第145話 幸せを願うもの
朝の契約時間が終わったはずの精選所の一角に、精霊獣が集まっていた。
「おはよう! ハルカも、みんなも、精霊獣を召喚してあげて!」
「おはよう、ライオネルくん! マキアスを召喚すればいいの?」
無邪気に駆け寄ってきたライオネルくんは、鮮やかな緑色の瞳をキラキラさせながら、不思議な事を伝えてきた。
「皆さん、おはようございます。本来、精霊獣は食べ物を必要としませんが、キルシュミーレはどんな精霊獣も例外なく好みます。そういった意味でも人気があるんです」
ウィルさんもこちらに来ると、ライオネルくんの言葉に説明を加えてくれた。そして、更に続きを話し始めた。
「今回皆様にお渡しするのは、更に特別なものになります。満足すれば自ずと食べるのをやめますが、頻繁に与えすぎないで下さいね。ですから精霊獣がとても頑張ってくれた時など、あげてみて下さい」
不思議な蜜なんだ、とハルカが納得し、召喚をした。みんなもそれに続くように自身の精霊獣を召喚していた。
「有り難くいただく」
「本当にお世話になりましたから、精霊獣にもお礼を。そして、皆様にお渡しするキルシュミーレは小屋の横にあります。小分けする入れ物は準備してあるので、遠慮なく言って下さいね」
昨日、ハルカに対して求婚した事を示唆してきた様子のウィルさんはおらず、カイルと通常のやり取りをしている。それを眺めながら、ハルカはほっとしていた。
そしてウィルさんは、小屋の方を指差しながら話をしてきた。そこには、ハルカの腰辺りまでの高さがありそうな、たっぷりと薄桜色の蜜が入った透明な壺が5個準備されていた。
うわっ! 想像より大きい!
壺という言葉で、量がありそうなのは予想していた。けれど、あまりの大きさにハルカは戸惑った。
「でけーな! あれ全部、俺達がもらっていいのか?」
「もちろんです。今朝の採れたてなんですよ」
サンも同じように思ったようだが、嬉しそうにウィルさんに話しかけていた。そしてハルカ達を案内するように、ウィルさんは歩き始めると説明を続けた。
「容れ物は、ドワーフ族特製の筒と壺になります。ですから、異物が混入してしまっても浄化を施されるので、キルシュミーレが傷む事はありません。ですが、1つだけ注意があります」
みんなでぞろぞろとウィルさんの後に続いて歩いている途中、普段の高い声を少しだけ低くしたウィルさんがこちらに顔だけ向けながら忠告してきた。
「外での使用は控えて下さい。どうぞ町中で。魔物の中でも『アンセクト系』がこちらを好むので、引き寄せてしまう事を覚えておいて下さい」
アンセクト?
聞き覚えのない単語が出てきて、ハルカは首を傾げた。すると、隣を歩いていたライオネルくんがハルカの手を引き、左胸の辺りにあるブローチのような装飾品に触れた。ライオネルくんの瞳の色みたいなその装飾品は収納石だったようで、そこから飛び出してきたのは、辞書だと思われる記録石だった。
「ハルカ、これがアンセクト系だよ。かなり凶暴なのも中にはいるみたい。だからもしハルカだけで遭遇したら、今から渡すキルシュミーレを投げつけて逃げてね」
記録石をこちらに見せなが、小さな声でライオネルくんは教えてくれた。
そこには虫のような魔物が描かれていて、『カマキリやクモ、アリやハチに似た姿の魔物』も見つけた。
「教えてくれてありがとう。気を付けるね」
「ハルカの仲間は強そうだから大丈夫だと思うけど、念の為にね。アンセクト系は主に火が弱点だから、あの大男のサンに任せるんだよ? 僕も一緒に行けたら、伝説の精霊使いみたいに会話できて止められるかもしれない。でも行けないから、ごめん」
悔しそうに口を歪ませ、ライオネルくんはハルカから視線を外した。
「その気持ちを、私はもらっていくね。ライオネルくんの言葉は私のお守り。だからね、謝らないで?」
「……うん。いつか僕も、ハルカと一緒に冒険する。だから、待っててね」
「うん! その時をずっと、待ってるよ!」
「おーい! 2人とも、早く来いよー!」
ハルカとライオネルくんが約束を交わした時、サンがこちらに呼びかける声が響いた。
「これが今朝、虹を通した朝露を含む、採れたてのキルシュミーレになります」
ウィルさんは透明な大きな壺の横に立つと、そう説明してくれた。
通常のキルシュミーレは薄桜色なのに対して、こちらは角度を変えると薄紅色や薄紫色へと姿を変える。これだけで不思議な蜜なのがわかる。
「小分けする容れ物はどこだ?」
「こちらになります」
壺の後ろに木で編んだ大きなかごがあり、その中からウィルさんは透明な円柱形の水筒のような容れ物を取り出した。
「ここまで準備をしてくれて、感謝する。分けるのは俺がやる」
「わかりました。蓋だけ外しますね」
「僕も手伝う! 小分けする容れ物の蓋は任せて!」
カイルはウィルさんが壺の蓋を開けるのを確認しながら、ライオネルくんが容れ物の蓋を開けるのを手伝い始めた。
どれくらい必要かわからなかったが、とりあえず1人2個は行き渡るようにみんなも手伝い、蓋はかごへいったん戻した。そして容れ物は各自が持ち、その場で待機していた。
カイルが魔法で小分けする為、左腕でまとめて容れ物を抱えた。そして魔法を唱え、右手の指を鳴らした。
「
すると、薄桜色の蜜が色を変えながら、意思を持った滑らかなリボンのように容れ物の中に吸い込まれていった。
ライオネルくんとウィルさんが蓋をするのを手伝い始めるのを眺めながら、ハルカはカイルに小声で話しかけた。
「カイルって、転移の魔法が使えたんだ」
「ハルカの想像している転移じゃないぞ? 移動手段の転移は『行きたい場所を言葉にする』と安定して使用できる。この魔法は、発掘した貴重なものを壊さず移動できるから便利なんだ」
カイルも小声で答えてくれたが、ウィルさんがこちらに向かってきたので話をいったんやめた。
「カイル様は繊細な魔法が得意なのですね」
「色々と慣らされた、と言った方が正しいかもな」
ウィルさんから手渡された蓋を閉めながらカイルは答え、そのまま他の蓋も受けとると、ハルカの容れ物の蓋も閉め始めた。
「でしたら、女性の扱いも丁寧にお願いしますね」
「ん? どういう事だ」
「どうぞ、ハルカ様を大切に」
ウィルさんは急に挑むような目つきでカイルに話しかけたかと思ったら、小さな声でハルカの事を口にした。
「……俺なりに、大切にする」
「そうですか。何かあれば、許しませんから」
カイルも目つきを鋭くして、低い声で答えた。それをウィルさんが真剣な顔で受け止める。
そして、ウィルさんはいきなりハルカの腕を優しく引くと、エルフ族特有の尖った耳が触れるぐらい顔を寄せ、耳元に囁きかけてきた。
「ハルカ様達はわかりやすい。自分ができるのはここまでです。どうぞ、お幸せに」
「ウィル、さん?」
言葉の意味がわからないまま、ハルカは反対の腕をゆっくりと引かれ、ウィルさんから離された。
「ハルカが驚いている。何を言ったか知らないが、困らせるのはやめてくれ」
「それはご自分の立場をしっかり決めてから、言って下さいね」
他のみんなは壺の周りで楽しそうに話していたのだが、ハルカの周りだけピリピリとした空気が漂っていた。
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