第153話 希望の旅路

 キニオスに帰る日を迎えた。

 早朝な為、淡い桜色にうっすらと染まる空から、柔らかい光が宿の部屋に差し込む。

 その光を感じながら、ハルカはカイルと共に軽めの朝食を食べ終え、身支度を整えていた。


「忘れ物はないな?」

「うーんと……、大丈夫!」


 普段通りの夜を過ごし、ハルカは眠る直前、おとといのように声が聞こえる事もなく、清々しい朝を迎えていた。

 今日でコルトの町、そして大切な人達とのしばしのお別れ。

 ここでの想い出を胸に、ハルカは宿を後にする。

 そして仲間達が待つ定期便へと向かった。



「おっ! 来たな! 始めるぞ!!」


 そう声を出したのは、ヒストリーオ・テアートロの旅芸人の男性だった。


「これは……?」

「みんながね、私達に送別の気持ちを贈りたいって……」


 ハルカは驚きながら、先に到着していたミアに声をかけた。ミアの声は震えていたが、なんとか言葉にしてくれた。

 そして定期便に乗る人の邪魔にならないように、蔦のアーチ状の門近くで旅芸人の人達は演奏を始めた。

 すると、リアンと共に団長のフレディさんがこちらに向かって歩いて来た。


「私のささやかな願いを聞き入れて下さって、感謝いたします。ミアは大切な預り子ですが……、私にとっては孫のような存在なのです」

「いや、俺達の方こそ、この出会いに感謝する」

「私達にとっても、ミアもリアンも、とても大切な存在です」


 フレディさんの想いに、カイルもハルカも思い思いの言葉を伝える。

 そして、どこまでも優しく微笑むフレディさんを見つめながら、ミアの目に涙が溜まっていく。


「リアン、これからもミアを頼むぞ」

「お任せを!」


 リアンはいつも以上に引き締まった表情を浮かべ、頷いた。


「ミア、幸せにおなり。それが私の、余生の楽しみだ」


 この言葉で、ミアはフレディさんに抱きつくと泣き出してしまった。


「だんちょっ……! わたし、私……、今も、幸せよ!」

「そうかそうか」

「また、ただのミアとして……、会いに、行くから……」

「待っているよ」


 小さな子供をあやすように、フレディさんはミアの頭を撫で続ける。

 演奏をしている旅芸人の人達からも、鼻をすする音が聞こえる。

 そして同時に、後方から複数の足音が聞こえてきた。


「えっ!? ヒストリーオ・テアートロの生演奏中なの!?」

「知ってたらもっと早く来たのに、なんでっ!?」

「いや、俺も知らねーよ!」


 エブリンとアイザックは驚きながら、サンに説明を求める目線を送っていた。


「ほら、もう1人の仲間も来たぞ? そろそろ笑顔を見せておくれ」

「…………団長、お元気で」


 ミアはまだ目に涙を溜めていたが、いつもよりも幼い笑顔を浮かべていた。


「ハルカ!」

「ライオネルくん! と……、はじめまして?」


 サン達と一緒に、ライオネルくんと見知らぬエルフ族の男の子が姿を現した。


「ライオネルを、ありがとうございました!」

「えっ?」

「僕の友達で、名前はルースっていうんだ! どうしてもハルカに会いたいって言い出して、今日一緒に来たんだ」


 ライオネルくんも中性的な容姿ではあるが、ルースくんも負けず劣らずの容姿だった。けれど、緩く癖のある黒っぽい赤色の髪を高い位置で一纏めに結び、勝気な瞳の印象が強いからか、ハルカにはやんちゃな男の子に見えた。


「どうして私にお礼を?」

「俺のせいで、ライオネルは1人で悩んでた。本当は、俺がそばにいてライオネルの話をちゃんと聞くべきだったんだ。それを、ハルカさんがやってくれたって聞いて。だから、そのお礼。あと……」


 ルースくんの真剣に話す姿が、不意に戸惑いを含む。


「どうしたの?」

「えっと……、仲直りのきっかけも、ありがとうございました」


 頬を染め、ぼそぼそと話す姿が可愛らしく、ハルカは頬が緩んだ。


「ちゃんと仲直りできてよかったね」

「俺、ライオネルが羨ましくて……。だからひどい言葉を使って、傷付けた」

「羨ましい?」

「ルースはね、僕の容姿が羨ましかったんだって」


 ハルカのルースくんへの疑問を、恥ずかしそうな顔をしたライオネルくんが答えた。

 そしてその言葉を合図に、ルースくんは勢いよく喋り出した。


「だって、他の人と違うなんて『特別』じゃん! 色々よくわかんない事聞くけどさ、俺はずっとかっこいいって思ってたんだ! それなのに、精霊獣の卵の声まで聞こえるとか! ずる過ぎだ!!」

