第219話 リクトの期待とハルカの執務室までの道のり
リクトは塔の中を歩きながら、鼻歌を歌っていた。
そして、先程までいた部屋の扉を叩く。
「お邪魔しまーす」
中を覗き込んでみれば、まだ眠ったままの少女がいた。
その少女に近づきながら、リクトは話しかける。
「ハルカちゃんって、本当に面白いっすね。最初に会った時から、何も変わってない。誰かの為に危険を顧みずに動けるハルカちゃんは、やっぱり強い」
リクトの言葉に、少女はやはり反応しなかった。
それにしても、あれだけ強く掛けていたおれの魔法、どうやって解いたんっすかね?
まぁだから、またご褒美をあげちゃったんっすけど。
そこまでしておれの魔法から逃れたハルカちゃんは、緑の騎士くんを助けに行くに決まってるから。
ま、この中なら好きに動いてもらってもどーにでもなるし、命を賭けてもらうハルカちゃんには、最後ぐらい自由をあげてもいいかな? なんてね。
だから、あんなに丁寧に説明した。エミリアからハルカちゃんの様子を聞いてたし、あの姿だったから、塔を抜け出して聖王様に会いに行った後、緑の騎士くんのところへ行くのかなと思って。
前にコルトで見ていた時、凄い道に迷ってたように思えたから、あれぐらい説明しないとまた迷うだろうし。
うーん、ちょっと心配っすね。
それにしても、隠と絶が使えるようになってたなんて、驚きっす。
ま、動揺したのか、姿がうっすら見えてて、可愛かったっすけど。
でもあれぐらいなら、普通の奴には見えない。
特別な黒だからうまく使えているのかもしれないっすね。
先程までの楽しいひとときを思い出しながら、いまだに眠ったフリをしてる少女を見下ろし、リクトは囁く。
「お前は、誰だ?」
ぴくりと瞼が揺れたが、目を開けようとしない少女に対して、リクトはさらに話しかける。
「ハルカちゃんにさ、聖王様と緑の騎士くんの居場所、教えてあげたんっすよ。そしたらさ、『ありがとう』なんて、言ってきた。おれの言葉、全部信じていいんっすかね。あーあ、迷子になるかも」
この言葉に、少女は転がるようにベッドを抜け出し、距離を取った。
「おっ、かなり早く動けるっすね。ハルカちゃんの魔法っていうよりは、本当に生きてる感じがする。どういう事?」
生き物だとしたら、精霊獣、なのか?
そんな精霊獣は存在しないはずだが、異世界の関係なら常識が通用しないと、リクトは考え直す。
そしてリクトは戦う意思がない事を伝える為に、両手を上げた。
「驚かせてごめん。もしかして、ハルカちゃんの、精霊獣?」
目の前の少女は眉間にしわを寄せると、姿を変えた。
「わ、初めて見た。姿を変えられる精霊獣!」
漆黒の獣を目の前にして、リクトは興奮した。
「ハルカちゃんって、隠し事できたんっすね。これは隊長からも報告されてなかったから、やられた」
リクトは笑顔を向けたはずなのに、精霊獣は今にも襲いかかってきそうな姿勢を取る。
「精霊獣とは戦いたくないんっすよね。それにほら、君を傷つけたら、ハルカちゃんも傷つくでしょ?」
そう話しかけた時、リクトの背中の武器が震えた。
「あ、ちょっとごめんね」
武器に付けられている収納石から通信石を取り出し、リクトは声をかける。
「どうかしましたか、隊長?」
『例の来客が、もう来ちゃったんだよね。対応、お願いできるかな?』
「え、早くないっすか?」
『仲間の危機を察したんだろうね』
「なんすっか、それ。じゃあエミリアにも声をかけとくっす」
『よろしく。ぼくは邪魔されないよう、予定を早める。あとは任せたよ』
通信が途絶え、リクトは通信石をしまうと、精霊獣へ声をかけた。
「ってわけなんで、おれとエミリアはここからいなくなる。ハルカちゃんは眠っていたから起こさなかった。だからおれ達は、この部屋からハルカちゃんがいなくなったのを知らない。凄く天気が良いから、たまたま窓を開けちゃって、ちゃんと閉めずにうっかりおれはこの部屋を後にする」
いまだ警戒する精霊獣へ言い聞かせ、リクトは優しい声を出すように心がけた。
「もう1度、ハルカちゃんの姿になって寝たフリしといて。窓はここを開けとくから。最後にハルカちゃんと会えないままなんて、嫌っすよね? それに精霊獣なら、ハルカちゃんの居場所はわかるだろうし。迷子になるかもしれないから、お願いね?」
精霊獣は納得したのか、少女の姿になり、リクトを睨む。
「そんな怖い顔しないで。ハルカちゃんはそんな顔しないから。じゃ、頑張ってね」
続き部屋に歩き出しながら、リクトは内心、期待していた。
誰かの為に必死になれるハルカちゃんは、どんな未来を見せてくれるっすかね。
もしかしたら、自分達が知らない新しい何かを彼女は見せてくれるかもしれない。リクトはそんな予感がしていた。
***
建物を走り抜け、ハルカは2階までたどり着くと、大きな壺の影に身を潜めた。
マキアスの凄い怒りを感じた。
もしかして、気付かれた?
