第134話 私だけの精霊獣
みんながいなくなった宿の部屋が、ハルカにはいつも以上に広く感じていた。
そして椅子に座ったまま、自身の精霊獣・マキアスに対して、なるべく小さな大きさで現れてほしいと、思いを伝えながら召喚した。
「召喚」
そして伝えた通り、ハルカの膝の上にちょこんと乗るぐらいの大きさの、黒い翼を持つ漆黒の猟犬が姿を現した。
「——っ!! 可愛いね、マキアス!」
早く本題に入らねばと思いつつも、その愛らしい姿にハルカの本能が勝った。結果、ハルカはマキアスを抱きしめ、乱暴にならないように優しく優しく身体を撫で続けた。
「あ……。マキアス、喜んでくれてるの?」
目を閉じてハルカに身を任せるマキアスを撫でていたら、くすぐったいような嬉しいような感情が流れ込んできた。
「よくやく触れ合えたんだもんね。私も嬉しい。…………よし、名残惜しいけれど、先に教えてほしい事があるの」
この言葉で、マキアスは小さな翼を羽ばたかせ、ハルカの横へ浮き上がった。
「もう、なんとなくわかってくれているんだね。あのね、マキアスは何が出来るのかな?」
すると、ハルカの疑問に応えるように、マキアスの姿が変化した。
「えっ……?」
ハルカは一瞬、鏡でも出てきたのかと思った。
そう錯覚するぐらい、目の前には自分と同じ姿の少女が佇んでいた。
『私はマキアス。ハルカの魂から創られた存在。だからあなたの姿を真似れる。そしてあなたの疑問に正しく答える者』
「えっ……、えぇっ!?」
しゃ、喋った!?
自分の声とはこんな声なのか、と違う考えも浮かんだが、話す姿に驚いてハルカは声を失った。精霊獣とは会話できないと思っていたので、頭の中で溢れた情報が整理できていないせいでもあった。
『他に、何か聞きたい事は?』
「………………ちょっと、待ってね。と、とりあえず、初めまして?」
『ふふっ。この姿では、初めまして』
へぇ……、私ってこんな顔して笑うんだ……。
って、そうじゃなくて!!
予想外の事が起き、ハルカは若干現実逃避し始めたのを辛うじて踏みとどまった。
「ご、ごめんね。驚きすぎちゃった。えっと……、私の姿に、なれるんだね。けど、『あなたの疑問に正しく答える者』って、どういう事?」
『そのままの意味。ハルカの『相手の全てを正しく知ろうとする心』から私は生まれた。だから、その疑問に答えられるように神様が私を創った』
「私の心から……。疑問ってもしかして、なんでも?」
『そう、なんでも』
マキアスはハルカを穏やかな表情で見つめながら、淡々と返事を返してくる。
そして、ハルカもマキアスと視線を合わせながら、考えた。
なんでもって、例えば……、私がみんなと一緒に、ずっと冒険者を続けられるかどうか、とか?
その考えが読まれたのか、マキアスが口を開いた。
『ただし、ハルカがそうであってほしいと思う願望には答えられない。だから願いを込めず、疑問だけを尋ねてほしい』
「マキアスには……隠し事は出来ないね」
『だって私は、ハルカの魂から創られたのだから』
みんなと一緒にいられると言ってもらえたら、私はきっとその答えに満足して、努力しなくなる。
だからマキアスはずっとそばで、そんな私の心が成長するのを待っていてくれたんだ。
そう確信したハルカは、自分の甘えた心をしっかり受け止め、頷いた。
「ちゃんと言ってくれてありがとう。自分の不安を解消する為の質問は、もうしないね」
『それは私からではなく、ハルカが自分で気付くもの。そして人から教えてもらうもの。だから本当に困った時にだけ、私を頼って』
「うん、そうだね。自分で解決できる事は、
自分で見つけるね」
自分で考えて生きる選択をした事を再度思い出しながら、ハルカは返事をした。
そして同時に、マキアスが生誕石を守るように存在していたように思えた事を思い出した。
「あとさ、マキアスはもしかして……、私の生誕石を守ってくれていたの?」
『守る意味合いもあった。けれど、両親の想いを強く感じられるこの場所を選んだ、という意味もある』
「マキアスも感じるんだね。やっぱり、見守ってくれているんだ……」
改めて両親の存在を強く感じ、ハルカの心は小さな灯りがともったように、温かくなった。
「教えてくれてありがとう。それと、マキアスのこの力は、私だけの為に使いたい、ってライオネルくんから聞いたけど……、他の人に知られない方がいいのかな?」
幸せな気持ちに浸りたいところだったが、ハルカは気になっていたライオネルくんの言葉の意味を尋ねた。
『ハルカの姿を真似れる。会話ができる。疑問に答える。この事はまだ口外しないで。私自身が、伝えてもいい人を見極めたい。そして、神様によって手を加えられている私と同じ事が出来る者が、この世界の精霊獣に存在しない。この事は、忘れないで』
「そうなんだ……。わかった。マキアスが自分から話すまで絶対に秘密にする。それじゃあ、他の人に教えてもいい、マキアスの特技みたいなものはある?」
『ある。私は空を速く駆ける事が得意。それと——』
ハルカは、元の猟犬の姿に戻ったマキアスを抱き抱えながら外に出た。
すると、宿から少し離れた場所にいるみんなと目が合った。
その瞬間、よくわからない違和感を覚えた。
あれ?
なんだかみんなの様子が、変なような……?
その違和感の正体を尋ねる前に、ミアがこちらに向かって歩いてきた。
「ハルカ、もういいの?」
「うん、お待たせ! ミア達は何を話していたの?」
「今後について、いろいろとね。これは改めて、カイルから話があるはず。だから今は気にしないで。それで、マキアスは何が出来るのかしら?」
一瞬、ミアの顔が曇った気がしたが、すぐにいつもの涼しげな笑顔を浮かべてマキアスについて尋ねてきた。
もしかして、毎晩ミアの所に通っていた理由も含まれるのかな?
ミアの口からカイルの名が出て複雑な気持ちになりながらも、ハルカは頭の片隅にこの話題を追いやった。
「わかった。それならカイルからの話を待つね。それと、マキアスについてなんだけど、空を速く駆けるのが得意なんだって。あとはね、『口から吐く黒い炎で嘘がわかる』みたい」
「嘘?」
ミアがきょとんとした顔でマキアスを見つめた。
すると、マキアスは返事をするように小さな黒い炎を吐き出した。
「おわっ!? なんだ今の!?」
ミアに続いてこちらに来ていたサンにも黒い炎が見えたようで、驚いた声を上げていた。そんなサンの後ろから、カイルもリアンも不思議そうにこちらを覗き込んできた。
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