第201話 別れ
リクトがいなくなり、ハルカとクロムは詰所をあとにした。
王都を見て回るとはいっても、カイルと合流しやすい場所へ着いてからの話だ。だから王都の中で有名な、ミアの自宅付近の大きな噴水を目指している。
「ごめんね、ぼくの部下が勝手な事をして。ちょっとね、手のかかる子なんだ。でも、本当に何もされてないんだよね?」
白い城壁と同じ色をした、石造りの建物が綺麗に並ぶ町の中を、クロムと歩く。
お店の種類は、看板や旗などで判断できるようになっていて、どれも目を引く色をしている。
そして王都を歩く人々の服装は様々だが、高級そうな服を着ている人が多くいるように思えた。
「何もされていないどころか、助けてもらったよ。ちゃんとお礼を言えてなかったから、また会えるなら会いたい。でも、リクトはなんで妖精族なのにここの特殊部隊にいるの?」
「妖精族?」
「あれ? 私が初めて会った時、妖精の羽があって……」
「……ハルカちゃん、もう少し、人を疑おうか。リクトは幻術が得意だから、からかわれたんだろうね」
あれが幻術だったと知り、ハルカはうろたえる。
「え……、えっ? でも他の人に話したら消えうちゃって。妖精族の秘密の為に、私に魔法を掛けてたんだよね?」
「あー……。ぼくに知られたら、消えてたね。あとはカイルに知られても、消えてたと思うよ。でもね、残念ながらリクトは人間族だよ」
な、なんで!?
クロムが全然笑っていないような笑顔で物騒な事を言うので、ハルカは立ち止まった。
「そんなに残念? あ、そっか。だから定期便の中であんなに妖精族について聞いてきたんだね」
立ち止まったハルカへ、クロムが顔を覗き込んできた。だがそのまま耳元に顔を寄せてくると、とても甘い声でハルカの耳をくすぐる。
「君はね、無防備すぎる。ちゃんと人を疑えるように、お仕置きでもしてほしいの?」
「ひゃっ!」
み、耳が、熱い!!
思わぬクロムからの精神攻撃に、ハルカは耳を押さえ後ずさる。
「どうしたの?」
「ちょ、ちょっと、刺激が強すぎて……」
「ははっ。今のハルカちゃんをカイルが見たら、発狂するだろうね」
クロムが本当におかしそうに笑うから、ハルカもつられて笑う。
「さぁ、あともう少しで広場に着くから、そうしたら噴水周辺の、ハルカちゃんが気になるお店へ行こう」
「そういえば、宿ってどうなってるの?」
歩き出そうとしたクロムへ、ハルカが声をかける。
すると、クロムがわずかに微笑んだ。
「宿はね、決まってるよ。とっておきの場所だから、楽しみにしててね」
そしてクロムは前を向き、歩き始めた。
どこが寂しげに見えたクロムの笑顔が気になったが、ハルカは置いていかれないよう、彼の背中について行った。
大きな噴水の近くには、すでにカイルの姿があった。何故こんなに早く挨拶が終わったのか気になったが、カイルの表情が沈んでいたので聞く気にはなれなかった。
「お待たせ、カイル」
「いや、俺も今来たところだ」
「じゃあさ、みんな揃った事だし、これからご飯でも食べる?」
ハルカが声をかけると、カイルの表情が和らいだ。そこへ、クロムがこれからの提案をしてくる。
けれどもカイルは首を振り、歩き出した。
「ハルカを連れて行く場所がある。そこへ行くぞ」
「何もそんな急がなくても」
「いや、急ぐべきだ。ここはもう、王都だからな」
カイルとクロムのやり取りに、ハルカは首を傾げる。
「もしかして、私だけの魔法を見つける為に、記録館に行くの?」
カイルの急ぐ理由がこれぐらいしか思いつかず、ハルカは尋ねた。
すると、2人はこちらを見て、お互いの目を見合う。
「そうだね。そういう場所だよ」
「ハルカだけの魔法が、見つかるといいな」
急によそよそしくなった2人に、ハルカはさらに首を傾げるしかなかった。
***
待って待って。
どうしてこんな事に!!
