第184話 ハルカという存在が与える影響
ハルカはエイダンくんの瞳に浮かぶ文字を読み解いてしまい、どう説明すればいいかわからず、ひどく混乱した。
この世界に存在する文字だから、読めた?
確かに、昔の文字と現在の文字で書かれていた名もなき話が読めた時、神様がそう私を創ってくれたと思った。
でも、カイルすら知らない文字を読めてしまった事は、どう説明したら……。
ここまで考えて、ハルカはただただ虚空を見つめるエイダンくんへと、意識を戻した。
違う。説明なんて、いらない。
そんなの、あとで考えよう。
今は悩む時ではないと考えを改め、ハルカの言葉を待ち続けているカイルとハンナさんを見つめ直し、口を開く。
「私はこの世界に存在する色々な文字が読めるみたいなんです。初めて目にしましたが、読めました。でもこの文字は、生贄の……『贄』という文字です……」
「に、え……?」
ハンナさんの顔がどんどん青ざめ、それに気付いたサンが労わるように言葉をかけた。
「続きは俺が聞く。おふくろは全然寝てねぇから、少し休んでろ」
「今1番辛いのはエイダンだって、わかってんだ。それなのに、贄、だって? これ以上自分の子供に何かあるなんて、私はいったいどうしたらいいんだよ……」
震える声を出すハンナさんを、サンが別室へ連れて行った。
***
どうして文字が読めたのか、そして贄という文字の真実を聞く為、ハルカは1人、サンの部屋にいた。
みんな、ごめん。
でもこれは、マキアスとの約束だから。
けれど、エイダンくんに必要な情報は教えてもらえるはず。
だから、待ってて!
ハルカは贄の文字について、前の世界の事を思い出す為に集中したいから、少しだけ1人になりたいと告げた。仲間達はすぐに頷き、ハルカの言葉を信じて、時間をくれている。
「召喚」
とても小さな声で、ハルカは呟く。
小さな姿で現れてくれるように、全ての疑問に答えてくれるマキアスの助けが欲しいと、想いを込めて。
そしてとても小さな漆黒の猟犬がハルカの生誕石のある場所から飛び出し、ハルカに目線を合わせた。するとマキアスは宙に浮いたまま、ハルカの姿に変化した。
『ハルカ。急いで質問を』
「ありがとう、マキアス。エイダンくんの瞳に浮かんでいたのは、文字で合ってる? それを私が読めたのは、神様のおかげ?」
『合っている。あの文字はこの世界に生命が誕生した頃に作られた、全種族共通の文字。そして今はもう、記録が残されていない文字でもある。そしてハルカの言う通り、神様がこの世界に存在する様々な文字が読めるよう、ハルカを創った』
「それじゃ、あのエイダンくんの瞳の『贄』って文字の意味は、何?」
『あれは魔物の呪いの証。『新種の魔物が目覚めを早める為にエイダンの魔力を強制で奪い続ける刻印』になっている』
マキアスの口からはっきりと新種の魔物の言葉が出てきて、ハルカは歯を食いしばった。
アルーシャさんの読みは当たってたんだ。
近付く人にどうやってるのかわらないけれど、呪いをかけ続けているんだ!
ハルカは憤る気持ちを抑え、続く疑問も尋ねた。
「このままだと命の危険はある? あと、その呪いはどうやったら解けるの?」
『魔力供給の為に生かされているから、今すぐはない。目覚めた後、魔力はさらに奪われ、使い捨てられる。その時が、命の危機。だから呪いを解くのを含め、新種の魔物を倒すしかない。そして倒し方にも注意が必要。あと、ハルカがいれば、倒す時間が格段に短くなる』
「私……? どういう事?」
『ハルカも気付いているはず。どうしてあの場所に異変が起きたか。これは、『私達のせい』でもある』
薄々感じていた事をマキアスにはっきりと告げられ、ハルカは血が上った頭に、冷水をかけられたような衝撃を受けた。
『私達はこの世界にとって、異物。産まれ方がこの世界の生物とは異なる、割り込んだ存在。だから、受け入れたこの世界が大きく揺らいでいる。そしてそこに、この世界が大きく変わろうとしている要因が加わった』
「私の存在が……、この世界の人を……、苦しめているの?」
ハルカがやっとの思いで絞り出した言葉には、絶望しかなかった。
『新種の魔物は、もう少し後で目覚める予定だった。けれど、私達がこの世界に来た事で目覚めが早まった』
マキアスの表情は変わらない。
それでも、マキアスの感情の波は伝わる。
『そしてハルカがコルトで精霊使いから新種の魔物の話を聞いた時、『この世界の人達がまた傷付く姿なんて、考えたくもない。早く、大きな揺らぎの場所が見つかりますように』と強く祈った結果、影響を与えたハルカがこの世界に降り立った場所が大きく揺らぎ、新種の魔物が誕生する場所へと確定した。それと同時に、ハルカの地球での知識も反映された。だから、ハルカしか知らない警告音を出すものへと変化した』
自分の願いで場所が決まった事に、ハルカは言葉を失う。
さらには、新種の魔物の『カチカチ』という音の真相までもが自分のせいだと知り、立ち尽くすしかなかった。
『それでも、この世界はハルカを受け入れた。それは、忘れないで。だからこそ、ハルカにしかできない事がある』
マキアスの感情の大きな揺れをずっと感じ続け、ハルカだけがこの事実に衝撃を受けているわけではないのはわかっていた。
それでも懸命に真実を伝え続けてくれているマキアスの言葉を、ハルカは自分自身に消えない傷を刻み付けるように聞き続け、口を開いた。
「マキアス自身にも辛い真実を教えてくれて、ありがとう」
『私の心配はしなくていい。私には私を理解してくれるハルカがいるから』
「そうだね。私も、マキアスがいるから、大丈夫」
今、自分の存在を責めている場合じゃない。
私にできる事があるなら、今すぐにでも行動を起こすべきだ。
この真実を告げて、みんなに責められても、伝えなくちゃいけない。
私を信じてくれた人達の為に!