マキアスの事が心配で魔法の集中が途切れたように思い、ハルカは磨かれた壺を見る。けれどそこに自分の姿はなく、ほっと息を吐く。
何があったのか、気になる。
でも今戻ったら、マキアスが作ってくれたチャンスを逃してしまう。
だから私は、少しでも早くルイーズに会いに行かなきゃ!
そう自信を奮い立たせ、ハルカは廊下を眺める。
さっきの小さな建物は人がいなかったのに、ここには人がいる。
姿が見えなくても、ぶつかったりしたらバレるよね。
ここまで来て誰かに見つかってしまったら、すべてが水の泡になる。だからハルカは物陰になる物を確認してそこへ移動し、剣の紋章がついた扉を探そうと考えた。
大丈夫。
姿も気配も、誰も察する事はできない。
魔法を意識しつつ、ハルカは辺りを見回し、人が背を向けた瞬間、小走りに駆ける。
廊下には絨毯が敷かれている為、ハルカの足音を消してくれている。そのおかげで、少しばかり大胆な行動に出られていた。
剣の紋章……。
きっとわかりやすいはず、なんだろうけど……。
見回してみたものの、それらしき紋章はなく、ハルカは汗ばむ手を拭く。
エミリアさんとリクトから話は聞いているから、絶対にあるはず。
まだ探し始めたはがりだと思い直し、ハルカは杖を握り直す。
そしてまた人通りが少なくなるのを待ちながら、走り出す準備をした。
次はあそこまで走る。
彫刻と思われる置物を目標にし、ハルカは様子を窺う。
今だ!
そう思い走り出したハルカのすぐ横の扉が開かれ、思わず足を止めそうになる。けれどもなんとか置物のそばへたどり着き、ハルカはへたり込んだ。
「今、何か……」
扉から出てきた男性がきょろきょろと辺りを見回していたが、首を傾げて去っていった。
危なかった……。
廊下の人通りばかり気にしてきたが、部屋から人が出てくる事もあるのを忘れていたハルカの心臓は、痛いほど激しく波打っていた。
慎重に、でも、立ち止まるな!
ぐっと杖を握る手に力を入れ、ハルカは剣の紋章を探す。
あれ、かな?
少し距離はあるが、それらしきものが見え、ハルカは呼吸を整える。
けれど周りには隠れられる場所もなく、違った場合はそのまま他を探さねばいけない事に気付く。
でも、行かなきゃ。
震え出した足を軽く叩き、ハルカは立ち上がった。
違ったらすぐに、もっと奥の置物を目指す!
そう言い聞かせ、ハルカは人が少なくなったのを確認し、走り出す。
剣、剣……、剣だ!
目的の場所であれと願いながらたどり着いた場所は、本当に立派な剣が扉の真ん中に描かれており、力が抜けそうになる。
けれどそんなハルカを、遠くから聞こえる女性達の声が現実に引き戻す。
「あら! 私、これを置き忘れていたみたい」
「あ、それは確か残りわずかだったから、急いで補充しておかないと。あんたいつもどこか抜けてるわよね」
声の方を見てみれば、女性達はこちらへ振り返ろうとしていた。
もしここだったら、入れなくなる!
姿を消していたところで、扉が勝手に動き出せばすぐに気付かれる。だからハルカはどうにでもなれと、急いで部屋の中に滑り込んだ。
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