第182話 弱点の見つけ方
アルーシャさんはハルカが異世界からの転生者という事に驚きつつも、それ以上は尋ねてこなかった。
けれど代わりに、カイルの考えに釘を刺していた。
「なんだかお説教じみた話をしましたが、僕は純粋に心配しているだけですからね。ハルカさんの存在が大金になると狙う輩は、退治しますので」
「いえ! 話を聞いて下さってありがとうございました。た、退治するのは、助かります……?」
苦笑したアルーシャさんの発言に、ハルカはとりあえずお礼を告げる。
「腕に自信はあるのでお任せ下さい。秘密を打ち明けてくれた、という事は、よほど僕を信じてくれた証拠だと思っています。将来はお隣さんになるかもしれませんし、これからもどうぞよろしくお願いしますね」
「お隣さん?」
「このキニオスを帰る場所にするんですよね? それならカイルと一緒に住む家を買いますよね?」
「へっ!? い、家!?」
「……おや? まだ進展していなかったんですか?」
アルーシャさんは何を思ったのか、ハルカとカイルが将来夫婦にでもなると勘違いしているようだった。
「進展ってなんだ?」
「カイル。君はどうして自分の事となると、目が曇るんだい?」
「? 俺の目は正常だ」
首を傾げたカイルの反応に、アルーシャさんはため息をつくと、ハルカへ向き直す。
「もうこの話の通じない人間は放っておいて、別の人を探されても大丈夫ですよ?」
「い、いえ、その……」
「ふふっ。時間はたっぷりあるでしょうし、応援していますよ」
ハルカはなんとなく意味を察し、返事に困る。
そのあと軽く笑ったアルーシャさんは、別の話題に移った。
「そういえば、定期便で帰ってきたのかい?」
「到着は遅れたが、昨日キニオスに着いた」
「それなら見たよね? あのサブスホーネットの大群を」
「見たが、移動も何もしないんだよな?」
カイルの問いに、アルーシャさんは眉をひそめる。
「それが余計に、気味が悪いと思わないかい?」
「気味が悪い?」
「動かないからと、駆け出しの冒険者まで討伐しに行ってしまって。その都度、増えているのです。その様子を聞いて思ったんです。まるでそれが、狙いなのかもしれないと」
ハルカの疑問に、アルーシャさんは自身の考えを教えてくれた。
「アルーシャと同じように考えている奴は他にもいるのか?」
「いるにはいるんだけど、確証がなくてね。だからB級以下の冒険者はむやみに近付かないようにって、今日ギルドから知らせが来た。果たしてどれほどの効果があるのかは、わからないけどね」
確かに動かなければ、駆け出しの冒険でも倒しやすい。
でもそれが、狙い?
ハルカはそこまで考えて、口を開いた。
「あの、魔物って、そんなに賢いんですか?」
「僕達が想像もつかないくらい、賢い魔物も存在するのは事実です。特に、凶悪な魔物は。だから僕は、ここに残ったんです」
「アルーシャも、あれが新種の魔物が目覚める予兆だと思ってるのか?」
魔物の話から、新種の目覚めについての話になり、ハルカは身を引き締める。
「僕の思い過ごしならいいんだけどね。でも3年前も魔物が騒がしくなって、新種の魔物が現れた。今回も凶悪な魔物があふれ出した地域があるとギルドに連絡が入って、僕以外のキニオスのAA級冒険者は討伐に向かった」
「キニオス以外にも魔物の群れが発生してるのか……」
各地の魔物が一斉に騒ぎ出したように思い、ハルカは不安から自分の腕を強く握っていた。
「僕は3年前の戦争が起きた時のように、冒険者の皆とキニオスへすぐに戻れなくなるのは避けたかった。またあの時のように、妻を直接守れないのはごめんだ。だから今回は何があってもいいように、ここに残った」
「……そうか」
3年前、アルーシャさんはキニオスにいなかったんだ。
戦争が起きた時、キニオスからAA級の冒険者が出払っていた事実を知り、ハルカもやるせない思いを抱く。
だからか、アルーシャさんが困り顔になった。
「すみません。ハルカさんはご存知ない話ばかりですよね?」
