第180話 セドリックさん

 焦げ茶色のごつごつとした鍛冶屋の前を通り過ぎ、カイルは建物の裏手に回った。


「あれ? 裏口から入るの?」

「今日の店番は弟子だった。セドリックは自作を造っている。だからとりあえず、工房に繋がる手前の部屋に来てくれと、さっき訪ねた時に言われたんだ」


 そしてカイルは、ハンマーを持った手をあしらったドアノッカーを叩く。

 カンカンと小気味良い音がして、しばらく待っていたら低く渋い声が聞こえた。


『待たせてすまんの。どちらさんじゃ?』

「カイルだ。待たせた」

『おぉ、来たか! すぐに行くから待っとれ』


 そしてその言葉通り、目の前の扉はほどなくして開かれた。



「少し見ない間に、ハルカさんは更に可愛くなったようじゃな」


 小さな丸メガネをかけ直しながら、サンタクロースのような風貌のセドリックさんは、糸のように目を細めて笑っている。


「お久しぶりです。いつも褒めて下さって、ありがとうございます」

「なぁに、本当の事ならいくらでも言えるからの。さてさて、大切な話があると聞いたんじゃが、どんな話なんじゃ?」


 工房に繋がる部屋は設計図でも書くような机が並び、武器の模型と思われるものも飾られていた。

 そんな部屋の中央に、3人は椅子を寄せ合い、座る。

 そしてまた、カイルは防音の魔法を掛けた。


「なんじゃ? 内緒話か?」

「そういう事だ」


 カイルはハルカに目配せをして、黙った。


「今日はセドリックさんに、本当の私の事を伝えに来ました」

「ほぅ……。話してみておくれ」


 セドリックさんは表情を引き締め、続きを促してきた。


「いきなりで驚くと思いますが……、私は、異世界から転生してきた人間です。カイルの親戚では、ありません。カイルは、私をこの世界で最初に見つけてくれた時から、ずっとそばにいてくれた人です。前回お会いした時に、私の為に心を痛め下さったのに、真実を話せなくてすみませんでした」


 3年前の戦争で家族を失ったと思わせてしまったセドリックさんに申し訳なく思い、ハルカは頭を下げた。


「……何を、謝る必要があるんじゃ?」

「えっ……?」


 思わず顔を上げたハルカは、慈愛に満ちた眼差しを向けるセドリックさんの目を見つめる。


「あの時のハルカさんの言葉に、嘘はなかったと思っておる。ハルカさんは大切な人との別れを経験した事があるんじゃろうと、わしは感じた。違うかの?」

「なんで、わかるんですか?」

「勘じゃ」

「勘……ですか?」


 セドリックさんはハルカを見つめたまま、にっこりとした笑みを浮かべた。


「話していて、表情がころころと変わるこの子には嘘がないと、そう思わせるのがハルカさんじゃった。それにの、前に話した時、ハルカさんの瞳は潤み、声や手も微かに震えていた。そういう理由も、信じる要因なのは確かじゃ」

「そう、だったんですね。私の……両親は、誰かに襲われて、亡くなりました。その時、残された私を想う両親の強い願いで、この世界に転生しました。だから、それを想いながら話をしていたので、信じていただけて、嬉しいです」


 信じてくれたセドリックさんの気持ちを聞き、ハルカは改めて真実を口にした。

 すると、セドリックさんの眼差しは更に優しさを帯びる。


「異世界からの転生者うんぬんは、わしからは何も問わん。そんな行為は、意味がないからの。それにの、ドワーフ族にも語り継がれる異世界の英雄がおる。このシュトーノはそういう世界だと、改めて認識するだけじゃ。だから他の誰にも話しはせんので、安心しておくれ」

「ありがとう、ございます」


 ルチルさんもサリアさんも、そしてセドリックさんも、話を聞いて何か思う事はあったはず。

 それでもこうして受け入れてくれて、私はなんて恵まれているんだろう。


 客商売をしているからかもしれないが、それぞれがハルカ本人の人となりを見てくれているように思え、胸が温かくなった。


「しかし、何の因果か知らんが……、カイルと共にいるのは、そういう事なんじゃろう」

「何で俺が出てくる?」

「お前さんが1番、ハルカさんを理解できるからじゃろう。そしてまた、逆も然り。そしてな、ハルカさんを選んだ、わしの武器が何よりの証拠じゃ」

「この子、ですか?」


 カイルに話を振っていたセドリックさんが、急にハルカの武器を見た。


「そうじゃ。その子に付けた石が持つ意味がそうなんじゃ。自分で気付く事が大切じゃろうと思ったが、今日、この話をしているという事は、意味をきちんと伝えおくべきだと思うからの。今から話す事を、覚えておいてくれるかの?」

