第136話 浮かぶのは、あなたの姿だった

 マキアスの黒い炎の効果を試した後、ハルカ達は精選所へ向かった。

 そして精選所に着くと、ウィルさんとライオネルくんの姿が見えた。


「待たせたか?」

「いえ、今日はそこまで契約者の方がいなくて、早々に終わったんです」

 

 カイルの言葉に、ウィルさんは穏やかな笑みを浮かべながらそう答えていた。


 アイザックとエブリンの姿はないが、今日の依頼をこなすのが忙しそうな2人には、サンが後で詳細を伝える事になっている。


 そして笑顔のライオネルくんが、こちらに駆け寄ってきた。


「ライオネルくん、お父さんとお母さんと、ちゃんと話せた?」


 ハルカもその笑顔に応えるように、前屈みで微笑みながら、ライオネルくんを迎えた。


「うん。ちゃんと話した。そうしたら……」


 ライオネルくんは、屈んで目線を合わせていたハルカの耳元に顔を近づけてきた。


「『あなたに降りかかるであろう残酷な未来ばかり想像して、今のライオネルとちゃんと向き合えていなかったのね。本当にごめんなさい。でもね、これだけは覚えておいて。あなたがどんな姿だろうとも、私達の自慢の息子にかわりないのよ?』って、言ってくれたんだ!」


 ライオネルくんはハルカにだけ聞こえるように耳元に手を当てて、一生懸命話してくれた。

 そしていったん言葉を切ると、更に小さい声で続きを教えてくれた。


「あとね、『私達はライオネルと家族になれて、幸せを感じなかった日はない』って。僕……、嬉しかった。だからね、ハルカ。何回言っても足りないけど、本当にありがとう」


 そう言い終えて、ライオネルくんは一歩下がると、ハルカと目線を合わせた。

 ライオネルくんの頬は真っ赤で、喜びを全身で表現しているのが伝わる。だからハルカも心からの笑顔で、その喜びを受け止めた。


「お礼なんていらないよ。ライオネルくんが幸せなら、私も嬉しい」

「ハルカはそう言うけど、僕が言いたいだけだから、いいの。僕、お父さんとお母さんの家族として生まれてこれて、よかった」

「ふふっ、ありがとう。そう思えるライオネルくんはやっぱり、とっても素敵な人だよ」


 すると、その言葉を聞いたライオネルくんが、もうこれ以上染まる場所がないぐらい更に顔を真っ赤にさせて、目を泳がせた。


「えっと……、あっ……、マキアス、すごく嬉しそうだね」

「ライオネルくんにも伝わるんだね。カイルの精霊獣、セルヴァと一緒にいられるのが嬉しいみたいなの」

「……ふーん、そっか」


 ライオネルくんは落ち着かない様子で、話題を変えてきた。きっとご両親の話をするのが照れくさいのだろう、と思ったハルカはその話題に乗った。

 しかし、ライオネルくんは声のトーンを下げ、拗ねたように唇を可愛らしく尖らせていた。


「どうしたの?」

「……なんでもない」

「あの、ハルカ様。早速なのですが、あちらの小屋で、2人きりでお話を伺ってもよろしいですか?」


 ライオネルくんの様子がおかしいのが気がかりだったが、ウィルさんにそう言われ、ハルカは気を引き締めた。


「はい。きちんと説明します」


 みんなの心配そうな視線を受けながら、ハルカは立ち上がりマキアスに声をかけた。そして空から降りてきたマキアスを抱き抱えると、ウィルさんの後に続いて歩き出した。



 精選所の小屋の中は広く、右側の本棚には分厚い本が溢れかえっていた。そしてその近くに木でできた大きな四角いテーブルが置かれ、左隅には錬金術で使うような大鍋があった。その周りの棚には、金の粉や赤い星のような葉っぱ、水色の液体など、様々な素材が瓶の中に収まっていた。


