第九話 カイルの父についての考察
「酷い顔してるね」
扉の横に待機していたクロムから声をかけられ、カイルはちらりと視線を送る。
そこにはもう1人、まるで生きた人形のような女が立っていた。
「誰だ?」
「安心して。ぼくの優秀な部下だ。これからハルカちゃんの守りを任せるんだよ」
「そうか」
「じゃあカイルは、ぼくの自室にでも行こうか。まだね、ぼくらは動けないから。今後の話でもしておこう」
肩を組んで小声で話すクロムにカイルが頷くと、クロムが離れた。
「ハルカちゃんをよろしくね、エミリア」
「お任せ下さい」
その言葉を合図に、カイルとクロムは歩き出し、エミリアは部屋の中へと消えた。
***
生活感のない小ざっぱりとした部屋で、カイルは椅子に座り込んだまま、床を眺めていた。
「何を言ったかは知らないけど、そんなに落ち込むなら言わなきゃよかったのに」
「いや、これでよかったんだ……」
中途半端な優しさを見せたら、ハルカはきっと俺を追いかけてきたはずだ。
ハルカの泣き崩れる姿を思い出しながら、カイルは拳をきつく握る。
「君は聖王様にハルカちゃんを任せたんだ。自分よりも確実に守れる存在に、ね。だからさ、もう気にしない方がいいよ。それにしてもさ、ミアちゃん達の話し合い、うまくいかなかったの?」
クロムが話題を変えてきたので、カイルはのろのろと視線を上げる。
そして、伝えなくてはいけない事を話し始めた。
「人払いをしていたから、ミアとリアンは席を外していた。けれどミアの父親は、俺の父さんの名を口にした途端、態度を変えた」
「……彼も中の人だ。何か知ってるのかもしれないね」
ミアは前もって、カイルがこの世界の歴史や異世界の記録に詳しい事を父親に伝えていた。それに興味を持っていたようで、そちらの質問を先にされ、カイルは自分の一族が生業としていた事を告げる。
するとミアの父親の顔色が、変わった。
「父さんが前王に、名もなき話を献上した事を知っていた。そこから俺は、今後一切ミアと関わりを持たないでほしいと、言われた」
「ふーん。彼はいったい、何を掴んでいるんだろうねぇ」
クロムがすっと目を細め、口元を隠す。
「とりあえず、ミアを引き留めてくれるならなんでもいい。ミアが1番、ハルカに真実を話してしまう危険がある。だから、ハルカの事も伝えた」
「えっ? ハルカちゃんの事、もう伝えちゃったの?」
クロムが呆気にとられた顔をして、口元から手を離した。
「どうも、『異世界』という言葉に反応していたように思えたんだ。だから仲間に、異世界の転生者がいると伝えた。保護は聖王様がするとも、言っておいた。これは俺からじゃなくても、ミアが伝える予定でいたしな」
「まぁ、そうだけど……。で、どんな反応だった?」
あの時、ミアの父親はこの世の終わりのような顔をしていた。
一瞬で顔が変わったのを思い出しながら、カイルは呟く。
「『異世界の人間に関わってしまったのか』と、頭を抱えていたぞ」
「そう……。どういう事、なんだろうね」
薄く笑うクロムが、夜の帳が下りはじめた窓の向こうを眺める。
「祝いの木に滞在中、父さんは単身でどこかに出かける事が増えていた。場所を告げなかったのは、理由があったからだろう。でもその場所は、ここ、だったんだろうな」
「どうしてそう、思ったの?」
「中の人間がただの流民の名を、覚えているものだろうか? 何度も呼ばれていた理由も、呼べる奴も、限られる。そうなると、前王が直接、父さんの死に関わっているはずだと、思えた」
カイルの言葉に、クロムが視線をゆっくりと戻してくる。
「意識が朦朧としているとはいえ、前王はまだ生きてる。だから首謀者からその関わりも聞き出さないといけないね」
「俺はいつ、動ける?」
「それがさ、そいつ、特殊な任務についてるんだよね。最後の最後で重要な役目を与えているから、それが終わり次第かな。だからぼくらが動くのはきっと、カイルの記憶が解放された後、じゃないかな」
「10日以上、待たされるのか……」
俺の記憶、か。
もう自分で終わってしまう記憶の伝承に対して、カイルはさほど興味もなかった。
これのせいで多くの命が消えたのかもしれない。
それなら俺ごと、消えればいい。
ハルカとの繋がりも今となっては幻のようで、カイルは真実を知る気持ちにもなれなかった。
「それじゃ、カイルの部屋でも用意しに行ってくるよ。訓練所も備え付けられているから、自由に使って。ただ、外には出れないけど」
「わかった。いろいろと、感謝する。それと、前に言っていたこれは、クロムに渡せばいいのか?」
クロムが部屋から出ようとする前に、カイルはハルカとの思い出の品を収納石から取り出した。
「あ、それね。大切に預からせてもらうよ。聖王様への報告もあるから、渡してくるね」
クロムに渡す瞬間に、ハルカとのやり取りが頭をよぎる。
『無くさないでね?』
ハルカとの約束がこんなにもあっけなく自分の手で終わらせてしまえる事実に、カイルを虚無感が包み込んだ。
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