、クロムは小箱に蓋をし、収納した。


「ぼくらはさ、この世界を、平和な世界にしたいんだ」

「平和、だと?」

「そ。髪色だけで酷い目に遭うなんて、おかしいと思わない?」

「それは、俺も、そう思う。けれどハルカは関係ない」

「あるよ。だって、異世界の人間なんだよ? アレのせいで、ぼくらは苦しめられた」


 クロムも異世界の血を引いていた事で襲われた事実を思い出し、カイルは口を開く。


「確かにクロムの先祖は異世界の人間だっただろうが――」

「それだけじゃないんだよね」


 そう言うと、クロムは右目の眼帯をずらした。


摘出てきしゅつ


 クロムは生誕石を取り出す魔法を唱えると、空いた手を右目に当て、握った。


「これはさ、あまり人に見せたくなかったんだけど、カイルには特別に、見せてあげる」


 そう言って開いた手には、両端がとがった小さな杭のような、黒と緑の2色が彩る生誕石が見えた。


「まさか、複数の属性持ち、なのか?」

「そうだよ。前もって言っておいたよね。『首謀者は黒と緑の魔法使い』だって。この生誕石が証拠。黒の右目を潰したところで、ぼくの属性が消える事はなかったけどね」


 それだけ言うと、クロムはまた右目へと生誕石を戻す。

 そして、剣を引き抜いた。


「ぼくは特別な魔法使いであり、黒でもある。ぼくらが受けた苦しみを、これ以上、この世界に生きる同じ魔法使いに、味合わせなくない」


 クロムの眼光が今までにないほど鋭くなり、カイルは身構える。


「その為に、君達には、命を捧げてもらう。異世界の力は恐ろしく、人を狂わす。それをこの世界の人々が忘れないような出来事を創り出す為に。そうすれば、もう異世界の人間がこの世界に訪れる事はないだろう。だから、異世界の人間も、喚びよせた君も、罪人として、この世界の人々から永遠に憎まれるよう、その名を広めさせてもらう」


 そして、微かに顔を歪めたクロムが続けて話し出した。


「ハルカちゃんを手放した君は、自分で守り通す事を放棄したんだ。そして何より、みんなの元へ行く事を選んだ。異世界の人間を喚び寄せる約束の魔法も解除してくれたし、君にもう用はない。だからさ、その選択が無駄にならないように、ぼくがちゃんと、活かしてあげる」


 その言葉を言い切ると、クロムはすぐにこちらまで距離を詰めてきた。

 クロムの言葉に頭を殴られたような衝撃を受けながら、カイルは兄と慕った者と剣を交えた。

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