第183話 謎の文字
アルーシャさんから新種の魔物を倒した時の状況を聞き終え、ハルカはキルシュミーレを手渡した。
すると、やはり食べる事が大好きなアルーシャさんらしい喜ぶ姿を目にし、カイルが追加でキルシュミーレを渡していた。
最後に、草原に大量発生している魔物の様子を見に行くなら声をかけて、とアルーシャさんに言われたカイルが約束を交わす。
そしてハルカ達は、アルーシャさんの自宅を後にした。
「さっき通信が入ったようだ。ちょっと確認させてくれ」
「あ……。うん!」
ハルカは、自分が新種の魔物の弱点になるかもしれない事を伝えようとしていた。けれどそれより早くカイルから声をかけられ、少しだけ返事が遅くなる。
一瞬、カイルはこちらを気にした素振りを見せたが、通信を確認しはじめた。そして通信石に浮かぶミアの名前を長めに触れ、残されていた連絡を聞き始める。
『連絡が遅くなってごめんなさい。ちょっとね、私だけじゃ対応ができなくて……。だからね、治癒院まで行ったのだけれど、よくわからない事が起きているの。もしハルカの話が無事に終わったのなら、サンの家に来てくれる? カイルなら知っている文字、なのかもしれない。詳しい事はまた後で話すわ』
ミアでもわからないって……。
それに、カイルなら知っている文字って?
通信の内容が想像より複雑で、ハルカは難しい顔をしているカイルを眺めた。
「なんだ……? いったい、何が起きてる?」
「カイルなら知ってる文字って、なんだろうね……。って、考えるより急いで向かった方がいいね!」
「そうしよう。ハルカ、最後の1人なんだが、俺は反対だ。やめておいた方がいい」
「えっ? うーん、そう思うのもわかるけど……。でも、プレセリス様と話していて浮かんだ人だし、私の意識を切り替えてくれた人でもあるから、伝えてみる。今日はもう時間がないから、明日以降だけどね」
カイルは眉をひそめていたが、ため息をついて表情を戻した。
「……ハルカは、決めた事は本当に譲らないな」
「そうかな? 変?」
「いや、そのままでいい。行くぞ」
あっ!
またこれ!?
さも当たり前のようにカイルにお姫様抱っこをされ、ハルカは慌てた。
「急ぐから、落ちないようにしっかり掴まっててくれ」
「あ、あのさ! 今度からなるべく……心の準備をさせてー!」
ハルカが返事をするより先にカイルの肩に掴まった事により、彼はすぐに魔法を呟き、飛び立つ。そのせいで、ハルカの情けない声が辺りに響いた。
***
近隣との距離に余裕がある住宅街にアルーシャさんの自宅はあったが、サンの自宅は家同士が近い町並みの中にあった。
庭に並ぶ沢山の洗濯物がはためき、オレンジ色の三角屋根が連なっている。家族の人数が多いからか、家自体もとても大きい。そして子供達が喜びそうな屋根裏部屋が、どの屋根にも存在しているのが外からでもわかった。
「カイルくん、さっそくで悪いんだけど、うちの末の子をちょっと見てくれるかい?」
「話は軽く聞いている。案内してくれ」
カイルは以前、サンの自宅に来た事があったようでサンの家族とは顔見知りだった。
上空から現れたカイルに、疲れの色が見てとれたサンのお母さん、ハンナさんは少しだけ驚き、笑顔を見せてくれた。
そして今、ハルカ達は急ぎ足で部屋へ向かっている。
「サン。カイルくんが来てくれたよ」
「呼び出しちまってわりぃな」
ハンナさんもサンも、静かな声でやり取りをしている。
そして部屋の中には、ミアとリアンの姿もあった。
「具合が悪いとは聞いていたが、俺が知っている文字とは、どういう意味だ?」
「エイダンくんの瞳を見てくれるかしら? 薄っすら見えるものがあるでしょ?」
カイルの疑問に、ミアが更によくわからない返事をしていた。怪訝そうな顔をしたカイルだったが、すぐにベッドで横になる、うつろな瞳のエイダンと呼ばれた男の子の顔を覗き込む。
「なんだ、これは? 文字、なのか?」
「文字のように見えるけれど、本当に文字なのかわからないのよ……。何か、心当たりはない?」
「見覚えはないが、調べさせてくれ」
ミアが切実な表情を浮かべ、カイルに問う。そして彼はすぐに辞書を取り出し、目線を落とすと口を開いた。
「何があった? こうなった経緯を説明してくれ」
「俺の弟達が、あのサブスホーネットの群れに挑んでたんだ」
「弟達?」
「エイダンは冒険者に成り立てなんだ。で、俺の他にあと2人冒険者をしてる弟がいる。エイダンも赤なら倒しやすいだろうって事で、経験を積みに行こうって話になったんだとよ。それで2日前、一緒に討伐しに行った後から様子がおかしくなったらしい。今朝はなんだかぐったりしててよ。でも、今はただただぼーっとして、反応がなくなっちまった」
カイルは辞書から目を離す事なく、悔しそうな声を出すサンの説明を聞き続けていた。
そしてサンの言葉から、ハルカは嫌な想像をしてしまう。
まさか、エイダンくんにも影響があったの?
ルチルさんから聞いていた冒険者の話と、アルーシャさんの、まるで人を引き寄せる事が目的かもしれないという考えを思い出し、ハルカは息をのんだ。
「急激に体調に変化が現れたんだな。治癒院ではなんて言われたんだ?」
「その時はまだ、エイダンくんは話せていたのよ。でも次第に言葉少なくなって……。ただ、飲食や生活に必要な事は自然にしているの。だからなのか、命に別状ないから様子を見るようにと言われたわ。けれど、こんな不自然な状態、放っておけない」
カイルの視線は辞書とエイダンくんの瞳を何度も往復している。けれどもなかなか見つからないようで、眉間のしわが深くなった。そんなカイルに、ミアも悔しそうに顔を歪めながら話し続ける。
「それでね、同じような文字みたいなものが体に浮かんでいる人が他にもいるそうなの。その人達も同じような症状らしいの。だからこれが、何かの呪いなのかもしれないと予測しているみたい。でもこの文字を読める人がいないようで……。王都には今日連絡をしたそうだから、早くても明日、遅ければ明後日以降に専門家がキニオスに到着するはず。でもそれより早く、どうにかしてあげられるならしてあげたい」
ミアは切迫した様子で話しきり、エイダンくんの手を握った。その様子を側で見ていたリアンも苦悶の表情を浮かべ、目を伏せた。
そしてハルカも、自分には何もできないけれど、エイダンくんへ近づく。
ごめんね。何もしてあげられなくて……。
ハルカはそう思いながら、力なく横たわる、サンと同じような黒紅色の髪色に、優しげな表情の少年の顔を覗き込んだ。
そして目にした文字を、思わず呟いた。
「
エイダンくんの瞳には、丸と線だけで作られた黒い模様のような文字が薄っすら浮かんでいる。
けれどハルカには、読めてしまった。
「ハルカ、この文字を、知っているのか?」
「お嬢ちゃん、教えておくれ! この文字が読めるなら、何か手がかりを知らないかい!?」
バッと顔を上げたカイルとハンナさんに問われ、ハルカは自分が読めてしまった事に動揺し、胸を押さえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます