第三話 カイルの独白③

 俺はそれでも油断してはいけないと、キニオスの町に着いた時、ハルカを試した。

 敢えて1人にして、魔法を使えば反応するように罠の魔法を部屋に掛けていたのだが、ハルカは何もしなかった。


 そしてハルカが異世界の人間だと、ようやく信じられた理由がいくつかあった。


 髪の色に対する反応、精霊獣を見る目、そして『知らない文字』だ。

 念の為、次の日に本当にその知らない文字がハルカの名前なのかを試す為に、ルチルの宿で扉に名前の紙を触れさせもした。


 そしてハルカがこの世界の文字を練習している間、俺も異世界の記録を調べていた。すると、似たような文字を見つけた。

 その文字は、クロムが詳しい文字だった。


 そこで俺はふと顔を上げ、真剣な表情で文字を書くハルカを見つめながら思った。


 こんなにも無防備に人を信じるハルカは嘘をつけないだろう、と。


 この瞬間、俺の中に罪悪感が生まれた。


 でもどうせ、いつかは別れる。

 その時までの感情だ。


 そうして、その感情に蓋をした。


 それに……、やはり異世界の力がどんなものなのか、知っておきたい。

 俺の願いに利用できるものは、何だって利用してやる。

 そして、使えない魔法だとわかればすぐにハルカが異世界の人間だと目立たせ、噂を広め、餌として使い捨てればいい。


 この時まで、俺は本気でそう思っていた。



 そしてその日の夜——、思い知らされた。


 気が変わって逃げられるかもしれないと考えが浮かび、俺は探知と罠の魔法を部屋に掛けていた。だからハルカが目覚めた事を感じ、急いで部屋に向かったが、様子が明らかにおかしかった。


 この時の震える声で話す、ハルカの姿と言葉が今でも忘れられない。


 ハルカは俺と同じ境遇になりこの世界に来たと知った時、蓋をしたはずの罪悪感が溢れ出てきた。


 それと同時に、オリビアの声が頭に響いた。


『にいさん……、…………、たすけ、て』


 最期の時に微かに聞き取れた言葉を思い出し、自分の顔が歪むのがわかった。そして、その顔を見られたくなくて、俺はハルカを抱きしめたんだ。


 表向きはハルカを慰めながら、俺は自分の願いを思い出していた。


 やはりこの世界には、神などいないのだろう。いるならどうして、オリビアは死んでしまったんだ? 俺の両親だって、きっと願ったはずだ。なのに何故?

 ハルカが、特別なのか? 


 命の重さに、違いなどないはずなのに。


 こう考えた時、俺はハルカに対して少なからず負の感情を抱いてしまった。

 こんな事を考えてはいけないとわかっている。けれども考えずにはいられなかった。

 しかし同時に、別の感情が芽生えてしまったのを感じていた。だがこの時の俺は、その触れてはいけない想いと向き合う勇気がなかった。

 そしてその感情を振り払うように、妹を守る事が出来なかった俺の決心を、改めて心に刻んだ。


 オリビア……、守れなくて、すまなかった。

 クロム以外、誰一人として、助ける事が出来なかった。

 俺がもっと早く戻れば……、いや、いつもの祝宴を離れて、B級昇格の依頼をこなしに行かなけば、未来は変わっていたのかもしれない。

 一緒に、逝けたかもしれない。


 だから願った。


 みんなは望まないだろうが、それでも俺は自分の手で仇を討つ、と。


 それが俺の願いであり、俺とクロムの生き残った意味だ。


 だからその為に、ハルカを利用する。


 この時の俺は、ハルカを餌として使う決心が揺らぐのを誤魔化すように、更に強く自分に言い聞かせていただけだった。

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