第135話 黒い炎
宿から少し離れた場所で待っていたみんながハルカの側に揃ったので、ハルカは改めて自身の精霊獣・マキアスの知られてもいい特技の話を始めた。
「マキアスの口から吐き出される黒い炎がその人の嘘を暴く、らしいの」
「空を速く駆ける事が出来て、嘘を暴けるのね。マキアスはとっても凄い事が出来るのね」
ミアはそう言いながら、優しくマキアスの頭を撫ぜた。
すると、カイルも側に来て、マキアスに挨拶をした。
「初めましてだな、マキアス。ハルカの事をよろしく頼む」
この言葉を聞き、マキアスはカイルの胸に飛び込んだ。
「あっ! な、なんか凄く嬉しいみたいで、はしゃいじゃったみたいで……! ごめんね!」
「いや、気にしなくていい。歓迎されるのは嬉しいからな。……ん? 『召喚』」
カイルは穏やかにそう言うと、何故かセルヴァを召喚した。
そして現れたセルヴァとマキアスは、翼をはためかせ、じゃれ合うように空で戯れ始めた。
「マキアス、とっても嬉しいみたい」
「俺がマキアスと触れ合ったら、セルヴァの落ち着きなくなったような気がして召喚したんだが……、セルヴァも心から喜んでいるな」
「ちょっと来て、ハルカ」
その様子を眺めていたら、ミアの弾んだ声が聞こえた。
そしてミアはハルカと腕を組み、みんなから少しだけ離れると、頬を染めながら小声で話しかけてきた。
「精霊獣同士がこんなに仲良しなんて、羨ましい限りだわ。2人の想いの強さはしっかり受け取ったのよ。お幸せにね!」
「えっ!? 何言ってるの!?」
ミアがまた勝手な思い込みで話をし始めたので、ハルカは慌てた。
「あら? あらあら。ハルカはやっぱり鈍いのね」
「ミアはさっきから何を言ってるの? 私は鈍くないよ! それにその……、ミアはカイルの事が、好き、なんでしょ? なのに簡単に、お幸せに! なんて、なんで言えちゃうの?」
ミアはどうにも変な思い込みをしやすいようで、ハルカに妙な事を言ってきた。だからこそ、ハルカは気になっていた事を、ぽろっと口に出してしまった。
「好き? 仲間としては好きよ。でも、ハルカの言う好きとは違うわ」
「じゃあ、なんで結婚なんて……」
ミアの意外な言葉に、ハルカは更に疑問を投げかけた。
「あっ、それはね、結婚するなら自分の好みの人がいいってだけ。そうしたら、素敵な恋愛もできるのかしら? と思って。だからカイルじゃなきゃだめって事じゃないのよ? それにね、とっくに諦めていたわ」
「そうなの?」
「そうよね、不安にさせたわよね。ごめんなさい。でも大丈夫よ。カイルはハルカしか見ていないもの。誰が見たって、わかりきっているわ」
ミアの本音を聞けて、ハルカはほっとしている自分に戸惑った。そしてミアからの思い込みの言葉を聞いて、頬が熱を帯びるのを感じた。
「ミアの気持ちはわかったけれど、最後の言葉はきっと違うよ?」
「はぁ……。カイルは大変ね。毎晩私の所に来ていた理由も、ハルカの為だったのよ? あのね、ハルカが思っている以上にカイルは——」
「なぁなぁ! さっきから2人でこそこそ何話してんだ?」
ミアがとても気になる事を話し始めてくれたのだが、それをサンの元気な声が遮った。
「サン……、あなたは女同士の密談に首を突っ込むなんて無粋な事をしないように、心がけなさい」
「へ? なんで怒ってんだ?」
ミアがつり上がり気味の目を更につり上げて、サンに対して怒りを露わにしていた。
しかし、何を思ったのか、ミアはすぐに表情を戻し、いつもの涼しげな笑顔を浮かべた。
「私達は大切な話をしていたの。だからね、今後邪魔をしないようにと、教えてあげたのよ。それにね、ハルカも怒ってるわ」
「そりゃ、悪かった。ごめんな。ハルカちゃんが怒るなんてよっぽどだもんな」
「えっ!? 私は別に怒ってなんか——」
「許してほしい? それじゃ、マキアスの炎を試させて?」
