第147話 懐かしの制服とプレセリスの願い
久々に訪れた占いの館を見上げ、ハルカはプレセリス様に伝えたい事が沢山ありすぎて悩んでいた。
しかし、カイルは何のためらいもなく、黒い蝶のドアノッカーを叩いた。
「あっ! そういえば占いに来ている人とかいるよね!? 確認しないで来ちゃった……」
「いや、大丈夫だろう。きっとこれも、視えていたはずだ」
ハルカは占いの予約が6ヶ月先まで埋まっていたのを思い出し、慌てた。けれどカイルはそう言うと、扉を睨みつけていた。
そしてそれに応えるように、プレセリス様の付き人、ユーゴさんのとても低い声が黒い蝶から響いた。
『お久しぶりです。カイル様、ハルカ様。プレセリス様の準備は出来ております。扉は開いておりますので、皆様どうぞ中へお入り下さい。1番奥の客間にて、お待ちしております』
どうやらこれ以上は何もないようで、黒い蝶は沈黙した。
「ほらな。皆様って言ってただろ? それにしても、迎えに来ないのは……何か理由があるのか?」
「すっげーな! 俺達の事まで知ってんのか!」
「素晴らしいわ! どんな風に視えるのかしら? 少しだけでもいいからお聞きしたいけれど、失礼よね……? あぁっ! でも、でもっ!」
「ミア様、大人になられたのではないですか!? どうか落ち着いて下さい!」
カイルの疑問には誰も答えず、サンは驚きながらも楽しそうな顔をしており、ミアは興奮して頬を染め、リアンは青ざめていた。
「今日、私達の為に時間を作ってくれたんだね! 早く行こう!」
カイルは未だに首を捻っていたが、ハルカはプレセリス様の心遣いに感謝しながら扉を開き、軽やかな足取りで中へ進んだ。
1番奥の客間は、この前通された異人館のような待合室とほぼ同じ内装であった。
そこでハルカは、懐かしいものを目にしていた。
「お久しぶりで……す。……それ、前の世界で私が着ていた、高校の制服ですよね!?」
「お久しぶりです。今日、ハルカ様にお披露目するのを楽しみにしておりましたの。驚いていただけましたか?」
確かに自分の制服の詳細を伝えたが、もう仕上がっているとは思わず、ハルカは驚きの声を上げていた。
そんなハルカに、プレセリス様は嬉しそうに足首まである漆黒の髪をふわりとなびかせながら、1回転した。
「こちらは前の服よりも動きやすいので、私も気に入っております」
ユーゴさんも同様に制服の為、前の軍服姿の長身長髪の冷酷な魔王のようには見えない。
プレセリス様は、紺のブレザーに緑と茶色のチェック柄のリボンとスカートの制服姿。そしてユーゴさんも、紺の上下に緑と茶色のチェック柄のネクタイを締め、2人は並んで窓際に立っていた。
制服だけ見れば懐かしさがこみ上げてくるが、着ている2人はダークエルフなので、やはり異世界が強調される。
「ハルカ! あれはハルカの世界の服なの!?」
「うわぁっ! そ、そうだよ。学校……、色々な知識を勉強する所に通う人達は、同じ服を来て通うんだ」
ミアに詰め寄られ、ハルカは慌てて後ずさった。
「この世界にも知識を学ぶ場所はあるけれど、服は自前なのよ。まさか異世界の服を目にする事が出来るなんて!」
「初めまして、ミア様。わたくしは占われた方の視点をお借りして視ておりますの。もちろん、音も聴こえます。ですから、ハルカ様の見ているそのままを絵におこし、更にハルカ様に詳細を書き込んでいただき、こうして再現する事ができましたの」
プレセリス様はミアが聞きたがっていた事に対しての返事をしながら、スカートの裾を摘んでおじぎをしていた。
「私の名も、質問も! お答えいただけて、感謝します!」
「ミア様! その場から動かないで下さい!」
ミアは頬を染めながら、プレセリス様に歩み寄ろうとした。しかし、リアンが困り顔で立ちはだかった。
