第四章

第154話 ある女性の独白

 わたし達は、生まれも育ちも違うのに、とてもよく似ていた。


 わたし達は、この見た目で生まれてきただけ。

 ただ、それだけだった。

 それなのに、それが罪なのだという。


 だから、あの日の出逢いは運命だったと信じてる。

 

 あの日だけはどうしても心の限界を感じ、本来の居場所から転移の魔法で逃げ出してしまった。それでも遠くまで行けなかったわたしは、ただひたすらに森の中を走った。

 けれど、誰も追ってくる者はいなかった。

 わたしは、お父様以外にはまったく興味を持たれていない存在なのだと、改めて思い知らされた。


 魔物なんて怖くなかった。

 すぐに消し去ってしまえるから。

 人の方がよっぽど醜くて恐ろしい。


 そんな事を考え続けていたら、輝き揺れる月を閉じ込めたような泉を見つけた。まるでその姿が今のわたしの孤独を象徴しているように思えて、引き寄せられるように近づいた。

 そこではじめて、その泉の側に横たわる痛ましい姿のあなたを見つけて、息を呑んだ。

 急いで駆け寄ったわたしに苦しそうに真実を話すあなたに、わたしは言葉を失った。


 あなたは何にも悪くない。


 泣いた事なんてなかった。

 今の日常が私にとって、必要な試練だと思っていたから。


 けれど、あなたを見ていたら、泣いてしまった。

 

 泣いて、泣いて、泣いて。

 

 そんなわたしに、あなたは血まみれの姿で微笑んでくれた。本当は全てが痛いはずなのに、わたしの為に笑ってくれた。


『泣かないで』


 今でも思い出す、あなたの優しい眼差しと、渇いた心を潤してくれた柔らかい声。


 きっとね、この時に決めていたの。


 この世界を正しい姿に戻せるのは、わたししかいないって。

 わたしが、この世界に生きる人々を守るって。


 私のお父様は更なる力を求めていた。その想いが、異世界の人間を召喚するという考えに至ったのは、いつからなのかは知らない。

 けれど、数々のおぞましい実験を繰り返していた事を後に知り、異世界の力は記録だけですら人を狂わせるのかと、わたしは恐怖した。


 だからわたしも、異世界の記録を集めた。

 これ以上、狂いだす者を増やさないよう、消し去る為に。

 そして異世界の人間が、もう2度とシュトーノに訪れないようにする方法を探す為に。


 その記録の中で、以前からずっとお父様が気にかけていたものがあった。

 だからその記録の保持者を何度も呼び寄せた。

 けれど、ジェイド一族の長は口を割らなかった。

 最後の慈悲を向けたあの日、彼が真実を語れば、3年前の戦争は起きる事はなかった。


 異世界の人間を呼び寄せているのはきっと、『約束の民』。

 その証拠に、現在、本物の異世界の人間があの者と行動を共にしている。

 この事実を知った時、あまりの衝撃にわたしはその場に崩れた。それは自分の考えが現実のものになってしまった事への、絶望でもあった。

 しかし、これは神のお導きだったのだろう。

 だから、この事実を利用しない手はない。


『何かを成し遂げるのなら、多少の犠牲はつきものだ』


 大好きで、大好きで、大嫌いな、お父様の言葉。

 けれど、わたしも同じ言葉を口にする。

 あぁ、やっぱりわたしはどこまでもお父様の傀儡。

 

 その傀儡に命を吹き込んでくれた、あなた。


 あなたがいたから、わたしはここまで来れた。


 この世界の人々を守る為ならば、この世界の人間を犠牲にしてでも成し遂げなくてはならない。

 これ以上、異世界の人間達がこの世界の人々に刻みつけた罪の犠牲者を増やすわけにはいかない。


 それがわたしの生きる意味。


 その為に、カイル・ジェイドは生かしてきたのだから。

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