第198話 カーシャさんの助言
この前の嵐が全ての雲を連れ去ったように、空は青く澄み渡っている。
そして、王都からの迎えが来る日でもあるのだが、新種の魔物を倒した事により、キニオスの町全体が賑わいをみせていた。
そんな中、カーシャさんが報償金を持って、宿へ訪ねてきた。それをこちらへ渡しながら、クロムが早めに退院した事について、小言を言い出す。
そのまま、体調を崩して王都の治癒院に行く事になった時の心配もしていた。
もし、新種の魔物の件を尋ねられたら、自分の名前を出してやり過ごすように、とカーシャさんは念を押していた。
「あのね、こんな事言うのは気が引けるんだけど……、2人きりにして、よかったの?」
「どうしたの、ミア?」
王都からの迎えが到着するのは、昼過ぎの予定だ。
朝早くこちらに来たカーシャさんが今日キニオスを発つのを知り、何故かカイルを連れ出した。
その時から、ミアの様子はずっと変なままだ。
「だってほら、あの衛兵、カイルの事が好きでしょ? きっとあの様子は想いを告げるんじゃないかなって……」
「……カーシャさんが想いを伝えるのは自由だし、それに応えるのも、カイルの、自由だよ」
自分の言葉に、きゅっと、ハルカの胸が痛みを訴える。
すると、クロムが呟いた。
「それならさ、見に行っちゃう? 2人がどうなるのかを」
そんな悪趣味な事なんてできないと思ったのに、何かを含むような笑みを浮かべるクロムに、ハルカは強引に連れ出された。
***
宿の裏手でクロムが魔法を使い、全員の姿と気配を消す。本当は仕事以外でこういった魔法を使うと怒られちゃうから、内緒ね? なんて、クロムは魔法を掛けた後に言いながら、笑っていた。
そしてカイルを連れ出す時、カイル本人からどこに行くのか問われたカーシャさんは、『最初に私達が出逢った門へ、行こうかなって、思ってます』と、ぎごちなく答えていた。
その門は、定期便などが行き来する門の真反対だったのを、カイルの言動からみんなが理解していた。
「や、やっぱり、これは2人に申し訳ないよ……」
「でもここまで来ちゃったしさ。もしかしたら、ミアちゃんの勘違いかもしれないし」
「本当に勘違いかしら? もしこれでカイルが想いを受け入れたら、私は恋について、1から学び直すわ」
「ミア様、その時はどうぞ物語は参考になさらないで下さい」
各々が言いたい事を言い合う。
けれども、姿も声も隠しているのに、コソコソと移動していた。
「あ、いたいた。いっそ、隣まで行っちゃう?」
「そ、それは絶対だめ!! 様子だけ、見守ろう」
門から少し離れた場所いるカイルとカーシャさんの姿が見え、クロムが楽しげな声を出す。けれどハルカは、クロムの提案を必死で止めた。
「それにしても、リアンはどうしてそんなに隠れながら歩くのが得意なの?」
姿を隠しているはずなのに、それでも物陰を見つけては隠れ歩くリアンに、ミアが問いかける。
すると、リアンが誇らしげな顔になった。
「これでも約2年間、ミア様の安全を見守ってきました。その努力の成果です」
「凄い褒めてほしそうだけど、どういう事?」
ミアとリアンの事情を知らないクロムが首を傾げたが、ハルカとミアも首を傾げる。
「ミア様に姿を見られず護る事。それが私の使命でした。町を歩くミア様の後を決して離れず、不審な輩は退治し、移動する時は積荷に扮装しながら、魔物を見つけては消し去っていました」
リアンって、どんな生活をしていたんだろう?