「……はっ! 私とした事が……。こほん。失礼しました。特別な魔法の内容まで教えていただき、感謝します」
「いいえ。何も気にする事はありませぬ。リアン様もどうか楽に。そしてサン様。これからも、そこにいるカイル様の面倒を見て差し上げて下さいませ」
「おっ? そこまでわかってんのか! これからもずっと面倒見るから安心してくれ!」
「おいっ! なんでそんな事をお前に言われなきゃいけないんだ!?」
ミアが正気を取り戻し、リアンは胸を撫で下ろしていた。そんな2人を微笑ましそうに見つめていたプレセリス様は、サンに話題を振った。
サンはうんうん頷き、カイルは色白の頬を染め、怒っていた。その様子を、プレセリス様は含み笑いをしながら眺めていた。
「プレセリス様。少しは気が晴れましたか?」
「えぇ。カイル様、わたくしには全て視えておりますの。今後、言動には注意して下さいませ。そしてハルカ様。新たな縁を結ばれた事、わたくしも心より嬉しく思いますの」
眉を下げたユーゴさんの言葉に、プレセリス様は楽しそうに頷く。
そして穏やかな表情を浮かべたと思ったら、ハルカと目を合わせた。
「プレセリス様に占っていただいた後、沢山の縁に恵まれました。あの助言がなければ、私が何を大切にするべきか、それを気付くのにかなりの時間がかかったと思います。だから、本当に感謝してもしきれません」
コルトで過ごした時間の中で、沢山の人の心に触れた。
そして、自分の本当の心がいかに大切かを教えてもらった。
だから私は、それを忘れない。
溢れた想いを乗せながら、ハルカはプレセリス様への感謝を届けた。
「少しでもお力になれたようで。ですが、全てはハルカ様が決められた道。これから先も、どうぞご自分と周りの方を、信じ続けて下さいませ」
「はい! プレセリス様からいただいた助言を忘れずに、私だけの魔法を見つけてみせます。ですから見つかった時、また会いに来てもいいですか?」
優しい眼差しを向け続けてくれるプレセリス様に、ハルカは未来の約束を提案した。
その言葉に、プレセリス様はとても嬉しそうに頷いてくれた。
「えぇ、もちろんですの。わたくし達はここで、皆様をお待ちしております」
***
特別な客人の後ろ姿を見送りながら、プレセリスは笑みを消した。
「プレセリス様。どうかご自分を責めないで下さい」
ユーゴが心配そうに声をかけてきたのを合図に、プレセリスは扉を閉める。
「わたくしは占い師。特定の方に深入りはしない。けれど……、神が直接関わった方と触れ合うと、その意思に流されそうになるのです」
そう。だからこそ、あのお2人は生きている。
神の加護を受けたあのお2人は、幸運を引き寄せ、生き延びているにすぎない。
「ハルカ様。先程のわたくしの言葉を、忘れないで下さいませ」
ハルカ様はこの先、信じ抜かねばなりませぬ。
たとえそれが、あなた様に仇なすものだったとしても。
だからわたくしが視た未来の詳細は、あなた様の決断を妨げるもので多くを語れなかった。
もう姿は見えない冒険者達へ想いを届けるように、プレセリスは扉にそっと両手を重ねる。そして瞳を閉じ、自身の手に額を押し当てた。
全ての願いが1つとなり、実現した出逢い。
けれどこの出逢いは、お2人にとって脅威となるものも引き寄せた。
ですが、乗り越えられぬ試練はありませぬ。
ですからどうか——
「ご無事で。わたくし達はここで、皆様とまたお会いできるのを、いつまでもお待ちしております」
これから起こる全てを語る事が出来なかったプレセリスは、まるで懺悔のように、強い願いを口にした。
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