第199話 奴隷商人の存在
カーシャさんと話した後、ハルカはキニオスの町を彷徨っていた。
ど、どうしよう。
宿につかない。
考え事をしながら歩いたからか、ハルカは完全に迷子になっていた。
いや、自分の勘を信じよう。
考え事をしないで、集中だ!
えーと……、宿はあっちの方だから……、ここが近道だ!
ハルカはそう決めて、まだ踏み込んだ事のない、薄暗い道を歩き始める。そこは裏路地のようで、様々な荷物が置いてあり、思いのほか道が狭い。
ハルカは早くこの道を抜けようとしたが、足元に気を付けながら歩いている為、ゆっくりとしか進めなかった。
カイルといる時は何故か道を間違ってばかりだけど——。
またカイルの事を考え、ハルカは足を止めた。
「なんですぐ、考えちゃうんだろ」
カイルを諦めたいのに、諦められないような出来事が起き、考え過ぎたハルカの頭がくらくらと揺れる。
その時、物陰から人が飛び出してきた。
「わっ!!」
腰元のチェーンが思いっきり引っ張られ、ハルカは前方へ倒れ込みそうになった。
「ちっ!! 良い物ぶら下げてると思ったら、取れねぇのかよ!!」
小柄で目つきの悪い男が、倒れかけのハルカを強引に押し返す。
そのせいでハルカは尻餅をつき、唖然としたまま、男を見上げる。
「ん……? お前、黒、か? 珍しいな、すぐに手を出してこない黒なんて……」
そう言いながら、男は値踏みするようにハルカをじろじろと見てきた。
「あー、お嬢ちゃん、いろいろ悪かった。俺にも事情ってもんがあってだな。そのお詫びに、すげー良いところに連れてってやるよ」
獲物を捕らえるような目つきに変わった男に腕を掴まれ、ハルカは力任せに立たされる。
「い、いえ、もういいので、離して下さい」
「いいからいいから! 俺の気がすまねぇから、ちょっと付き合ってくれよ」
なんだか、まずい気がする。
嫌な予感しかしないハルカは、思い切って男に体当たりをし、逃げ出す事に成功する。
けれど、すぐに髪の毛を掴まれ、ハルカは呻いた。
「いっ……!」
「いてぇよ、お嬢ちゃん。お前、特別な黒だろ? 特別な奴らは使い道が山ほどある。いろいろあったんだろ、お嬢ちゃんにも。何もしてこないのを見ると、そのせいで魔法がうまく使えないんだろ?」
男が笑いながら、ハルカの髪をさらに強く引く。
そして耳元に、顔を寄せてきた。
「俺がお前みたいな化け物に、生まれてきた意味を与えてやる。高値で買い取ってくれるご主人様ほど、たくさん可愛がってくれるだろうよ」
買い取る……?
何を言われているのかわからず、それでも腰元のチェーンを引きちぎり、杖を手に取る。
「あ? それ、武器だったのか。ありがとよ、お嬢ちゃん」
なんでもいいから魔法を使おうとした時、ハルカの口は塞がれ、武器が強引に奪われる。けれど手離す瞬間、杖がほんのりと暖かくなった。
そして突然、男が叫んだ。
「あっっっちぃっ!!!」
武器と共にハルカは放り出され、地面へと落ちる。
「——ったぁ」
小さな声を上げながら、ハルカは武器に手を伸ばす。
しかしその手は、思い切り踏みつけられた。
「っつ!!!」
「そいつ、持ち主を選ぶのか。めんどくせぇな。お嬢ちゃんだけ連れてくかぁ。騒ぐんじゃ——がはぁっ!!」
踏まれていた手が自由になり、ハルカはすぐに武器を手に取り立ち上がる。
振り向けば、いつもの見慣れた姿がそこにはあった。
「どうして1人だけで行動したんだ。いやし——」
「っざけんなよ! その女は俺のもんだ!!」
額に汗が浮かぶカイルは、ハルカに癒しの魔法を掛けようとしてくれていた。
そんなカイルの背後から、男が飛びかかってくる。
「お前の相手は後だ」
カイルが剣を引き抜きながら振り返り、男のこめかみに思いきり柄を撃ち込む。
短く呻いた男が白目をむきながら地面へ沈む姿を、ハルカはただただ眺めていた。
***
「ごめんなさい」
「申し訳ありません」
「本当にごめんね? まさかハルカちゃんが方向音痴だと思わなくて……」
カイルに説教をされていた仲間達はぐったりしながらも、ハルカに謝罪を告げた。宿の部屋の中で横一列に並んだまま頭を下げる姿は、なんとも言えない気まずさがある。
そしてハルカの横で仁王立ちしているカイルが、咳払いをした。
「ハルカは確実に迷子になる。これは覚えていてくれ。ハルカの命に関わる事だからな」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! みんな勘違いしてるけど、私、今日は考え事をしていたから迷っただけで、方向音痴じゃないよ!!」
