第211話 ミアとリアンが知る真実

 ミアは帰宅した父を捕まえ、自室に連れ込んでいた。


「ミア、話ならまた改めて——」

「うふふ。そうやって先延ばしにするのは、よろしくないのでは?」


 隣に座る母が可憐な笑い声をもらし、父に冷たい目線を送っている。


 私が外へ出る時もあと押しをしてくれたけれど、やっぱり今回も心強い存在だわ。


 自分の口元がニヤニヤしそうなのを耐え、ミアは父を睨む。


「……わかった。わかったから、2人ともそんなに怖い顔をしないでくれ」

 

 父は観念したように、ミア達の対面へと座った。


「どうしてお父様は、私との会話を避けていられるのですか? それに、外へ出られないのは、どういう理由があるのですか?」


 ミアの質問に、父の顔色が悪くなった。


「本来なら、ミアには自由に生きてほしかった。しかし、共に旅をしていたのがジェイド一族の生き残りなら、話は別だ」

「どうしてカイルだといけないのですか?」


 ミアに問われ、父の顔色がさらに悪くなる。


「理由は、話せない。もう関わるなと話してある。この話は終わりだ」

「そんな勝手な!! 私の事を待っている仲間もいるのですよ!?」


 理由も知らされず、さらには父がそんな事をカイルに告げていたなんて予想もできなかった。

 だからミアは思わず身を乗り出し、父に抗議する。


「ミア、座りなさい。話し合いをしたいのでしょう?」

「……はい。お母様」


 そう言った母は優雅に立ち上がると、父の隣に腰掛けた。


「ジェラルド様、どうぞ哀れな我が娘に、少しばかりのご慈悲を」

「やめてくれ、エレノア!」


 始まったわ……。


 半ば呆れながら、ミアは両親のやり取りを黙って見届ける。


「家長ですもの。家の者が納得できない事も、どうぞご命令下さい。わたくし達は、ジェラルド様に従うしかありません。けれど、ミアを大切に思うのであれば、真実をお話し下さい」

「お願いだ、ジェラルドと、呼んでくれ。それに命令ではなくて……」

「命令ではないのですね? それでは先程のお言葉を訂正して下さいませ」


 何かある度に、お母様はわざとお父様をそう呼ぶ。それが1番、お父様の嫌がる事だと知っているのに。

 これが夫婦円満の秘訣なのかしら?


 ミアは自分の両親の仲の良さも知っている為、夫婦とは難しものだと、考えにふけろうとしていた。


「しかし、先程の言葉を変える気はない」


 いつもなら簡単に折れるはずの父が、何故か今回は抵抗を示した。


「どうして?」

「エレノア、ジェイド一族は3年前の戦争の、異世界の関係の犠牲者だ」

「……まさか」


 異世界の関係って……。


 母の顔色も変わり、ミアも会話に割り込む。


「お父様、異世界とは?」

「これ以上は話せない」

「お父様、私には、大切な友人ができました。それが、異世界からの転生者だと言ったら、どうされますか?」


 後方に控えていたリアンの息を呑む音が聞こえたが、ミアは平然を装う。

 けれど、父と母の表情が絶望に染まった気がした。


「あの青年の言っていた事が嘘であったら、どんなによかった事か……」

「ミア、その事を知っているのは、あなた達だけなのかしら?」


 父は俯き、母はそれでもミアへ優しい眼差しを向けながら、言葉を紡いでいる。


「私とリアン、そのジェイド一族のカイルと、もう1人の冒険者のサン。それに話していなかったけれど、特殊部隊の隊長のクロム——」

「特殊部隊の隊長だと!?」


 先程までの打ちひしがれていた姿はなくなり、父が凄い剣幕でミアに近づこうとする。

 それに対してリアンがとっさに動いたようで、ミアの前に滑り込んできた。


「旦那様、どうか落ち着いて下さい」

「リアン、本当なのか? そのクロムという男は、右目に黒い眼帯をした男だったか?」

「そうですが……」


 リアンが間に入った事で、父は少しだけ落ち着きを取り戻していた。それを心配そうな様子で、母は見守っている。


「……ミア。何があっても、お前を守る」

「お父様?」


 急に変な事を言い出した父を、リアンの背後から覗き込む。


「特殊部隊が動いているのなら、もう手遅れかもしれないが、それでも……」

「先程から、何を言っているのですか?」

「あの男は、王の為にしか動かない。そして聖王様は異世界に関するものを保護している。けれどそれは、民に混乱を与えない為の、表向きの理由、なのだよ」

「どういう事、ですか?」


 だって、聖王様はハルカを保護してくれているのに。


 それが表向きだとしたら、いったい何が目的なのか、ミアには見当もつかなかった。


「前王が異世界の力に魅せられたのは、異世界のものに長く触れすぎたからだと言われている。それならば、同じ過ちが繰り返されぬよう、それらを集め、処分する。それが聖王様のお考えだ」

「え?」


 処分?


