第200話 王都・セイクリッド

 獣車はとてもしっかりとした作りで、振動もあまりなく、乗り心地が自動車のようだった。そして馬車にも乗った事がないハルカは、この体験を心から楽しんでいた。けれども、先程の暴漢の件で疲れが出たのか、いつの間にか眠っていた。



「…………わかっ……」

「……だま……ような……ハルカにもはなし……」

「いま……たえる……ミア様」


 なんだろ……?

 私の名前が、聞こえたような……?


 まだ眠り足りないが、ハルカはゆっくりと目を開く。

 すると、みんなの会話が途切れた。


「ごめんなさい。起こしちゃったわね」

「ううん。せっかく初めて獣車に乗ったのに、寝ちゃったらもったいないもん」

「ハルカ、また乗りましょう。飽きたと思えるぐらい、たくさんのところへ行きましょう」


 ミアとリアンに気遣われながら、ハルカは目を擦る。


「もう王都に着く。リアンの言う通り、また楽しめばいい」

「……えっ? もう着くの!?」


 カイルの言葉に、ハルカの目が覚めた。


「外を見てみろ。白い城壁があるだろ? あれが王都のセイクリッドだ」


 ハルカが慌てて外を見てみれば、白亜の城壁がどこまでも続いていた。


 おっきい!!


 キニオスよりも遥かに長く続く白い嬢壁を目にし、ハルカは驚愕した。


「驚いた? あそこが私達の生まれ育ったところよ。いつかゆっくり、案内するわね」


 静かなミアの声はどこか元気がなく、ハルカは外を見るのをやめ、振り向く。


「ミア、大丈夫? 何か気になる事でもあるの?」

「……え? えぇ、そうね。ハルカと離れるのが寂しいなって、思って」


 ミアがとても辛そうな表情を浮かべたので、ハルカはミアの手を握って、覗き込む。


「離れるっていっても、そんなに長い間じゃないはずだよ。でもミアの今後の話し合いでもあるし、納得のいくまでしっかり話せるといいね」


 お父さんに冒険者になるって話すのは、勇気がいるよね。


 ミアは本来、王家専属の治癒師になる人だからこそ、どんな反応が返ってくるのか、ハルカも不安に思うところはあった。けれどミアの気持ちを知っているので、励ますような言葉だけを伝えた。


 ***


 チェスのルークで挟み込むように作られた巨大な門が、通常の入り口だそうだ。さすがに王都は中に入るまで手続きがあるそうなのだが、今回は王家専属の獣車だった為、すぐに入る事ができた。


 そしてハルカは今、クロムと一緒に、門に隣接して造られた特殊部隊専用の詰所にいる。この部屋は薄暗く、椅子や壁の拘束器具があるのみだった。


「もう到着するからって伝えたのに、まだ着いてなくてごめんね」

「ううん。私が一緒に入れる場所じゃないのに、入れてくれてありがとう」

「この世界に生きている人でここに入れた事に対してお礼を言うのは、ハルカちゃんぐらいだろうね」


 例の暴漢は黒い鎖をつけたままだがずっと大人しく、それがかえって不気味だった。いったいクロムが何をしたのか気にはなったが、ハルカはそこまで踏み込む勇気もなく、そっと視線を外した。


 この男の人を引き渡したら、クロムと一緒に町中を見て回るんだ。

 もう夕方近くだけど、疲れも取れたし、楽しもう。

 その後は……、ミアのお父さんに挨拶を終えたカイルと合流、か。


 本当だったら暴漢を引き渡し、そのままミアの実家の付近まで見送りに行く予定だった。けれどまだ受け取る人が来ておらず、ハルカは挨拶に向かうカイルと、何度も振り返るミア、それを心配そうに眺めるリアンを見送った。

 

「やっぱり、元気ないねぇ」

「えっ?」

「ほらほら、可愛い顔が台無しだよ? カイルならすぐ話を終わらせて戻ってくるから、大丈夫」


 クロムに内心を悟られ、ハルカは苦笑する。


「クロムには励まされてばかりだね。ありがとう」

「ハルカちゃんが笑ってくれるならいくらでも、っと、来たかな?」


 クロムが不意に扉へ視線を向ける。

 するとそのタイミングで、扉が音もなく開かれた。


「予定は伝え……、何をしに来たのかな? リクト」

「隊長に会いたくて、おれが代わりに来ちゃいました! あ、可愛い子連れてるっすね。

「リ……!?」


 笑顔のクロムの声色が変わる。

 まるで闇を連れてきたような、服も髪も瞳も黒いリクトはそんなクロムを気にせず、こちらへ微笑む。

 しかし、慌ててリクトの名前を飲み込むハルカを見て、リクトは笑い出した。


「どうしたっすか? あ、隊長。このお姫様を連れて行けばいいんっすよね?」

「ぼくの報告を聞いているよね? そこにいる男を連れて行け。勝手な事はしないように、と言いたいところだけど、君達、知り合いなのかな?」


 座っていたハルカを抱き起こすように立たせると、そのままリクトは歩き出そうとした。それを、静かな怒りを含むような低い声クロムが止める。


 ど、どうして妖精族のリクトがここに!?

 

 ハルカは内心パニックになりながら、自分の手を引くリクトの黒い瞳を見つめた。すると僅かに口角を上げ、リクトは視線をクロムへ向けた。


「何の事っすか?」

「……ハルカちゃん、話してくれる?」


 リクトから聞くのは諦めたようで、クロムがハルカの手を引き、覗き込んでくる。


「えっと、その……」

「あ、ちょっと待ってほしいっす。魔法を解きに来たんっすよ、おれ」


 魔法?


 リクトはそう言うと、疑問が浮かぶハルカの後ろから囁いてきた。


「また逢えて嬉しいっす。でのんびり過ごしたかったけど、今日は少しだけ。もう何を話しても、大丈夫。秘密を守ってくれて感謝っす」


 それだけ言うと、リクトはハルカの手を離した。


「アレを持ってけばいいんっすね?」

「まだ説明を聞いていないけど?」

「おれ達の出逢いはコルトっすよ! 困ってるお姫様を見つけたら、いてもたってもいられなかったんっすよね」


 そう話しながら、リクトは男の元へ歩く。


「あとはお姫様自身から聞いて下さい。本当は偶然を装って町中で声をかけようと思ってたんっす。でもそれをしなかったおれって、偉いっすよね?」


 軽い口調で話し続けるリクトは、男を強引に立たせた。


「それと、隊長とハルカちゃんの驚く顔が見れて、楽しかったっす!」


 リクトは口元だけに笑みを浮かべ、ハルカ達の返事を待たずに歩き出す。そのまま、まるで物でも扱うように、男をぞんざいに引きずりながら部屋から出て行ってしまった。

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