第146話 繋がった縁
不穏な空気はすぐに消え去り、カイルとウィルさんは通常の態度に戻ったように見えた。
そして更にキルシュミーレの小分けの作業を進めたが、壺1個分だけ空にして、あとの4個は壺ごともらう事となった。壺はみんなが持っていって、とアイザックとエブリンは言ってくれた。なので、カイルの収納石にいったん預かってもらっている。
「皆様は明日、キニオスに向かわれるのですね。自分は定期便の時間に見送りには行けません。ですから、今、お別れの挨拶を」
ウィルさんはそう言うと、姿勢を正した。
「皆様との出会いは忘れません。たとえこの先困難が待っていようとも、皆様が幸せな道を歩む事を切に願います。そして、我々精霊使いはいつでも皆様の味方だという事を覚えていて下さい」
そう言い切ると、ウィルさんは幼さの残る整った顔を綻ばせた。
「今回お渡ししたキルシュミーレは、口にした者に幸運をもたらす、とも言われています。皆様に幸運が降り注ぐよう、自分も願っています」
みんなの顔を順番に見ていたウィルさんとハルカの目が合う。すると彼は更に笑みを深めたが、すぐに視線を外した。
「またコルトに来た際には是非、立ち寄って下さい。あと祝宴が開かれる時期が決まり次第、また連絡をさせていただきますね」
「ウィルさん、今日まで色々とありがとうな。祝宴の時にはまたみんな揃って顔を出すから、よろしくな!」
ウィルさんへの返事をサンが口にし、みんなそれぞれお礼を伝える。
「ウィルさん。本当にありがとうございました!」
「いえ。お礼を言うのは自分の方です。またお会い出来る日を楽しみにしていますね」
ハルカも改めてお礼を伝え、ウィルさんは柔らかい笑みを浮かべてそう答えてくれた。
「ハルカ! 今日からウィルさんに精霊使いの仕事を教えてもらうんだ! だから一緒には過ごせないけど、明日、見送りに行くから!」
「ありがとう。嬉しいな! 精霊使いのお仕事、頑張ってね!」
「うん!」
ライオネルくんが元気な声で、ハルカと今日の別れを告げる。
「ハルカ。俺達も依頼が立て込んでいるからここでいったん別れるが、見送りは行くからな!」
「コルトで過ごせる最後の日なのにごめんね。また、明日!」
アイザックもエブリンも、嬉しい言葉をハルカに伝えてくれた。
「本当にありがとう! これからもずっと、よろしくね!」
ハルカも胸を満たす温かな気持ちが少しでも伝わるように、元気な声で感謝の言葉を口にした。
***
各々の精霊獣が幸せそうな顔をして戻って来ると同時に、マキアスのとても満ち足りた想いもハルカに伝わった。そんな自分の精霊獣をみんなは精霊界に帰し、ハルカ達は精選所を後にした。
そして当初の予定通り、ハルカ、カイル、サン、ミア、リアンは占いの館へと向かっていた。
ハルカはコルトへは当分来られないかもしれないと思い、絵本の中に存在するような木造の温かな町並みを目に焼き付けるように歩いていた。
「あのね、ヒストリーオ・テアートロのみんなも、見送りに来てくれるそうなの」
ハルカの隣を歩くミアがぽつりと呟いた。
「いつでも旅立てるはずなのに、私達を見送ってから自分達もコルトを発つと、団長が言ってくれたのよ」
少し眉を寄せたミアの表情は寂しげで、泣いてしまうのではないかとハルカは思った。
「寂しくなるね……」
「そうね。ずっと一緒に『ただのミア』として過ごしてくれたみんなと離れるのは、寂しい。でも、送り出してくれるみんなには、笑顔を向け続けるわ」
銀灰色の瞳を揺らしながら、ミアは微笑んでいた。
「この世界にいる限り、また何度でも会える。だから心配なんかさせないぐらい、元気な姿の私を見送ってもらうのよ!」
そう言い切ると、ミアはいつも以上に楽しげな笑みを浮かべていた。
「うん。ミアの言う通りだね。それに、旅の途中で会えるかもしれない。だからそれも楽しみに、これから先もずっと冒険し続け——」
ミアが元気を取り戻したように見えて嬉しくなったハルカは、言ってはいけない言葉を口にしたと気付いた。
「どうかした?」
きっと顔に出てしまったと思ったハルカは、小さな声で尋ねた。
「ミアは……、いつまで一緒にいられるの?」
「私? 予定としては、また寒い季節が来るまで……、1年後くらいかしら。20歳になるまでに、結婚相手が見つからなければね」
ずっと一緒にいられると思い込んでいたハルカは、寂しさで胸が痛んだ。
けれどミアは、吹っ切れたような表情を浮かべて、続く言葉を紡いだ。
「その事について、私はお父様と話し合わなければいけない。だからね、ハルカ。朝、ギルドの前でカイルから今後の説明があったけれど、キニオスへ向かった後、王都に、私の家に寄りたいの」
「ミアのお父さんに会いに行くの?」
「それについては私からも説明を」
ミアが自身の父親と話し合う事はわかったが、その説明をミアの向こう側を歩いていたリアンが引き継いだ。
「ミア様には昨日詰問……、い、いえ、質問をされてお答えしたのですが、旦那様からもお会いしたいと、返事をいただいています」
リアンがぽろっと口にした言葉を、ミアが睨み付けて制した。だからか、リアンはしどろもどろになりながら話し続けていた。
「恥ずかしい話なんだけれどね、お父様はリアンに定期的に連絡をさせていたのよ。だから私の情報は筒抜け。今回はリアンがいて、A級冒険者も2人いたから安全だと思って、口出ししてこなかったそうなの。でも、仲間になって旅を続けるのなら、話は違うみたいなのよ」
「さすがに冒険者と共に旅をするなら危険な場所に行くのではないかと、旦那様は心配されています。だからどんな冒険者なのか、会って確かめたいと」
ミアが渋い顔をしながら今までの状況を説明してくれると、リアンは申し訳なさそうに理由を話してくれた。
「堅苦しいのは苦手なんだけどよ、ミアの今後には必要な話し合いだからな」
「それに王都には大きな記録館が存在する。そこでハルカの魔法の発現に役立ちそうな記録を探してみようと思っている」
サンは歩きながらこちらを振り返り、その隣を歩いていたカイルもちらりとこちらを見た。しかし、すぐに視線を前に戻して、歩き続けながら静かな声で呟いた。
「その時、紹介したい奴がいる」
「えっ?」
「詳しい話はまた後でする」
カイルはこちらを一切見る事なく、話を終わらせた。
他のみんなからは驚きを感じなかったので、ハルカだけが知らなかった事実なのだろうと思った時、甘く華やかな香りが漂ってきた。
ハルカは話し込んでいて気付かなかったが、ちょうど占いの館へと続くバラ園にたどり着いたところだった。
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