「それじゃ、ハルカは?」

「ハルカというのが、異世界の子の名なのか? 保護を頼んだと、青年からも聞いている。こんな事を言うのは酷だが、もう、会う事はないかもしれない」


 うそ。

 うそよ。

 お父様はさっきから何を言ってるの?


「違うわ、お父様。だってね、カイルは自分の一族や仲間を、異世界の何かを狙う者に襲われたって、言っていたわ。クロムもその時、カイルと共にいたのよ? そしてね、その首謀者を見つけたって。だからね、聖王様へハルカの保護を頼み、その間にカイルとクロムが首謀者を捕まえるって、言ってた、のよ?」


 そう説明しながらも、ミアの声が震え始める。


「リアンも座りなさい。もう何が起こるか、私にもわからない。だから、真実を話しておく。私の知る全てにも、答えよう」


 父の優しくも厳しい顔つきが、苦しげなものへと変わる。

 そして指示通りリアンがミアの隣に座り、部屋には重苦しい空気が流れた。


「あの男は優秀な密偵だ。きっと3年前の戦争が起こる前から、ジェイド一族の情報を前王へ流していたのだろう」

「よく、わからないのですが、何故、前王が? それにクロムは、3年前の戦争の後に、隊長になったのですよね?」


 知りたくないのに、ミアの口から勝手に言葉がもれる。


「3年前の戦争は、ジェイド一族が隠し持つ異世界の力に脅威を感じた前王が起こしたものだと、噂されている。これは限られた者にしか知られていないが、真実だろう。ヘロイダス様は、狂われている。だからミアを、王家専属の治癒師にする事に私もエレノアも、悩んだのだ」


 ずっと気になっていた王家の秘密を聞かされ、ミアは言葉を失う。


「質問をお許しいただけますか?」

「構わない。リアンはもう、家族も同然だと常々伝えているだろう?」

「旦那様のお心遣いに感謝致します。それでは、質問させていただきます。あの戦争の時、動きを封じられていた理由が、前王ご自身の意思だったのですか?」

「そうだ。『私の特殊部隊がすでに動いている。皆はこの王都だけを護れ。そして、王都を離れる事を禁ずる』と、ただそれだけを仰っていた。民への報せも似たようなものだったが、とにかく外へは出さぬようにしていた」


 父とリアンの会話を、ミアはただただ聞く事しかできずにいた。


「それが何故、ミア様を王家専属の治癒師から遠ざける理由になったのですか? 前王はもう病に伏せられて——まさか」


 リアンが引き続き質問をしていたのだが、彼は途中で何かに気付いたように、ハッとした顔になった。


「王家専属ならまだよかったのだ。だが、ミアは前王の専属になる話が持ち上がっている。それだけは、何としてでも阻止しなければならない」


 苦渋に満ちた顔の父の隣で、何故か母までが同じ顔つきになり、ミアの心に不安が募る。


「その、前王が、狂われているのはわかりましたが、危険が伴うという事、ですか?」


 しどろもどろになりながらも、ミアは両親の顔を見つめながら、声をかける。


「今から話す内容は、この場にいる者以外に口外する事を禁ずる」


 父はミアへの返事の代わりのように静かにそう呟くと、魔法を唱えた。


誓約せいやく


 父は皆が覚悟を決めるようにと、それぞれの顔をしっかりと見つめる。それに応えるように、母、ミア、リアンが頷く。


「エレノアにはもう伝えているのだが、今から約11年前、当時10歳の聖王様は内部の者に暗殺されかけたのではない」


 父の眉間しわが深くなり、母は悲しげに目を伏せた。


「前王に襲われたのだ」


 前王って、本当の父親に?