マキアスをはじめ、ハルカの存在を知る様々な人が自分を支えてくれていた事を自覚し、ハルカの心に勇気の火が灯る。
「マキアス、その新種の魔物の詳細と、私にできる事を教えて。私達ができる事を全力でやろう」
『わかった。ハルカは神様が関わった存在。だから幸運を引き寄せる存在でもある。その結果、今後に必要なものは揃っている。倒す方法、呪いの解き方、ハルカがすべき事、全てを伝える』
こうしてマキアスから知らされた真実に、ハルカは覚悟を決めた。
***
ハルカはマキアスを精霊界に帰すと、エイダンくんの部屋へと戻る。
そして、待っていてくれた仲間達へ、真実を話し始めた。
「お待たせ、みんな。まずその文字は、新種の魔物の呪い。目覚めを早める為に、エイダンくんの魔力が自動で魔物に注がれているんだ」
「そこまで詳細に、どうしてわかる?」
戸惑うカイルの質問に、ハルカはしっかりとした声で答える。
「前の世界にも、定期便の中にあるゲームと似たものがあったんだ。その中に、今回の新種の魔物の特徴を持つ魔物がいた事を思い出したの。だからね、新種の魔物も私が倒し方を知ってる」
マキアスの事を伏せるのに罪悪感はあるが、今は真実を伝える為にハルカは言葉を紡ぎ続けた。
「あの場所にサブスホーネットの大群がいる理由は、やっぱり私だった。私がこの姿のまま転生したから、受け入れてくれたこの世界が大きく揺らいでしまった。そして新種の魔物にも、私がいた前の世界のハチの知識が影響して、警告音を出すものになったんだ。だから私の命にかえても、絶対にエイダンくんを助けてみせる!」
ここでハルカは、非難を浴びてもいいと思った。それでもエイダンくんをはじめとした、呪いを受けた人達を助けたいと、心から願った。
「やめろ。すでに起きちまった事については、どんな言葉を言ったって何の解決にもならねぇ。それにな、ハルカちゃんの命なんていらねぇよ。だから、ハルカちゃんがどんな思いで転生してきたかを知ってる奴らを目の前にして、そんな事、2度と言うな」
サンが本気で怒っている事が伝わり、ハルカは他の仲間達にも目を向ける。すると、サンと同様の表情を浮かべていた。
それを確認したかのように、サンが続けて言葉を紡いだ。
「エイダンを助ける方法を教えてくれ。それだけが、必要な情報だ」
「……わかった。私だけじゃ魔物をどうにも出来ない。だから、みんなの力を貸して!」
ハルカは色々な言葉を飲み込み、自分を真剣に見つめるみんなに協力を求める。
すると、仲間達の表情が変わった。
「はじめからそう言えってんだよ」
「ハルカ、私の前で命を投げ出すような話をするなんていい度胸ね。あとでお説教よ」
「ハルカは自分の命を軽視してはいけません。私に対してそう教えてくれたあなたは、もっと自分を大切にして下さい」
次々に告げられた言葉を、カイルが締めくくるように終わらせた。
「ハルカはもっと仲間を頼る事を覚えろ。そしてこの世界でみんなと一緒に生き続けるんだ。わかったな?」
みんなと……。
そうだ。
私はこの世界で出逢ったみんなと一緒に、生きていくんだ!
仲間達の顔をしっかりと見つめ、ハルカは力強く頷く。そして、新種の魔物や呪いについての説明を改めて続けた。
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