第181話 アルーシャさん

 セドリックさんとの会話が一区切りしたところで、ハルカは考える事をやめていた。

 そしてキルシュミーレを渡すと、セドリックさんの奥さんが甘いものを好むという事で、とても喜ばれた。

 そんな穏やかな空気のまま、武器の残りのお金を支払い、ハルカとカイルは鍛冶屋を後にした。



 カイルにとって、私はそんなに必要な存在なの?


 次の目的地のアルーシャさんの自宅へ向かいながら、ハルカはぼうっと、先ほどのセドリックさんの言葉の意味を考えていた。


 本当にそうだったらいいなと、願ってしまう。


 もし自分と一緒にいる事でカイルの過去の傷が癒せるのなら、これ以上に嬉しい事はないと、ハルカは考えていた。


 いつも支えてくれるカイルを支えられる存在に、私はなりたい。


 自信はないが、ハルカの新たな目標が生まれる。

 すると、隣を歩くカイルが話しかけてきた。


「ずっと黙っているが、セドリックから何か変な事でも言われたか?」

「ううん。セドリックさんから大切な事を教えてもらって、私なりに考えてたんだ。考えはまとまったから、大丈夫」

「そうか。本当なら俺も聞いておこうと思ったんだ。でもそれじゃ、これからのハルカに意味がないとも思った。これから先、自分だけで判断する事も必要になってくるはずだからな」


 そう言いなが、カイルは通信石を取り出した。


「クロムから連絡がないのはわかるとして、昼間に通信を残したミア達からの返事がないな」

「サンの弟さん、体調が思ったよりよくなかったのかな……」


 全く連絡がなく、心配な気持ちが募る。


「アルーシャに話した後、もう1度通信を入れてみる。そこで反応がなければ、サンの家に行くか」

「私達に出来る事はないかもしれないけど、そうしよう」


 思い過ごしならいいと、そう願いながら先を急いだ。


 ***


 商業施設で賑わっていた町並みから、民家が増えてきた。様々な形の住宅を眺めれば、やはり淡く優しい色使いの家が目立つ。

 そしてようやく、アルーシャさんの白青い自宅が見えた。彼の家は広い庭に菜園があり、それを抜けると、凹凸のある少し丸みを帯びた造りの家が出迎えてくれる。二階のベランダには、ガラス板のようなフェンスが輝き、涼しげな印象を与える。

 そしてその家の主は、先程通信石を取り出した時に連絡をしたからか、わざわざ外で待っていてくれた。


「久しぶりだね! カイルもハルカさんも、変わりないかな?」

「あぁ。アルーシャも変わりないか?」

「僕は妻と愛を育む日々を送っているよ」


 今日もサラサラな青紫色のショートヘア。

 長めの前髪を軽く流す仕草だけでも、キラキラしてる。

 相変わらず整った顔に優しい目元。それに、優しい声と微笑み。今日は鎧をつけてないけど、どこからどう見ても王子様にしか見えないよなぁ。


 久々に見たアルーシャさんは、勝手に輝きを放っている錯覚をハルカに抱かせる。


 エルフもイケメンが多かったけど、アルーシャさんはアルーシャさんで次元が違うような……。


 ハルカは、アルーシャさんというイケメンを目に焼き付けるように眺め、心の中で勝手な感想を喋り続けていた。

 すると、カイルと雑談してたアルーシャさんがハルカの視線に気付いたように、顔をこちらに向けてきた。


「そんなに他の男性をじっと見つめていたら、カイルがやきもちを妬きますので、だめですよ?」

「えっ? あぁっ!! すみません! 今日も輝いてるなって思って!!」

「アルーシャは別に、もういい……」


 ハルカもカイルもそれぞれ全く違った反応を示したからか、アルーシャさんは表情を崩して笑った。



 明るく清潔感のある広いリビングへ通され、ハルカとカイルは並んで椅子に腰かける。そしてアルーシャさんが、ほんのり甘く香る緑茶のようなお茶をテーブルに運んでくれると、ハルカの向かい側に座った。