「いえ! そういうわけじゃないんです。ただ、3年前に、とてもたくさんの事が起きたんだなって、思って。だけどその事があったから、アルーシャさんはここに残っているんだって、わかって。奥さんも心強いと思いますよ」
ハルカの言葉に、アルーシャさんは目を細める。
「そうだと嬉しいですね」
「絶対、そうです」
こうして話が一段落ついたと思われたが、カイルが真剣な声でアルーシャさんに問いかけた。
「アルーシャ、新種の魔物の件で聞きたい事がある」
「そんなに改まって、どうしたんだい?」
「今回、新種の魔物が姿を現したら俺もサンも討伐に参加するだろ? 前回の討伐した時の状況を詳しく知っておきたい」
あ……。そういえば、A級以上の冒険者なら参加しなきゃいけないような事、言ってたよね。
ハルカは、定期便の中でゲームをした時にサンから教えてもらった事を思い出し、みんなに関係してくる事だと認識を改めた。
「新種の魔物なんて、本来はこんなにすぐ現れるものじゃないんだ。だけど念の為、もう1度ちゃんと話そうか」
アルーシャさんはお茶をひと口飲み、ゆっくりと話し始めた。
「3年は前もって精霊使いの方々が現れる場所を特定していた。だから僕達は王都で待機していた。そして、新種の魔物が現れたのは深夜だった。見張りから連絡を受け、王都付近に存在する広大な森の中にある『癒しの泉』まで急いだ」
癒しの泉……。
前にお風呂の話をした時、カイルが教えてくれた泉の事だよね。
でも確か、新種の魔物って……癒しの魔法で倒したんだよね?
なんで弱点になるものの近くに出現したのかが気になったが、ハルカはアルーシャさんの話を最後まで聞こうと黙っていた。
「待っていたのは、巨大な人の体を持つ獣だった。体も漆黒の毛で覆われ、顔だけが獣で。そしてとても素早かった。気付けば皆、戦わされていたようなものだったよ」
「それはアルーシャ達の姿を見つけた瞬間、襲いかかってきた、って事で間違いないか?」
「そうだよ。木々は薙ぎ倒され、僕達は身を隠す場所を失い、何が弱点かを考えながら、とにかく戦った」
いきなり戦闘になるのだと知り、ハルカの背中に嫌な汗が流れる。
「しばらくはいろんな事を試した。それが魔物を強くするとも知らずにね」
「どうやって弱点に気付けた?」
カイルの質問に、アルーシャさんの表情が少しだけ和らぐ。
「うーん、これはね、本当に運が良かったんだと思う。まずね、物理や魔法を試しても、魔物の攻撃が衰えなかった。だからといって攻撃の手を休めたら、こちらが全滅だ。だから、同時に撃ち込んだ。その時、体勢を崩した魔物が癒しの泉に足をつけ、呻いたんだ」
そこから弱点を試そうと思いついたアルーシャさん達を想像しながら、ハルカは続く言葉に耳を傾ける。
「攻撃をしても強くなる。そして、癒しの泉の様子から、僕達は一か八か、攻撃とは逆に、癒しの魔法を試した。するとね、今まで暴れまわっていた魔物が嘘のように大人しくなって、そのまま動かなくなった」
「弱点を見つけ出すのに、通常の考えを捨てて挑んだ方がいいのはわかった。それにしても、その魔物は弱点になる泉から離れる事はなかったのか?」
話を聞き終えたカイルが、ハルカが疑問に感じていた事を口にした。
「それは僕らも不思議に思ったんだ。呻いた後も、決して離れる事はなかったからね。あの日は満月だったんだけど、『まるでその泉に浮かぶ満月を守るように、僕達と戦っている』ように見えた。なんて、今となっては推測でしかないけど」
「現れる場所にも、何か意味があるのかもしれないな……」
アルーシャさんの言葉を聞き、ハルカもカイルと同様の考えが浮かぶ。
もし、そうだとして、私があの場所に転生してきた事が関わっているなら、私が弱点になる?
まさかの想像だったが、自身のハチの知識も当てはまるかもしれない新種の魔物に対して、ハルカはその考えを捨て去る事ができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます