第149話 縁を紡ぐ楽音と隊長と呼ばれる男
ハルカ達におすすめしたい楽音があると言う店番のエルフ族の女性は、カウンターの向こう側からこちらに歩いてくる途中、ある商品を手に取った。
それは両手に収まる大きさの楕円形の小物入れで、銀色の猫脚がついていた。
「こちらの中には『縁を紡ぐ楽音』を入れさせていただいています。異世界の勇者様達が、様々な種族の絆を結びつけて下さいました。その結果、悪竜は倒された、という事実を当時の吟遊詩人が残したものが、この楽音なのです」
そう説明しながら、エルフ族の女性は小物入れの蓋を開けた。
聴き覚えのある音色と共に、ハルカの心には穏やかさと訴えかけるような情熱が届く。
「この楽音は私達の舞台でも使われていたものよ。私はこの楽音に勇気をもらっているわ」
楽音に対する意味合い、そしてミアの舞台でも使われていた事を教えてもらったハルカは、すぐにこの魔法楽音器を購入する事を決めた。
「私も、今までの縁も、これからの縁も、紡いだ縁を大切にしたい。だから、こちらを買わせていただきます!」
「気に入っていただけたようで嬉しいです。小物入れは別の物もご用意できますが、どうされますか?」
その言葉に、ハルカは目の前の小物入れを眺めた。
全体は、柔らかな水色で染まった綺麗な入れ物だった。
そっと閉められた蓋の上には、シャンデリアを真下から見上げたように見える銀の細工が施され、中央にダイヤのように輝く石が埋め込まれている。
そして入れ物の部分の中央には、銀の竜が大きな翼を広げている銀細工があった。その竜を中心に、小さなダイヤのような石が等間隔に飾られ、銀の模様がそれらを繋げていた。
「立派な竜が描かれていますね」
「こちらは、楽音に合わせた小物入れとなります。本来ならば勇者様達を描くところを、あえて竜にしてあるのです」
ハルカの問いに答え始めたエルフ族の女性は竜を指差すと、銀の細やかな細工で繋がる輝く石へと指先を移動した。
「この竜と共に過ごした歴史はとても酷いものでした。ですが結果は、様々な種族の絆が強く結ばれました。この世界がそのように変わる事を望んだのだと、我らエルフ族は考えております。ですからそれを、形にしてみたのです」
ハルカは説明を聞き、小物入れの見方が変わった。
銀の細工で繋がれた輝く石は、様々な種族に。そして蓋の上の大きな石は、この世界に暮らす人々を変わる事なく照らし続ける希望の光のように。同じ輝きを放つのは、どの種族の心の中にも、同じ希望の光が溢れているからだと、ハルカの瞳には映っていた。
「素敵な想いが込められているんですね」
「もし気に入って下さったのなら、別の色もありますよ?」
「見せていただいてもいいですか?」
「どうぞこちらに」
エルフ族の女性に案内された棚には、様々な色の小物入れが並んでいた。
「あっ、この色可愛い。これにします」
「じゃあ私は、この色にするわ」
「俺はこれだな」
ハルカが声を出すと、ミアとサンの声がそれに続いた。
「ミア様は本当に白がお好きですね」
「ハルカは日記の花と同じような色を選んだな」
「あれ? 2人とも一緒でいいの?」
リアンが言うように、ミアが持っている小物入れは雪のように白い。
そしてカイルが言うように、ハルカが手に取ったのは、自身の日記を飾る花よりも淡いピンク色をしていた。
サンは対照的に、真っ赤なバラのような深い赤色を選んでいた。
ハルカだけがこの魔法楽音器を購入すると思っていたので、首を傾げながらミアとサンに尋ねた。
「せっかくだからハルカとお揃いがいいなって思って。いいかしら?」
「俺も似たようなもんだ。ハルカちゃんとルチルの縁も深まるように、なんてな」
ミアの仲間としてよりも友人としての目線で話してくれる気持ち、そしてサンの気遣いに、ハルカの胸は嬉しさでいっぱいになった。
「私も、ミアとお揃いのものを買えるなんて嬉しい……。サンも、ルチルさんの事までありがとう」
ハルカが出会ったうちの1人がルチルさんだとわかっているサンは、ハルカが真実を告げる後押しをしてくれたのだと思い、感謝の言葉を口にした。
***
「突然失礼……っと、衛兵以外、誰もいなかったようだね」
巨大な蔦で出来たアーチ状のコルトの門付近に、そう呟く男は転移の魔法で姿を現した。
そしてエルフ族の門番に、首から下げていた服の中にある装飾品を引っ張り出して掲示した。
王冠の下に鍵が交差し、その周りを黒い羽が封じ込めるように囲う彫り物が描かれている銀板には、更に添えられた文字がある。それを見せられた門番は、顔色を変えた。
「人間族王国の特殊部隊の……隊長様ですね。他の特殊部隊の方は昨日帰還されておりますが、何か不備がありましたか?」
「いや、友人に会いに来たんだ」
穏やかな物言いのエルフ族の門番だったが、緊張で顔が強張っていた。しかし、隊長と呼ばれた男が私用で来たのだとわかると、ほっと胸を撫でおろしていた。
「通してもらって構わないかな?」
「はい! お引き留めして申し訳ありません。どうぞごゆっくりとコルトでお過ごし下さい」
エルフ族の門番に苦笑した男は、装飾品を服の中にしまいながらコルトの町に足を踏み入れた。
「『ごゆっくり』か。もう明日には発つんだけどね」
門近くにある宿を目指しながら、男は続けて嬉しそうに呟いた。
「王都で待っていてもよかったんだけど、少しでも早く君達に会いたくてコルトまで来ちゃったなぁ」
男は目的の宿を見つけ、中に入った。
「いらっしゃいませ」
「1泊だけお願いできるかな?」
「えぇっと……、はい、大丈夫です」
受付のエルフ族の男性から鍵を受け取ると、男は礼を言い、すぐに部屋まで向かった。
そして部屋の中へ入ると、身に付けていた黒いフードを椅子に掛け、窓へと近づく。
「まだぼくの事をハルカちゃんは知らないようだけど、明日には仲間に昇格だね。とりあえず、通信だけは残しておこうかなぁ」
どこまでも嬉しそうに言葉を口にする男は腰のベルトの中央を飾る収納石に触れ、通信石を取り出した。
「カイルへ。君達と合流する許可を得た。近々会いに行く。クロムより」
言い終えて、クロムは窓の外を眺めた。
「カイルは驚いてくれるかな? 明日から、楽しくなりそうだね」
クロムは徐々に茜色に染まる空を見つめ、どこまでも穏やかな声色でそう呟いた。
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