第144話 冒険者の階級の昇格

 ハルカが眠る直前に聞いた前世の自分の声はおぼろげで、思い出せなかった。けれど、カイルには起きてからその事を伝えた。

 すると、もしかしたらまた名もなき話に触れたら聞こえるかもしれないが、今はやめておこう、とカイルに言われた。そして続けて、また泣き顔を見るのは嫌だからな、なんて目を背けながら呟かれた。

 この言葉で、ハルカはかなり心配をかけてしまったんだなと、反省していた。



「おはようっ! よく眠れたか?」

「おはよう! すっごい眠ってすっきりしたよ!」

「おはよう。ハルカはいつも熟睡だからな」


 コルトのギルドの前にいたサンが、満面の笑みでハルカとカイルを出迎えた。


 昨日は思いっきり泣いたせいか、ハルカは朝まで起きる事なく眠り、今日を迎えた。


「ハルカ、俺達の階級の事まで頼んでくれてありがとなー!」

「サンから聞いたんだよ! ハルカはもっと自分の事を考えていいから!」


 アイザックとエブリンも、サンに負けないぐらい元気な声をかけてきた。


「2人とも凄く頑張ってたし、何かできたらなって、思っただけだよ。それに、私が頼まなくても階級は上がるみたいだから、よかったね!」

「他人事みたいに言ってるけど、ハルカも上がるだろ」

「えっ?」

「絶対そうだよ! 早く中に入ろう!」


 アイザックはきょとんとした顔でこちらを見て、それに賛同したエブリンがハルカの手を引いてギルドの扉を開いた。


「おーおー、行ってこい。俺達はミアとリアンを待っとくから」

「そうだな。ハルカ、ギルドの人間に、冒険者の証を渡せばいいからな」

「えっ?」


 詳しい説明がないまま、サンとカイルの言葉に見送られ、ハルカはギルドの建物の中へと足を踏み入れた。



「この度は、我々エルフ族の依頼を請け負っていただき、ありがとうございました。依頼完了の報告は依頼人、そして王からも受けています」

「詳しい話は、みんなが揃ってからでもいいですか? その前に、俺とエブリンはC級で、ハルカはD級なんですけど、今回階級は上がりますか?」


 垂れ目の大きな瞳が印象的なエルフ族の受付のお姉さんに、アイザックは丁寧な言葉遣いで話しかけた。


「それも聞いています。今回、精霊使い誕生のお手伝いをしていただという事で、皆さんの階級はB級まで上がります。ですが、当分難しい依頼はB級以上の方とこなして下さいね。特に癒し手の方は、今後も単独行動は控えて下さい」

「はい! ありがとうございます!」


 お姉さんは表情をキリッとさせると、注意を促してきた。

 それでも、嬉しさが隠しきれないアイザックの元気な声が響く。


「さっ、皆さん。こちらに冒険者の証を」


 お姉さんはにこにこした顔になり、木製の薄い長四角の箱を出してきた。

 アイザックとエブリンがそこに嬉しそうに冒険者の証を置いた。なので、ハルカも急いで自身で見つけた薬草が中に入っている透明な四角い証を収納石から取り出し、同じように置いた。


「それでは、お預かりしますね。しばらくお待ち下さい」


 お姉さんはにっこり微笑むと、後方の部屋へ消えていった。


「やっぱりな! 3人でB級だ! やったな!」

「ハルカ! ありがとー!!」

「わわっ! 私の方こそ、ありがとう!」


 アイザックから肩を組まれ、エブリンからは抱きしめられ、ハルカは慌てながらも嬉しくてお礼を言った。



「そういえばさ、ハルカ達は明日、キニオスに帰るんだよね?」


 ギルドの受付が見えるように壁際に移動している途中、エブリンが黒みがかった灰色の二つ結びの髪を揺らしながら、振り返った。


「うん。私の魔法探しでお世話になった人に、報告しに行くんだ」

「そっか。じゃあ当分は、キニオスにいる予定?」

「うーん……。まだ魔法が見つかってないからわからないけれど、もし別の場所に行っても、またキニオスに帰ってくるよ」


 ハルカの言葉を待っていたのか、アイザックもエブリンも、目を細めて笑った。


「やった! じゃあ私達がキニオスに帰ったら、また会えるね!」

「その時はまた一緒に冒険しような!」

「うん! その時を、今から楽しみにしてるね!」


 友のような2人の言葉に、ハルカも嬉しさが溢れた。

 すると、カイル、サン、ミア、リアンがギルドの入り口から姿を現した。


「待ってる最中か?」

「うん! 今、証を更新してもらってるよ!」


 サンが楽しそうにこちらに向かって話しかけ、エブリンがにこにこしながら頷いた。


「ハルカ、おはよう。今日、占い師のところにも行くのね」

「おはよう、ミア。どうしてもね、お礼を言いたくて。それにね、みんなも紹介したいし」


 ミアはこちらに気付くと、すぐに表情崩しながらハルカに話しかけてきた。カイルから今日の予定を聞いたようで、つり上がり気味の猫のような瞳を輝かせていた。


「占いはできないでしょうが、ミア様は興味津々なようで……。何かあれば私が全力で止めますので、ハルカはどうか、気にする事なくお礼を伝えて下さい」

「え……。リアン、それはどういう——」

「リアン! 私はもう立派な大人です! あなたはそうやって昔の私の事をずっと言ってきて……! その事は心に秘めておきなさい!」

「いや、あの女が困る姿が想像できない。だから思う存分、やってくれ」


 リアンがそんな注意を口にするのは、それなりの理由があるはずなのだ。けれど、すぐにミアに口止めされていた。

 そしてカイルは、止めるどころかミアの背中を押した。


「カイル、迷惑かけちゃだめだよ」

「迷惑かけられてるのはこっちだろ? それに、誰かの手のひらで踊らされるのが嫌なだけだ」


 カイルはたまに子供のように幼くなる。そんなところは可愛らしいのだが、男性にそんな事を言ったら気分を悪くするだけだと思い、ハルカは苦笑した。


 そして、先程冒険者の証を渡したギルドのお姉さんが、こちらに向かって手を振っている姿がハルカの目に入った。



「お待たせしました! どうぞお受け取り下さい」


 ギルドのお姉さんがいるカウンターへ向かい、冒険者の証を受け取った。自身の証は透明な四角の形に合わせた、銀の枠の中に収まっていた。


「次回からはこちらを掲示して下さい。依頼記録はしっかりと残っていますので、実力以上の条件の依頼を受ける場合は、受理しません。ですから、コツコツと経験を積み重ねて下さいね」

「「「はい!」」」


 優しい顔立ちを無理やりキリッとさせたようなお姉さんに、アイザックとエブリンとハルカは大きな声で返事をした。それを聞いて、柔らかい笑みを浮かべたお姉さんは続きを話した。


「そして皆さん、お揃いでしょうか?」

「おう! これで全員だ」

「それではまず、報酬をお受け取り下さい」


 サンの返事を聞き、お姉さんは人数分の布袋を出してきた。みんながそれぞれお礼を言いながら受け取っていたので、ハルカもそれに習い受け取り、収納石にしまった。


「分配は同額ですが、何か問題があれば、後ほど皆さんで話し合って下さい。そして今回お礼としてお渡しする特別なキルシュミーレなのですが、精選所に準備してあります。必要な分だけ小分けしますので指示を下さいと、ウィル様からの言伝を預かっています。残りは全部、壺でお渡しします。なので、収納石が足りなければ、遠慮なくウィル様に言って下さいね」


 壺?


 もしかして結構な量があるのでは? とハルカは考えながら、特別なキルシュミーレを受け取る為、みんなで精選所へ向かった。

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