「コルトでハルカさんだけの魔法は見つかりましたか?」

「その事なんだが、奥さんはどこだ?」


 アルーシャさんはきょとんとした顔になったが、すぐに返事をしてくれた。


「妻は仕事でいないよ?」

「それなら安心か。一応、防音の魔法をかけさせてくれ」

「何かあったみたいだね。心して聞くよ」


 アルーシャさんが快諾し、防音の魔法が掛けられる。

 それを見届け、ハルカは話を切り出した。


「今日は、私だけの魔法を見つける為に必要な話を、伝えに来ました」

「やはり黒だと、特別な事が必要なのですね」


 柔らかな表情だが、真剣な光をたたえたアルーシャさんの瞳がハルカを見つめる。


「コルトの占い師さん、プレセリス様とお会いして、占っていただきました。私が信じられると思う人達へ私の真実を話す事が、私だけの魔法を見つける事に繋がるそうです」

「それはまた面白い条件ですね。そして、真実とは?」


 すっと細められた青紫色の双眼に見つめられ、ハルカは緊張で身を固くしながらも、口を開く。


「私は、カイルの親戚ではありません。カイルは、異世界からこの世界に転生してきた私を見つけてくれた最初の人です。なので、騙すような事をして、すみませんでした」


 細められていたアルーシャさんの瞳が、見開かれる。


「カイルの親戚ではないとは思っていましたが……、まさか、異世界からの転生者だったとは……。でも、それなら、納得できる事があります」

「アルーシャ、気付いていたのか?」


 アルーシャさんはすぐに表情を元に戻し、呟く。そこにカイルが質問を投げかけた。


「色々と疑問はあったんだ。女性を遠ざけるような君が、突然、遠縁とはいっても全く似たところのない女性を連れていた事。そして決定打は、『グランアウル』だった」


 ハルカはアルーシャさんの言葉で、魔法探しの最終日に見かけた、4つ目の大きなフクロウを思い出した。


「私、変な事言いましたか?」

「最初は僕の思い過ごしかと思っていました。カイルの親戚なら、元は流民ですよね? それなのに人に祝福を与える神魔を知らないのは、いささか奇妙に思えまして」

「神魔って、もしかして有名なんですか?」


 ハルカの問いに、アルーシャさんは穏やかな表情を浮かべる。


「有名ですよ。冒険者や外で暮らす人々にとっては。ですから、ハルカさんは依頼でもして、カイルを雇っているどこかのご令嬢かと思ったんです」

「へっ?」

「知らない事が多かったので、箱入り娘かと。それにしてはカイルの様子が……。もしかしたら、カイルが強引にさらってきたのかな? なんて思っていました」

「俺を人さらいにするな」


 アルーシャさんの考えを初めて知り、ハルカは呆然とした。そこへ、不機嫌そうなカイルが会話に割り込んできた。


「あながち、間違いじゃないよね?」

「……保護だ」


 アルーシャさんの楽しそうな声に、カイルはしばし沈黙したあと、ぶっきらぼうに答えた。


「そこまで色々疑問があったのに、魔法探しを手伝ってくれたんですか?」

「はっきりと疑問が浮かんだのは、最後の魔法探しの後、食事をした時でした。まぁその前から、カイルが久々に生き生きとしていたので、このまま何も聞かなくていいかなと、思っていたのも事実ですが」


 そんな風に見守られていたとは思わず、ハルカとカイルは自然と目を見合わせる。


「真実を話してくれてありがとうございます。ですが、ハルカさん。あなたの存在はこの世界にとって、生きた伝説の誕生にもなってしまった。これから先、どう生きていくつもりですか?」

「私はそれでも、少しでも私と関わって下さる方に、本当の自分を知ってほしいと思っています。そしてこのキニオスは、私が最初に来た町です。だから私にとって特別なこの町を、どんな冒険に出ようとも、私の帰ってくる場所にしたいんです」


 アルーシャさんはいつの間にか笑みを消し、ハルカを見つめていた。そしてハルカの返事を聞くと、視線をカイルへ移す。


「どこまでハルカさんの安全を確保してあげられるかな?」

「それは俺に考えがある。だから、任せてくれ」

「君の事だ。そう言うだろうと思っていたよ。でも、この場では言えないのかい?」


 アルーシャさんの表情はどこか冷たさを感じさせる。けれど、カイルは気にも留めていない様子で、表情を変える事はなかった。


「今はまだ、話せない」

「そう……。でもいつか、ハルカさんには話すんだよ? 彼女のこれからを、君が勝手に決めてはいけない」


 アルーシャさんの言葉に、カイルは顔をしかめ、目を伏せた。

 その様子から、これが彼の無茶に繋がるのではないかと、ハルカに懸念を抱かせた。

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