「……はい! あっ! 書き留めてもいいですか?」

「ほほっ。勉強熱心で何よりじゃ。そうしておくれ」


 ハルカが日記を取り出すと、セドリックさんは咳払いをし、ゆっくりと話し始めた。


「初めて会った時に伝えたのが、『ハルカさんらしく生きる事で誰かの道を作る』だったかの? これはの、正確には、『ハルカさんらしく生きる事で誰かの古い価値観を壊し、新しい道を拓く』という意味になるんじゃ」

「新しい道を拓く……」

「ハルカさんはハルカさんと関わった者に、本人には気付く事の出来なかった世界への道を教える存在、なのかもしれん」


 そんな大層な事を言われるとは思わず、ハルカは戸惑う。


「大なり小なり、人の縁とはそういうものだと思うがの。ハルカさんは特にそれを心に留めておくのがいい。そしてな、『試練を乗り越える為に必要な知識を集め、目標を達成する手助け』をするのも、この子の役目じゃ。ハルカさんの元に集まる情報が、今後のハルカさんの助けとなるじゃろう」

「情報、ですね。私の事は、この日記に全て書いてあります。ですから何かあれば、読み直してみますね」


 ふむと頷いて、セドリックさんは席を立つ。


「魔除けの意味は、ハルカさんがこの世界ではまだ赤子同然で、守るべき存在と認知されたんじゃろうが……ううむ、そういった意味で、必要だといいんじゃが……。まぁ、何かあれば、カイルが守る他あるまい」

「言われなくても、わかっている」


 真剣な顔つきになったカイルにセドリックさんは頷き、そしてハルカの側へと近付いてきた。


「そしての、今から伝える事が1番大事なんじゃ。これは、ハルカさんにしか伝えられん」

「ハルカだけ?」

「そうじゃ。だからの、カイルはちと、部屋の隅にでもいて耳を塞いでおくんじゃ」


 セドリックさんの真剣な物言いに、カイル戸惑う素振りだけ見せ、素直に従った。


 カイルが何も言わないの、珍しい。


 自分も聞いておくと言い出すかと思ったハルカだったが、セドリックさん真剣な様子に、カイルは納得したのだろうと考え直す。

 そして、カイルが耳を塞いだのを確認したセドリックさんが、ハルカに耳打ちしてきた。


「覚悟して聞いておくれ」

「はい」


 きっと、とても重要な話が始まると思い、ハルカはしっかりと耳を澄ませた。


「この子はの、『運命の相手を引き寄せる』。運命といってもいろいろあるが、カイルがハルカさんから離れないのは、まぁ、そういう事じゃろ。そしての、引き寄せた相手を『ハルカさんの愛で満たして』やっておくれ。それがきっと、家族を失ったカイルへの、救いになるはずじゃ」


 意外な言葉に、ハルカが唖然としてセドリックさんを見ると、彼は口髭から覗く楽しげな口元から笑い声をもらした。


「ついでに通信石の意味も伝えておこうかの。もうカイルから何か聞いたかの?」

「特に思い当たる事はないですね……」

「あやつ、ハルカさんに何も言わなくても気持ちが伝わると、勘違いしておるのか!?」


 セドリックさんがぷんすかしながら、またハルカに耳打ちしてきた。


「あの通信石の意味はの、『あなたは私の輝く太陽』じゃ。カイルにとってハルカさんは、生きる為に必要な存在じゃと、理解してやっておくれ。まぁ、重荷になったら、捨ててやってかまわんからの」


 そう言って、セドリックさんはカイルをちらりと見る。

 視線を受けたカイルは、不思議そうに首を傾げただけだった。

 しかしハルカは、次々に知らされた意味に、理解が追いついていなかった。

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