「あ、あんまり大きな声で言わないでよ! だからハルカに会いにきたんでしょ!?」


 顔を真っ赤にしたルースくんを落ち着かせようと、ライオネルくんは不思議な事を口走った。


「どういう事かな?」

「あ、あの……。しゃ、しゃがんでもらえますか?」


 言われた通りにハルカはしゃがむと、ルースくんが耳元にコソコソと話しかけてきた。


「俺も特別な精霊使いになれると思いますか?」


 まさかルースくんの願いを聞くとは思わず、ハルカは驚きながらも彼に視線を合わせた。そして、先ほどまで耳元にあった両手をそっと握った。


「それはルースくんが1番、よくわかっているんじゃないかな? それにね、ルースくんは初めから特別な存在だよ?」

「え。どこが?」

「だって、ルースくんはルースくんしかいないんだよ? ルースくんの代わりは、いない。それが『特別』」


 驚いた表情を浮かべたまま動かなくなってしまったルースくんに、ハルカは続けて話しかけた。


「特別なルースくんがどんな風になりたいのか、ここにちゃんと答えが眠っているよ。だからね、耳を澄ませてその声をよく聞いてあげてね」


 ルースくんはあえて耳元で精霊使いの話をしたので、ハルカはその事は伏せた。そして握っていた右手を離して、ルースくんの心臓に手を当てた。


「俺自身が、知ってる?」

「うん。私はそう信じてる」


 ハルカの言葉を聞き、ルースくんは真っ直ぐ立った。


「ライオネルの言ってた通りだ。もやもやが、消えた。ハルカさん、ありがとう!」

「ね? ハルカってすごいよね」


 その言葉を聞きながら、ハルカも立ち上がる。


「私は何もしてないよ? ただ思った事を言っただけ。もやもやが消えたと思うなら、それはルースくんが自分で消したんだ。だから、自分自身にありがとうって言葉をかけてあげてね」

「うーん? よくわかんないけど、とにかく今はハルカさんにありがとうを伝えたい!」

「ははっ! ルースらしいね」


 無邪気に笑い合う彼らを眺めていたら、カイルに声をかけられた。


「そろそろ行くぞ」

「……うん。行こう!」


 カイルの言葉を合図に、仲間達と定期便へと向かう。


「俺達は昨日言いたい事は伝えたからな! キニオスでまた会おう!」

「またすぐ会えるから! 待っててね、ハルカ!」


 アイザックとエブリンが元気よく手を振っている。それに応えるようにハルカも大きく手を振った。


「ハルカだけの魔法は、きっと優しい魔法だよ! 僕はずっとそう信じ続ける。不安になったら、僕の言葉を思い出してね!」

「俺も! なんだかよくわかんないけど、ハルカさんの魔法はそうだと信じる!」

「ルース! 見送りの挨拶なのによくわからないって!」

「えー? だって俺もハルカさんの魔法なんて想像つかないし。でも特別な黒だから、きっとかっこいい魔法だろ?」


 ハルカを送り出すライオネルくんとルースくんは、一生懸命話し込み始めた。その姿を眺めていたハルカの口元は自然と緩み、くすくすと笑い声がもれた。

 そして演奏が一際大きくなった。


「団長、みんな! 次に会う時は私の伴侶を連れていくからね!」

「ミア様……」

「まだ言ってんのか……!」


 ミアの言葉にリアンとサンが反応し、演奏も少しだけ乱れた。


「あぁ。どんな男を連れてくるのか、楽しみにしておこう。それでは私どもは、希望溢れる旅路を進むよう祈りを捧げます!」


 フレディさんが声を張り上げると、演奏も最高潮を迎えた。


「その祈りを胸に、真っ直ぐ前を見つめながら未来に進みます! またお会いできる日を楽しみしています!」


 それぞれが別れの言葉を告げる中、ハルカも声を張り上げた。



「すげぇ盛大な見送りだったな」

「沢山の出会いがあったからな」

「ミア様、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。私は私のわがままに付き合ってくれたみんなに顔向けできるように、頑張るだけだもの」


 サンとカイルが先頭を歩く中、その後ろでリアンとミアは今後の決意を話し合っていた。

 ハルカは名残惜しくて最後まで手を振ってから、みんなに続いて定期便に乗り込んだ。

 ギリギリまで挨拶をしていたので、ハルカ達が最後の乗客のはずだった。


「こんなに沢山の人に見送られて、ハルカちゃんは幸せだね」


 不意にそんな声が聞こえ、ハルカは振り返った。


 そこには右目に眼帯をした、全身黒ずくめの男性がいた。



 私はキニオスに戻った後、異世界の人間がこの世界に訪れる事がどんな影響を与えるものなのか、思い知らされる出来事に遭遇する。

 けれどそれは、私が望む未来にたどり着く為に必要な試練への、始まりにすぎなかった。

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