ハルカが連れてこられたのは、凄く厳重な警備が敷かれる、西洋の白いお城みたいな建物だった。何がなんだかわからないまま、クロムが身分を掲示し、ハルカ達はすんなり中へと入る。
そこではじめて、ここが本物の王城だったと知り、ふかふかの赤い絨毯の上を歩いている最中だった。
聖王様が私に会いたいって言ってたなんて、なんでもっと早く言ってくれなかったの!?
さすがに城の中なので、ハルカは声には出さず、心の中で叫び続けていた。
すると、ある部屋の前でクロムが立ち止まる。ここに聖王様がいるのかと、ハルカは緊張で呼吸を整えた。
そしてカイルが、静かな声で話し出した。
「クロム、外で、待っててくれ」
「いいよ。ゆっくり、話しておいで」
クロムが扉を開くとそこには誰もおらず、カイルはそれを気にする事なく中へ入った。そして少し歩いたところで立ち止まると、こちらを振り返った。
「ハルカ、大切な話がある。少しだけ時間をくれ」
「……わかった」
カイルの思い詰めた表情から、とても重大な事を告げれると思い、ハルカは気を引き締めた。
「ハルカちゃん、ぼくが話した事を、忘れないでね」
歩き出したハルカへ、クロムが小さな声で囁く。
そんなクロムへ、ハルカは視線を送りながら頷く。
昨日の、満月の夜の事、だよね。
もしかしたら、カイルがこれから話すのは、仇を討つ話?
でも、どうして今なの?
何もわからないまま、けれどハルカは覚悟を決めて、部屋の中へと入った。
何に使う部屋かわからなかったが、豪華なシャンデリアの光が優しく部屋を照らしている。暖炉もあるが、今は暖かい気候の為、使われていないようだ。他にも床に置く照明があるのだが、様々な椅子を柔らかい光で照らしている。
ハルカが部屋を見回すと、扉が閉まった。
「カイル、話って、何?」
さらに中まで進んでいたカイルの背中に向かって、ハルカは歩みを進めながら明るい声色で話しかける。
すると、カイルは表情の消えた顔で、こちらに向き直した。
「ハルカ、ここでお別れだ」
「えっ?」
「お前はもう、用済みだ」
いったい何を言われているのかわからず、ハルカの鼓動が激しくなる。
「最初に言っておいただろ? どうしてお前に親切にするのかを」
『恩は売っておいても損はないだろ?』
最初に出逢った時の、少年のように笑うカイルが、ハルカの頭の中で語りかけてくる。
「お、恩は売って……」
「ちゃんと覚えていたんだな。それぐらいは、頭が回るのか」
うまく話せないハルカへ、カイルは馬鹿にしたような顔で笑う。
「いったい、何を……」
「異世界の人間だからそばに置いておいたが、何の役にも立たないお前から、売っておいた恩を返してもらう日が来ただけだ」
カイルが何を言ってるのか、わからない。
ちゃんと聞こえているはずなのに、ハルカの心がそれを拒絶する。
「自分だけの魔法も見つけられない奴に、これ以上時間を費やすのが馬鹿らしくなった。だからお前を金にした。かなりの大金になるから、それだけは礼を言っておく」
「お、かね?」
何もかも聞き出したいのに、ハルカの口からはその言葉だけ出てくる。
「異世界に関係したものは、金になる。お前の身柄は聖王様が預かって下さるそうだ。有り難く思えよ」
「……う、そ。うそ、だよね?」
どうして王城に来たかの理由も明らかになり、ハルカは声を絞り出した。
「嘘じゃない。もういいか? お前に使う時間がもったいない」
「カイル、どうしたの? カイルらしく、ないよ?」
縋る思いで、ハルカはぐらつく足で立ち続けながら、カイルを見る。
すると、カイルは冷淡な笑みを浮かべた。
「俺はちゃんと忠告しておいたぞ。『そんなに俺を信じていいのか?』『信じる事も大切だが、疑う事も覚えておけよ』って。お前は覚えておくと返事をしていたが、忘れたのか?」
その言葉って……。
アルーシャさんに、私の生誕石の事を説明してくれた、時の、話?
