第212話 ミアとリアンの決意

 3年前の戦争の真実、それに、聖王様やクロムの真実までもを知り、ミアはしばらくソファに座ったまま、放心していた。

 けれどリアンはずっと何かを考えている様子で、あごに手を当て、床を眺めている。


「ハルカに、通信を……」

「なりません」

「何故? せめて通信を残さなきゃ。カイルにも!」


 リアンが止めてきたが、ミアはそれを振り払い、腰元にある収納石から通信石を取り出す。


「ハルカへ!」


 えっ……?

 何故、繋がらないの?


 自身の通信石が反応せず、ミアは動揺する。


「カイルへ!」


 こちらは反応したが、すぐに切れてしまった。


「何故、ハルカの名に反応しないの? それにカイルも、どうして……」

「……申し訳ありません」


 リアンが突然謝罪を口にし、ミアはさらに混乱した。


「何故、リアンが謝るの?」

「ミア様の通信石からハルカの登録だけ、消させていただきました」

「どうしてそんな……」

「そしてカイルも、事が終わるまで私達とも連絡を断つと、決めています」


 自分の知らなかった事実を知らされ、ミアは唖然とする。

 そしてリアンは眉間にしわを寄せ、言葉を紡いだ。


「コルトからキニオスへ向かう定期便の中で、通信石にクロムの登録をする時の事を覚えていますか? ミア様とハルカが部屋で過ごされている時、私達は今後を話し合っていました」


 1度言葉を切ったリアンの表情が、沈んだものになった。


「ハルカに真実を伝えしまったら意味がなくなってしまうと、カイルが提案してきた事に、サンとクロムと私で同意しました。ミア様はきっとハルカへ話してしまうと、私達が予測して。そしてハルカから聞かれれば答えてしまうかもしれないと、ハルカの通信石からは私達全員の登録が消されています」

「……それじゃ、ハルカに、どうやって真実を伝えれば、いいの?」


 怒る気力も失せ、ミアは小さな声をもらす。


 カイルにも通信を残せない。

 それならいっそ、クロムは?


 クロムは何を考えているかわからないところもあったが、それでもハルカを新種の魔物からかばった事を思い出す。だからミアはその姿こそが本当のクロムだと、僅かな希望を抱く。


「クロムへ」


 通信石に声をかけたものの、反応しなかった。


 きっと登録すら、されていなかったのね……。

 私達が過ごした時間は、何だったのかしら……。


 仲間だと思っていたのは自分達だけだったのかと思いながら、自身の通信石をしまい、ミアは覚悟を決めた。


「リアン、私、ここを抜け出すわ」

「ミア様、それはなりません」

「どうして? どうしてリアンまで、お父様はみたいな事を!!」

「ですから、私が、向かいます」

「何を、言っているの?」


 先程からずっと考え込むような仕草をしていたリアンは、吹っ切れたような顔をしていた。


「キニオスを発つ前夜に、クロムと2人だけで話す時間がありました。その時に、『もしどうしても連絡を取りたくなったら、城の門番にぼくの名前を出して。そうすれば城の中で話せるようにするから』と、彼は言っていました」

「何よ、それは……」


 まるで、罠みたいじゃない。


 こうなる事を知っていたようなクロムの発言に、ミアの声が上ずる。


「ですから、私が、ハルカとカイルの救出に向かいます」

「それなら私も――」

「私は、ミア様を護る騎士です。あなたの身の安全が、最優先です」


 リアンが忠誠を誓うように、膝をつく。

 ミアはその姿を見ながら、自分がいかに無力な人間なのかを思い出した。

 だから、その悲しみが溢れ、声になった。


「私はまた、何もできずに、ただここで、じっとしている事しか、できないの?」

「そうではありません。ご自身の命を守る事が、ミア様の立派な使命です」


 命……。

 そうよ。

 私は、命を守るのよ。


 そう思った瞬間、ミアも膝をつき、リアンに目線を合わせた。


「私は、昔の私のように、守れたであろう命を見過ごしたくはない」

「ミア様……」

「私は、癒し手なの。これからもたくさんの人を、この手で助けたい」


 リアンは男らしい顔立ちに、今は情けないほどの困惑した表情を貼り付けながら、ミアを見つめている。


「でもね、その前に、自分の大切な人の命すら守れないなんて、おかしいじゃない。私は、大切な友と仲間を見捨てるぐらいなら、癒し手をやめる。リアン、あなたなら、わかってくれるでしょう?」


 リアンの優しげな瞳が、苦しげに細まる。


「もう私は、昔の何もできなかった頃の私に、戻りたくはない!!」


 リアンの心に訴えるように、ミアは彼の鎧にしがみつきながら、想いをぶつける。


「それに、どうしてリアンだけが、危険な場所に行くのよ。あなたは私の騎士だけれど、仲間なのよ。対等で大切な人なの。覚えておきなさい」


 ミアの言葉に、リアンの黒灰色の瞳が見開かれる。

 

「そのようなもったいないお言葉……」

「私はね、昔からの私を知っているリアンだからこそ、そう思ったのよ。だからね、覚悟しなさい」


 ミアは微笑みながらリアンの手を握った。


「一緒にここを抜け出しましょう。そして、ハルカとカイルを、絶対に助けるわよ」

「……はい。私がミア様を全力で護ります。ですからまず、どうやって外に出るか、考えましょう」


 ぐっと握り返してくれたリアンの手の温もりに、ミアの心が満たされていく。

 そしてミアは、閃いた。


「私達にはもう1人、大切な仲間がいるじゃない!」


 ミアは今思いついた事をリアンに話し、彼を無理やり頷かせた。

 そして急いで通信石を取り出すと、頼もしい仲間の名を呼んだ。

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