ミアにいきなり巻き込まれたハルカだったが、なるほど、それが狙いか、と納得した。
そしてそれに気付かぬサンは、しょんぼりとした顔がぱっと晴れやかになった。
「おう、いいぜ! 炎なら俺に任せろ! 今後は気を付ける。だから、許してくれるか?」
「いいわよ」
「許すも何も、怒ってないから気にしないで?」
「ありがとよ、2人とも!」
サンの純粋な笑顔に良心が痛みつつも、ハルカもサンが赤の魔法使いで炎に耐性があるからきっと大丈夫だろうと、高を括っていた。
「えーっと、嘘をつけばいいんだな?」
「そうだよ」
「うーん……、嘘……、嘘…………、よし、閃いたぞ!」
「マキアス、お願いね?」
炎は炎でも、普通の炎のように何かを燃やすわけではない。そして、触れても熱くなかったのは、ハルカも体験済みだった。
ただし、嘘をついた時に変化がある、とマキアスは言っていた。人それぞれ違う反応になる、とも教えられた。
だからハルカ達は念の為、他の人の迷惑にならないように宿の後方にある小さな広場で試す事にした。
そしてサンの言葉を合図に、ハルカは未だにセルヴァと共に空にいるマキアスを見つめた。
「俺がこの世界で1番モテる赤の魔法使いだーーー!!」
「嘘は嘘でも、あれはないな」
「サンはもしかして、本気で言っているのでは?」
サンの魂の叫びのような声が響き渡り、カイルは肩をすくめた。そしてリアンは、精悍な顔に若干の戸惑いを浮かべながらも、真剣な声でカイルに話しかけていた。
そしてなんだか呆れたような感情が流れ込み、マキアスが黒い炎をサンに吐き出した。
「ぐわぁっ!!!」
「サン!?」
黒い炎を纏いながら胸を押さえて膝をつくサンに、ハルカは慌てて駆け寄った。すると、苦しそうな声が聞こえた。
「もし、もし、心からそう思えていたら、俺はモテるんじゃないかって、思ったんだ……。こんな浅はかな言葉を口にして、ごめんなさい……」
「どうしたの? 大丈夫!?」
サンの口調まで変わってしまった事にハルカは動揺し、彼の背中をさすった。
「いいんだ、ハルカちゃん。マキアスの炎は俺の嘘を消し去ったんだ。強烈な熱を感じたぜ」
「崩れ落ちるぐらい熱かったの?」
「なんかこう、胸がすげぇ痛くなったんだよ。でな、俺って馬鹿だなぁって、もの凄く悲しくなっただけだ……」
「それはいつもの事だな。気付けてよかったな」
サンはゆっくりと立ち上がりながら、黒い炎の感想を悲しげに微笑みながら伝えてきた。
そんなサンに、カイルは呆れた眼差しを向け、投げやりな言葉を口にしていた。
「なんとでも言うがいいさ。俺は今、晴れやかな気分なんだ」
「なんだか、気味が悪いですね」
「あんまりマキアスの黒い炎は、体験したくないわね」
サンがカイルの言葉を爽やかな顔で受け流し、リアンとミアはそんなサンの様子を見て、怯えたような顔をしていた。
「何か、変わった事があったら言ってね?」
「いや、大丈夫だ。マキアス、ありがとな」
ハルカの問いかけにサンが答えながら、マキアスにもお礼を言った。
するとマキアスは上空からサンの側へ行き、腕に顔をすり寄せた。
「ちょっと加減がうまくいかなかったみたいで、心配してるよ」
「そうか。ま、俺ならピンピンしてるから大丈夫だ」
「本当に大丈夫そうだな。そろそろ、ウィルの所に行くか。ハルカ、精霊獣の説明はどうする?」
申し訳なさそうな感情が流れ込み、ハルカはサンにそう伝えた。するとサンは笑いながらマキアスを撫でた。
そしてその様子を眺めていたカイルが、こちらを見ながら尋ねてきた。
「それについては、プレセリス様から助言をもらってるの。だから、大丈夫!」
「あの女……、そこまでわかっていて何故言わなかったんだ……」
ハルカの返事に、カイルは不服そうな顔になると、ぶつぶつと文句を言いながら歩き始めた。
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