「さぁ、こちらに座って下さい」

「ありがとうございます」


 ガタガタと音を立てながら、ウィルさんは無骨な大きめの木の椅子を、部屋の中央に準備してくれた。

 そしてお互いが向かい合って座った時、ウィルさんが先に口を開いた。


「ハルカ様、とても聞きにくいのですが……、あの、精霊獣の卵はいったい——」

「プレセリス様からいただきました!」


 ハルカはウィルさんに申し訳なく思いながらも、こればかりは説明ができないのでプレセリス様の言葉を有り難く使う事にした。


「ですが、契約は——」

「あ、あの、精霊獣の卵だとは思わなくて! だから契約したつもりもなかったんです!」

「……確かに、たまに変わった形の精霊獣の卵もありますからね。自分がもう少し確認すべきでしたね」

「い、いえ! ウィルさんのせいじゃないです!」


 うぅっ、ごめんなさい!


 ハルカが心の中でそう詫びると、マキアスも腕の中で居心地悪そうに動いた。


「初めて契約される方が似た意味の言葉で契約してしまう事もありますし、気にしないで下さい。それにしても美しい毛並みですね」


 ウィルさんはそう言って話を切り上げ、マキアスを優しく見つめた。


「ありがとうございます。本当に綺麗で、触り心地も気持ち良いです」

「ハルカ様に似て、とても穏やかな子ですね。もう何ができるのか、お聞きになられましたか?」


 話が終わるかと思いきや、やはり精霊使いのウィルさんはマキアスに興味津々のようだった。


 カイルの言った通り、確認しておいてよかった!


 そう思いながら、ハルカはマキアスの特技を伝えた。


「その姿から駆ける事は得意そうだと思っていましたが、嘘を暴くとは、面白い事ができるのですね」

「他にもそういう事が出来る精霊獣はいるんですか?」

「人の気持ちに関してですと、やる気を起こさせてくれたり、素直な気持ちにさせたりなど、多種多様ですね」

「どれも素敵な特技ですね!」


 精霊獣の優しい特技に、ハルカは自然と笑顔になった。

 すると、それに合わせたようにウィルさんが微笑みながら、熱のこもったような瞳を向けてきた。


「あの、その嘘を暴く黒い炎を、自分に試していただけますか?」

「えっ!?」


 先程のサンの様子が頭に浮かび、ハルカは慌てた。


「何か不都合でも?」

「い、いえ、でも、あの、もしかしたら、痛いかも、しれないです」

「そうなのですね。では覚悟してお受けします」


 ハルカのしどろもどろな説明を聞いても、ウィルさんの決意は変わらなかった。


「じゃあ、マキアス、加減してね? ウィルさん、どうぞ」


 サンの時よりも優しくお願い、と思いながら、ハルカは腕の中のマキアスに話しかけた。

 そしてどんな嘘をつくのだろう? と考えていたら、ウィルさんは予想外の言葉を口にした。


「自分はこの先ずっと、ハルカ様と共に時を過ごしたい」

「え……?」


 ハルカの小さな呟きと共に、マキアスは黒い炎を吐き出した。


「……何も変化はないようですね。やっぱり、嘘じゃなかった」

「えっと、あの……」


 戸惑うハルカにウィルさんは幼さの残る整った顔を、嬉しそうに綻ばせた。


「ハルカ様。自分にあなたの隣で共に人生を歩む権利を、いただけますか?」


 この言葉で、ハルカはようやくウィルさんの言いたい事が理解できた。

 そしてマキアスはウィルさんに気を遣ったように、ハルカの中に消えた。


「あの、私はまだ、自分の魔法も見つけてはいませんし……」

「じゃあ、見つかれば、考えて下さるのですか?」


 マキアスがいなくなり、ハルカは心細さを感じて自身の手を組んだ。そして、自分の考えをなんとか言葉にしようとしていた。

 しかし、ハルカが口を開く前に、ウィルさんが先程とは違った切なそうな顔で、問いかけてきた。


「やはり、もう、心に決めた方がいらっしゃるのですか?」

「……あっ」


 どくんと、ハルカの心臓が大きく跳ね上がった。

 それはウィルさんの言葉で胸をよぎった、いつもの柔らかな微笑みを浮かべた、カイルの姿のせいだった。

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