第148話 あなたは1人じゃない

 占いの館を後にしたハルカ達は、コルトの町をゆっくりと散策していた。

 今までは精霊獣の卵を探す事に必死で、様々なお店を巡る時間はなかった。なので、コルトが初めてのハルカに、ミアが嬉しそうに女性が好むお店の紹介をしてくれた。

 その説明を聞きながら歩いていたハルカは、あるお店の前で足を止めた。


「『魔法楽音器店まほうがくおんきてん』?」


 白い木で造られているドーム状のお店は、大きなかまくらを連想させる。

 そして入り口の横に立てかけられた大きな記録石に、このお店の商品と思われるものが描かれていた。


「ここは『音』を持ち運べる魔具を提供してくれるお店よ。綺麗な魔法楽音器が沢山あって驚くわよ? 気になるのなら、早速入りましょう!」


 そう言うと、ミアはハルカの手を引いて、弾む足取りで店内に入った。



「いらっしゃいませ。気になるものがありましたら、お声がけ下さい」


 鈴を転がすような声で、女性のエルフ族が出迎えてくれた。黒みの強い青色の長い髪がとても美しいその女性は、ハルカ達を出迎えると、すぐにカウンターの向こう側で書き物を始めた。


「この小さい球体は、自然が生み出す音や生き物の声を聴けるものが多いわ。楽音を聴きたい場合は、この小物入れの中から気に入ったものを見つけるといいわよ」


 ミアが教えてくれた球体は星空を閉じ込めたような色をしており、手の上で転がすと音が聴こえた。

 そして、アンティークの宝石箱のような小物入れの蓋を開けると、オルゴールのように音楽が流れ始めた。


「綺麗な音色だね。これはどんな仕組みで音が出ているの?」


 オルゴールなら中に仕掛けがあるはずだが、この小物入れの中には透明度の高い真っ青な海の色の水が揺れていた。

 それを不思議に思ったハルカは、明るい音色に耳を傾けながら、みんなに質問をした。

 

「この水の中に音を記憶させている。蓋を開けると、その水が自動で揺れて音を奏でる仕組みだ。ちなみに、ひっくり返しても水はこぼれないからな」


 カイルから説明を受けて、ハルカはこの世界のオルゴールは魔法で再現できるのかと、納得した。


「カイル、詳しいんだね」

「遺跡の中に、魔法楽音器が眠っている事もあるんだ。昔の音を聴くのも、その時の歴史に触れられる貴重な瞬間だ」


 カイルの元々の生業に関する事だったから詳しいのだなと、ハルカは思った。そしてカイルらしい言葉に、ハルカの顔が自然と緩む。


「へぇ〜。本当に綺麗だな。俺も何か買うか」

「お土産?」

「そんなところだ」


 サンはそう言うと、早速店内を物色し始めた。


「ハルカ、どれにする?」

「えっと……、買ってもいいかな?」

「いいも何も、ギルドからの報酬があるだろ? 好きに使っていいからな」

「カイル。ハルカはカイルからの贈り物が欲しいのでは?」


 ミアに尋ねられ、ハルカはいつものようにカイルに質問した。それを、不思議そうな顔つきのカイルから伝えられた言葉によって、ハルカは自身のお金を得た事を思い出した。

 しかし、リアンは腕を組みながら思いもよらぬ提案をしてきた。


「えっ!? そ、そういうんじゃないから! 私、今までお金なくて……。必要なお金は、カイルが全部出してくれていたんだ。だから、いつも通り聞いちゃっただけだよ!」

「まぁ! カイルはそういう所も紳士なのね」

「やはりA級冒険なので、稼ぎも良いのですね」


 ハルカの慌てた返事に、ミアはうんうんと頷き、リアンも納得した様子だった。


「俺自身の稼ぎもあるが、家族が残していった金もある。ずっと1人で生きていくなら、多くて困る事はないからな」


 この言葉を聞いて、ハルカは様々な想いを胸に抱いた。


 家族が残した大切なお金を、使わせてしまった?

 それに、やっぱりカイルは……1人で生きていく事を決めてしまっているの?

 だから前に、報酬で依頼を選ぶ、って言ってたんだ。


 そんなハルカの考えを消し去るように、サンが大きめの声をこちらに投げてきた。


「お前な、仲間を目の前にして『ずっと1人で生きていく』、なんて言うなよ! これからは存分に俺達にも使え。わかったな?」

「サン……。良い言葉で締めているように聞こえますが、カイルのお金を当てにしているだけのように誤解されますよ?」

「おっ? 気付かれたか? 話の流れでバレねぇかと思ったんだけどよ、リアンには通用しねーか!」


 豪快に笑うサンを眺めながら、彼なりの気遣いなのだろうと、ハルカは考えた。すると、カイルは半目になって言葉を発した。


「今後も俺の金は、ハルカにしか使わない。サンは自分で稼げ」

「おーおー、言うねぇ。また妙な事を言ったら、俺達全員に飯奢らすからな」

「あら。それじゃたくさん言わせなきゃ」

「ふっ。今回はカイルに非があります。発言には気を付けて下さい」


 仲間達からのちょっとした気遣いを受けながら、カイルは困惑した表情を浮かべていた。


「カイル。私達は仲間だよ。あなたを置いてはいかない。それは、信じて」


 残される者の辛さを考えると、カイルにとっては無意識に一線を引いてしまう事なのだろうと思い、ハルカは口にした。そして、少しの意地悪も含んだ言葉を続けて伝える。


「だからね、これからも沢山私にお金を使うように!」

「…………ははっ。参ったな。いいぞ。俺の金は全部、ハルカのものだ」

「へっ!? じょ、冗談だから! いらないから!」


 カイルは破顔しながら、ハルカに対してはっきりと言い切った。

 ハルカはそんな返事が返ってくるとは思わず、両手を振って断った。


「この2人はこれで、何も気付いていないの?」


 ミアがぽつりと呟くと同時に、店番のエルフ族の女性が声をかけてきた。


「皆様、とても仲がよろしいようで。そんな皆様にぴったりな楽音がありますが、いかがでしょうか?」


 鈴を転がすような声はどこまでも優しくハルカの耳をくすぐり、魅力的な提案をしてきた。

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