まったく自分の時間がなさそうな様子がうかがえ、ハルカはさらに首を捻る。
「だ、だから団長が常々言っていたのね。『ミアが来てから、強い魔物に襲われる心配がなくなった』って」
「外の移動であまりにも魔物に遭遇しないのは変に思われると、ヒストリーオ・テアートロの皆様に助言をいただきまして、そのように動いたまでです」
顔をひくつかせるミアに、リアンは胸に手を当て、敬礼していた。
「リアン、君がミアちゃんの騎士じゃなかったら、勧誘したいぐらいだよ」
「そんな! 私はクロムの足元にも及びません。貴方達の功績は、本当に素晴らしいものですから」
クロムが顎に手を当て、しげしげとリアンを覗き込む。それに照れたように驚いたリアンが、今度はクロムに向かって敬礼する。
「リアンもクロムも、どっちも凄いよね。そんなリアンに守られて、ミアは幸せだね」
「幸せ? まぁ、幸せではあるわね。でも少し、変よね?」
ハルカの言葉に、ミアが悩み出す。
その時、クロムが視線を動かした。
それが気になりハルカは視線の先を追うと、カーシャさんがこちらに向かって歩いてくるところだった。
「なんで……、ハルカちゃんがここに?」
「えっ?」
振り向けば、うっすら姿の見えるクロムが手を合わせながら首を傾げ、『ごめんね』と口だけを動かしていた。
何故自分だけが魔法を解かれたわからなかったが、ハルカはカーシャさんに向き直す。
「あ、あの、その……」
「……見てたの?」
涙がたまる瞳を向けられ、ハルカは罪悪感を覚えた。だから、正直に話す事にした。
「ごめんなさい。見ていました」
「……ここからなら、声は聞こえてなかったでしょうけど、安心しなさいよ。カイルさんは、ハルカちゃんを選んだんだから」
一瞬、何を言われたかわからず、ハルカは助けを求めるように再度後方へ視線を送る。
すると、クロム達はいなくなっていた。
「さっきからずっと後ろを気にしてるけど、何かあるの?」
「えっ!? な、何もないです!」
ぎくりとしながら、ハルカは手を振る。
そんなハルカを怪訝そうな顔で見つめていたカーシャさんが、笑い出した。
「なんであなたみたいな変な子に、負けちゃったのかしら」
「へ、変?」
「黒なのに、黒っぽくないし。まさかの、生まれだし。私はもっと前から、カイルさんと、出逢っていたのに……」
大きな瞳を潤ませながら、カーシャさんがハルカの肩を掴む。
「誰も彼の心に踏み込む事ができなかった。でも、あなたは、違った。だからね、カイルさんを大切にしなさいよ。彼を傷つけたら、許さないから」
私はカイルに拒絶されたのに、どうして?
そう尋ねる前に、カーシャさんは歩き出してしまった。
「本当に、羨ましい。『誰の想いも受け入れる事はできない。俺の心の中にはもうすでに、追い出そうとしても追い出せない、命を懸けていいと思えるほど大切な存在が住みついているからな』、ですってよ」
違う。
それは、私じゃない!
そう思ったハルカは、思わずカーシャさんの腕を掴む。
「違います。それは、私の事じゃないです」
「はぁ? そんな嘘、よく言えるわね」
怒ったカーシャさんに腕を振り解かれたが、ハルカは事実を告げる。
「私、カイルに振られてます。だから、カイルには違った誰かが、いるんです……」
この前の事を思い出し、ハルカの視界が歪む。
「何言ってるの? こんな事言うのは嫌だけど、最初からわかっていた事よ。カイルさんが笑うなんて、3年前の戦争が起きた後からなかった。たまに浮かべる笑みは、にせものに見えた。それなのに、彼はあなたの隣で微笑んでいた。それが答えよ」
カイルが、笑わない?
いつも見守るような、楽しそうな、嬉しそうな、そんな様々な笑顔を見せてくれていたカイルを思い出し、ハルカは戸惑う。
「でも、それでも、私は、拒絶されました」
何が真実かわからなくて、ハルカの声が震える。
「それは理由があるんじゃないの? ハルカちゃんがほら、特別な生まれだから誰かに狙われてるとか? それに巻き込まないよう、命を懸けて守ろうって……って、私、なんであなたの悩みに答えてるのよ」
カーシャさんはブツブツと呟いた後、ハルカに背を向けた。
「カイルさんの大切な人が誰かなんてわからないけど、ハルカちゃんは特別ですよぉ。それだけは確実、なんです〜。これ以上は、自分で考えなさいよねぇ」
いつもの口調に戻ったカーシャさんがゆっくりと歩きだしながら、続けて呟く。
「彼が笑っていられるのなら、私はなんだっていいから。任せたわよ、ハルカちゃん」
そんな言葉を残して、カーシャさんはこちらを振り返る事なく、去っていった。
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