ハルカは真実を伝える為に大きな声を出したが、哀れむような視線を集めただけだった。
「そうね。そう思い込む事で、本当に方向音痴を克服できるかもしれない」
「帰りも同じ道を通ると思い、少し離れて待っていたのです。まさかその少しの間に別の場所へ行くなんて、想像がつきませんでした。私の落ち度です」
ミアがハルカの手を握り、頷く。
その後ろで、何故かリアンが責任を感じていた。
「ハルカがみんなと別行動をしたらいなくなったとクロムから聞いた時は、生きた心地がしなかった」
「ハルカちゃんの姿が見えなくなったってカイルに言いに行ったら、どの辺りで姿を見失った!? とか騒ぎ出して驚いたなぁ。すぐ飛んでっちゃうし。ぼくなんて眼中になかったよねぇ」
カイルは額に手を当てうなだれ、クロムがしれっとした顔で嘘をつく。
クロムが何故ハルカだけ魔法を解いたのかは、クロムなりの配慮だったのを部屋に入る前に伝えられた。『カイルがハルカちゃんと少しでも2人だけで話せる時間があればなって、思ってさ。結果、危険にさらした事は、本当に悪いと思ってるよ』と、囁かれた。
「でもさすがはカイルだよね。ハルカちゃんの危機に間に合うなんて」
「いや、ハルカは怪我をしていた。間に合っていない。町全体が賑わいをみせるとああいった輩が増える。ハルカも十分、気を付けてくれ」
カイルはハルカに治癒の魔法を掛けると、伸びてしまった男を引きずりながら衛兵のところへと向かった。その途中で仲間達と無事合流できたのだが、カイルは後で話があると、ご立腹した様子を見せた。
そして目的地に着いた途端、カイルが『こいつは暴漢だ』と言って、男を放り投げた。その衝撃で男がようやく目を覚ます。
そのまま衛兵から取り押さえられ、男は尋問をされていた。すると、新種の魔物を仕留めた後、浮き足立ってる奴らからおこぼれを貰おうとこの町に寄ったと、悪びれもなく言い切っていた。
「ハルカちゃんの発言から、あの男が奴隷商人と繋がってるのもわかったし、あとはぼくに任せてね」
「この世界に奴隷商人なんているとは思わなかった……。クロムは、どうするの?」
この世界の裏側を垣間見て、ハルカはやるせない想いを抱く。
そんなハルカに、クロムが冷淡な笑みを向けてくる。
「ぼくら特殊部隊が奴隷商人の居場所を突き止める為に、ちょっと協力してもらうだけだよ。聖王様は奴隷商人には厳しい罰を与えているからね。奴隷関係者は王都に搬送するのが決まりだし、どうせ王都に着くまでやる事もない。だからぼくが、それをやっとくだけ」
クロムの笑みが黒さを増したように思え、ハルカは頷くしかなかった。
***
ルチルさんの宿で昼食を取り、またすぐ帰ってきますと告げて、ハルカ達は迎えの
門には立派な馬車が2台到着していて、巨大な緋色の獅子が繋がれていた。
獣が引く馬車だから獣車と名付けられているそうだが、ハルカはその獅子に興味津々だった。
「凄い、かっこいいね」
「あ、御者以外が無闇に近づくのは嫌がるから、眺めるだけにしておきなよ?」
そう話すクロムは、魔法の黒い鎖で目や口、手首なども拘束された男を連れている。
「本当はさ、どんな組分けで乗ろうか? とかさ、わいわい楽しく出発したかったんだけどね。とても残念だよ。じゃ、また後でね」
クロムはそう言って、黒い鎖を引っ張りながら獣車に乗り込んだ。
「俺達も行くか。それにしても、無理を言って悪かったな」
「お父様も早く話しがしたいって、言ってたでしょう? だから気にせず、カイルはサンの分まで挨拶してちょうだい」
到着は夕暮れ時の予定だが、カイルは早々にミアのお父さんに挨拶へ行く。
そしてハルカはクロムと、外で待つ予定だった。
ミアは今後を考え、家族にもハルカが異世界からの転生者という事を告げようとしてくれている。ハルカに何かあれば、クリスタロス家が後ろ盾になれるはずだと、言ってくれた。
でもいきなりそんな話をして、万が一の事があってはいけないと、様子を見てから話す事にしてくれている。どうなるかはわからないが、ハルカがミアの家族と会うのは、紹介の仕方が決まり次第になる予定だ。
そしてクロムは、ハルカの魔法の手掛かりを探し終えたら元の仕事へ戻る為、挨拶はしない方向になっている。
「しばらく戻れないかもしれない。だから外の景色を、たくさん見ておけ」
「そっか。それならうんと、目に焼き付けておく」
普段の会話ができるようになった事を喜びながらも、ハルカの胸にぽっかりと穴が空いたような寂しさは、消せなかった。
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