まさかそんな意味を含んでいるとは思わず、ハルカは何も言えなくなった。
「まぁいい。ようやくお前の顔を見なくて済むと思うと、清々する。最後の最後に、俺の役に立ったな」
「カ、カイルにとって、私って、そんなに……」
忌々しい存在なの?
言葉にできなかった。そこまでハルカの心は強くなかった。
それなのに、カイルがとても冷たい目をしてハルカの心を刺してくる。
「お前は何か、勘違いをしていたよな。お前を特別に扱っていたのは、異世界の人間だからだ。それなのに俺に想いを伝えてきて、酷く気分が悪かった」
「そ、んな……。な、仲間としては、違う、よね?」
少しでも今までの思い出が真実だった証拠が欲しくて、ハルカはわずかな可能性に縋る。
「これだけは、はっきり言っておく」
けれど、カイルの表情は先ほどよりも冷たく、怒りが滲み出ていた。
「俺はずっと、お前という人間と一緒にいる事が苦痛だった。お前が特別なのはわかった。だから特別じゃないオリビアは同じような状況下で神に見捨てられ……死んだのか?」
先程までのカイルの言葉は、どこか信じられないものばかりだった。けれども今の言葉は、重みが違った。
だからハルカは、その言葉を受け入れてしまった。
「そんな事、あるわけ……」
「じゃあ何故お前は生きていて、オリビアは死んだ?」
それは……。
何も言葉を発しないハルカに、カイルは睨みつけるような目線を向け、言い放つ。
「お前じゃなく、オリビアが生きていれば、よかったんだ」
突然、足元が崩れた気がした。
気付けば床が近くにあり、視界がゆらゆらと歪む。
その揺れる視界の中に、カイルの茶色いブーツも見える。
これは、夢、なんだ。
私、まだ、獣車の中で、眠ってるんだ。
早く起きなきゃ。
早く、早く、誰か、起こして。
さらに歪み始めた視界の中のブーツが、ゆっくりと動き出す。夢ではない事はわかっていた。だから、もしかしたら、全部嘘で、カイルがハルカに手を差し伸べてくれるかもしれないと、淡い期待を抱く。
けれどその小さな望みすら粉々に砕かれるように、視界の中のブーツがハルカへ近づく事はなかった。
『泣けていないのなら、今、ちゃんと泣いておけ。今の自分の気持ちを置き去りにするな』
涙をこらえていたハルカの頭に、カイルのどこまでも優しい声が響く。
その瞬間、涙が溢れた。
あの、私達が出逢った最初の日の夜。
3年前に大切な人を失った時の話をしてくれたカイルは、私に対して、そう思っていたんだ。
それなのに、言葉は違うものを、言って、くれたんだ。
私、何も、気付けなかった。
……違う。
私は、気付こうとも、しなかったんだ。
カイルの心に寄り添うどころか、ずっと傷を付けていた自分の存在なんて消えてしまえばいいと、ハルカは願ってしまう。
「……ごめっ、なさい」
カイルは立ち止まる事なく、通り過ぎていく。
「ごめんな、さいっ!」
カイルの足音がどんどん、遠のいていく。
「……ごめん、なさい……」
体に力が入らず、言葉だけでカイルを追い続けたが、彼は扉に手をかけたようだった。
それに気付いたハルカの頭には、カイルと初めて出逢った日が、昨日の事のように鮮明に思い浮かんでいた。
私だけが、カイルに出逢えて、幸せを感じていたんだ。
でも、それでも……、お願い、行かないで……。
声に出す事の出来ない、ハルカの想いが溢れる。
「幸せにな、ハルカ。こんな俺と出逢ってくれて、ありがとう」
その声はあまりに小さく、ハルカの耳に届く事はなかった。そしてその言葉は、カイルが部屋から出ていく音によって、掻き消された。
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