第121話 揺るがぬ想い
黒いフードの男達とカイル達の力の差は歴然で、程なくして決着がついた。
「うぐっ……! なんだって、こんな、女装した奴らなんかに……」
屈強そうな男がカイルに組み敷かれながら、悔しそうに顔を歪めて呻いていた。
他の男達は、見るも無残な姿で横たわっている。
「お前が頭だったな。何故、盗んだ?」
「けっ! なんでお前みたいな男女に——、いっ!?」
カイルは瞬きひとつせず、表情も変えずに、男の顔のすぐ横に剣を突き立てた。
「戯言は聞きたくない。理由はなんだ?」
「わ、わかったから落ち着けって。……理由なんてもんは言わなくてもわかるだろうが。金品にして、その日暮らしの足しにしてんだよ」
「……念の為に確認するが、盗んだ精霊獣の卵を買い取る度胸のある奴は、どこにいる?」
「あ? 精霊獣の卵ぉ? そんなもんに手ぇ出したら命が消し飛んじまうよ!」
カイルの質問の答えは、妙な返事と共に終わりを迎えた。
***
カイルが質問をしている間に、サンが衛兵を呼びにコルトへ向かった。
そして最近、『人間族だけを狙った盗難が多発していた』事実を知る事になる。この件はギルドにも依頼が出ていた為、ハルカ達は結構な報酬をもらう事となった。
「ただの物取りだったね……」
「あぁ……。何となく違うだろうとは思っていたが、他種族に手を出すのは危険だと心得ていた、物取りだったな」
普段の格好に戻ったみんなと、残念会と称してコルトの酒場へと来ていた。そこでハルカはカイルと共に、そんな感想をもらしていた。
衛兵達も怪しいとは思いつつ、手口が巧妙でなかなか取り押さえるきっかけが掴めなかったそうだ。
「もーっ!! なんですぐ私達も呼んでくれなかったの!? それにミアさんまでなんでいるの!?」
「いや、今日は休憩日にするって——」
「俺達の目的は、『冒険者の階級を上げる事』だって言ったじゃん! 少しでも手柄になりそうならすぐ呼んでくれよー! それにミアさんと一緒に精霊獣の卵が探せるなら、休みなんかいらないんだよー!」
サンは、本来一緒に行動していたエブリンとアイザックという名の少年少女も呼び寄せていた。
そして、ヒストリーオ・テアートロの旅芸人の中で、ミアが憧れの人物だったようだ。だからそれも含め、必死な顔をした2人に責められていた。
「今の時期、コルトでしか採れないキルシュミーレを求める人々で町が賑わっている最中を狙った奴らなんて、許せないわ」
「えぇ、全くです。衛兵に引き渡したので、正当な裁きを受ける事でしょう」
今、シュトーノは地球でいうところの春のような季節で、精霊の大樹から薄桜色の蜜が採れる貴重な時期でもあり、人が集まりやすいそうだ。それを狙った犯行に、ミアもリアンもとても不快な顔をしていた。
「ねぇ、ハルカだって、階級を上げたいよね!? だからこの依頼を受けたんでしょ?」
「俺達、ヒストリーオ・テアートロの舞台があるのを知って、観光も兼ねて早めにコルトに来てたんだ。そしたら探し物が得意な俺達にうってつけの難易度の高い依頼が目に飛び込んできて、すぐサンに連絡したんだ。運がいいよな、俺達! これですぐにB級だな!」
サンがなだめていたエブリンとアイザックはハルカと同じ17歳だという事で、すぐに打ち解けてくれた。
エブリンは、リアンよりも黒味が強い灰色の長い髪を2つに結び、前に垂らしている表情豊かな少女だ。
アイザックは、黒味の強い茶色で跳ねのある短い髪の、元気な青年だ。
「私はまだ冒険者になったばかりだから、そんなにすぐB級にはなれないんじゃないの?」
「甘いな、ハルカ。他種族からの難易度が高い依頼をこなして成功すると、一気に昇格できるんだ。だから精霊獣の卵を見つけ出して、3人でB級になって報酬を増やそうぜ!!」
アイザックに力説され、ハルカはその勢いに押され、頷いた。
「やめろやめろ。お前達はもっと経験を積んどけ。いきなり上の階級になったってな、誰かと一緒じゃなきゃB級以上の依頼を受ける許可も出ねーよ」
「じゃあ、サンが付き合ってよ!」
「あのなぁ、俺だってずっと一緒ってわけにはいかねぇんだよ」
エブリンの頼みに、サンは呆れた顔をしていた。
サンの弟の友達らしく、今回だけは面倒を見ているようだった。
「サンは相変わらず、面倒見がいいな」
「あー、懐かしいな。カイルの面倒を見たのも俺だったしな」
「頼んでないけどな」
カイルとサンふっと笑って、懐かしむように顔を見合わせていた。
「面倒って、どういう事?」
「冒険者になる時、階級が上がる依頼をこなす時は単独行動を渋られる。だから全部、サンが一緒にいた」
「ハルカちゃん、聞いてくれ。俺は勝手にA級昇格の依頼に巻き込まれてたんだぜ?」
「それでサンもA級になれたんだ。感謝してくれ」
なんだかんだカイルはサンを頼りにしているんだなと、ハルカは2人の関係を微笑ましく思った。
「だから2人はそんなに仲が良いんだね」
「そうだな。俺達の友情は不滅だな!」
「いや、俺はそこまで思っていない」
「おい、そこは空気を読んでおけよ!」
ハルカの言葉にサンが垂れ目を細め、嬉しそうに反応した。しかしカイルはあからさまに驚いた顔して、サンの言葉に同意しなかった。
こういうところ、本当に素直じゃないなぁ。
サンに対するカイルらしい反応に、ハルカは小さく笑った。
「明日からも公演が続くけれど、時間を見つけて私達も探すわね」
「ありがとうな。よろしく頼むぜ!」
「ミアさんも一緒なら、絶対依頼は成功する!」
「明日からの公演も頑張って下さい!」
ミアの言葉にサンは明るく応え、アイザックとエブリンの言葉にミアは嬉しそうに頷いていた。
そして美味しい料理を肴に、みんなのお酒も進んでいった。
***
「相変わらず、酒に弱いな……」
自分の頭を優しく撫でる感覚がぼんやりと伝わり、カイルの声が小さく聞こえた気がした。
あ、れ……? 私……、横に、なってるの?
いつの間に……、お酒なんて、飲んだんだろう……?
「止める間もなく、果実水だと思って勢いよく酒を飲んだのには、さすがに焦ったな」
カイルの心地良く響く静かな優しい声と、ゆっくりと頬に移動してきた手の温もりに、ハルカは何故か心が苦しくなり、涙が流れそうになった。
「……決心はしたんだ。けれど、こんな姿を見たら心配になるだろ?」
そしてカイルは頬をゆっくりとなぞるように手を離し、浄化の魔法をかけてくれた。
酔いがまだ覚めておらず、浄化の光の暖かさも相まって目を開けられなかったハルカは、急に不安になった。
決心って……、何?
カイルの声は本当に小さくて、聞き間違えたのかもしれないと、自身の不安を誤魔化しながらハルカはまた深い眠りについた。
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