 言葉を失ったミアの代わりに、リアンが質問をした。


「いったい何故、そのような酷い事を……」

「前王は自分の名を広める事だけに心を砕かれていた。遥か昔の、歴代の王達のように、永遠に語り継がれる王になりたかったようだった。その手段の1つとして、自分の血筋を残す事にも力を入れていたのだ」


 それが何故、そんな恐ろしい事に……。


 ミアは声に出せず、心の中で呟く。


「そして自分の血を受け継ぐ者の中でも、聖王様は別格だった。前王は、自分の血に異世界の血が流れている事が証明されたと、とても喜んでいた。その時に、側近の騎士にもらしていたのだよ。『アレを使ってさらに魔力の強い子を後世に残せれば私の血が優秀だったと、語り継がれる事だろう』と」


 まさか、襲うって……。


「…………馬鹿げています!!」


 ミアは理解した瞬間、何かが迫り上がってくるのがわかり、身をかがめながら口元を押さえた。リアンがそれを気遣うように、癒しの魔法を掛けてくれている。

 それでも怒りは抑えきれず、ミアは怒鳴った。

 けれどそれを誰も咎めず、沈黙が訪れる。


「その通りだ。だからミアを、前王の専属にはしたくなかったのだよ。そしてこれには続きがある。聖王様の件は未遂に終わったが、その直後、聖王様は姿を消している。その間に、王の手助けをした側近の騎士だけが犠牲になった」

「なっ!?」


 その言葉から、前王の罪を全て被って命を絶たれたのだとわかり、リアンの声が響く。


「このまま真実が明るみに出れば国の崩壊に繋がると、前王の側近達が騒ぎ立てた。それを阻止すべく、そいつらが立てた筋書きで話は広められてしまった。今このように話せているのは、聖王様自身が王に即位された日に、前王の罪を不問にしたからなのだよ。その後、前王の側近を入れ替える時、『この出来事が契機となり、わたしは王になれた』と、真実を知っている者の誓約の魔法すらも解除された。この後で真実を話せば、ただただ聖王様を貶めるだけの存在になるのをわかっていての事だろう」


 そんな者達が上に立っていたのだと知り、ミアの怒りが膨れ上がる。


「しかし、聖王様が魔力の暴走を抑え込んで視力を失ったのは事実だ。その日、姿を消した聖王様が連れ帰った者こそが、特殊部隊の現隊長の、クロムという男だ」

「そんな昔から、クロムが……?」


 クロムの名で、ミアの怒りが鎮まっていく。


「そうだ。聖王様に忠誠を誓う魔法を使ったようで、主の命には背かないそうだ。これが異世界に関する魔法だと知り、前王は受け入れたようだった」

「それなら、先程旦那様が仰っていた、聖王様が異世界に関するものを処分する命も遂行する、という事ですか?」


 父の話を聞き、リアンが恐ろしい考えを口にする。それを聞き、ミアは震え上がった。


「そうだ。これでわかっただろう? ミア、そしてリアン。お前達の身も危険なのだ。城から誰が来ようと、私がお前達を守る。だからどうか、今だけは、耐えてくれ」


 待って。

 それじゃ、ハルカとカイルは?


 ミアはそう考えた瞬間、席を立ちこの部屋を後にしようとしている両親を止めた。


「私の、大切な友人は? 仲間は? 今すぐ助けに行かなければ!!」

「ミアがジェイド一族の青年を連れてきた日に、ある少女と青年の姿が王城で目撃されている。案内していたのは、特殊部隊の者だったそうだ。そして聖王様は、接触禁止令を出された。『3年前の戦争の真実を知る重要な人物達だ』と言って。こうなった以上、もう誰も手出しはできない。止められるとすれば、聖王様だけだろう」


 そんな……。


 ミアは絶望しながらも、まだ間に合うと思い直し、父に懇願する。


「それでは、私が、聖王様に――」

「だめだ」

「どうして!?」

「聖王様がどう動かれるのか、わからない。異世界に関する記録ではなく人物なら、違う対応をするかもしれない。それがはっきりとわかるまでは、ここにいなさい」

「そんな……。それでは、手遅れになってしまうかもしれないのですよ!?」


 その質問には答える気がないようで、父は背を背ける。そして母も、無言でその後に続いた。


「待って下さい!!」

「ミア、私には、助けられるものに限りがある。リアン、ミアをよろしく頼む」

「待って!!」


 縋るように声をかけたが、両親が振り返る事はなかった。

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