第120話 戦う乙女達
精選所で話し合っている間に、太陽はゆっくりと傾き始めていた。
「やっている事の重大さがわかっていて何故、盗むのでしょうか……」
リアンさんは多分、そこまでこそこそしながらも卵を持ち去り続ける人の考えを理解できないようで、顔をしかめていた。
「理由は捕まえてから吐かせればいい。だが、今になってそんなにわかりやすく行動しているのが、気になるところだな。何かの罠じゃなければいいんだが……」
「ただ警戒してるだけじゃねぇのか? それに早いとこ動かねぇと、本当に探せなくなっちまうぞ?」
「とりあえず、門でその黒フードの人達の特徴を教えてもらう?」
カイルとサンに思いついた事を伝えていたら、ミアが何か閃いたようで、手をパンッ! と鳴らした。
「それなら、こういうのはどう?」
ミアの生き生きとした顔を見て、何か凄い事を思い付いたに違いないと、ハルカは期待を膨らませた。
***
春の夕日のような柔らかい光が、みんなの顔を照らしている。
ウィルさんはさすがに精選所を開放したままコルトの外へは出られないので、ここにはいない。
だからハルカ達だけが『偽の精霊獣の卵』を持って外に出た。
何度も出入りしているなら、近くに身を潜める場所があるに違いないと、カイルが考えを口にした。
すると、精霊の大樹の側にある隠れられそうな場所は、この森の中にある小さな洞窟かもしれないと、ウィルさんから教わり、みんなでその洞窟の前にわかりやすく偽の卵を並べ、腰を下ろしていた。
「ねぇ、何か喋って下さらない?」
「……」
「サン、あなたは何故、平気なのですか?」
サンが……、いや、『長身長髪の迫力美女』が『黒緑色の髪を下ろした美女』、カイルに色っぽく微笑んでいる。それを『凛々しい顔の美女』、もとい縦巻きロールのカツラを被ったリアンさんが、不思議なものを見る目つきで見ていた。
「リアンさん、サンは楽しんでいるだけだと思います……」
「はぁ……、そうなのですね。あの、ハルカさん、私の名も遠慮なく呼び捨てに。話し方も普通で構いません」
「じゃあ……、リアンも呼び捨てにして? 話し方も気にしなくていいから」
「女性を呼び捨てになど……!」
サンは微笑みがにやにやしたものに変わっていて、カイルの反応を楽しんでいるようだった。
そして、リアンと今更ながら名前の呼び方を話し合う、とても穏やかな時間を過ごしている。
だがこれは、ミア発案のおびき出し作戦中なのだ。
『警戒しているなら、向こうからこちらに来るように仕向けたらいいじゃない! 卵を持っている女性がいたら油断して近づいてくるんじゃないかしら?』
『いや、それは危険だ。ハルカとミアだけにそんな——』
『何を言っているのかしら? さぁ、全員、まずは化粧をしに行くわよ!』
まさか、ミアが女装を提案してくるとは思わなかったな……。
動揺する男性陣を問答無用で旅芸人専用のテントへ連れ込んだミアを思い出し、ハルカは内心苦笑いしつつも、リアンとの会話を続けた。
「仲間なら、普通にして下さいね?」
「わ、わかりました。話し方はこれが普通なので……。ハルカ、と呼ばせていただきますね」
そして、ミアが静かに立ち上がり、沈黙しているカイルの隣へ行くと、そっと腰を下ろした。
「カイル、自信を持って。あなたがこの中で1番、男だとバレないわ」
「——っ!」
ミアは真剣にそう言うと、カイルの手に自身の手を重ねていた。
「女性の姿でも違和感が無いほど整っている顔立ち。私達の子供も、きっと可愛らしいでしょうね」
「なっ!?」
えっ……。こ、子供?
もしかして、ミア、諦めてなかったの?
「ねぇ、ハルカもそう思わない?」
2人の姿とこの言葉に胸がぎゅっと痛み、ハルカはすぐに返事ができなかった。
「ハルカ?」
「ご、ごめん! そうだね、今日のカイルは他の誰よりも綺麗だよ!」
「!!」
「……ぶふっ! だーっはっはっは!!」
ミアが不思議そうに名前を呼んだ事に焦ったハルカは、変な返事をしてしまったんだと、カイルの表情とサンの笑い声で気付かされた。
「もっ、もう、やめてやって。これ以上は、カイルが、立ち直れないから……」
「黙れ」
サンがお腹を押さえ、笑いを堪えながら必死に喋る姿を、カイルは睨み付けながら立ち上がった。
「こんな事をしなくても、待ち伏せておけばよかったんだ」
苛立っているカイルは来た道を見据え、サンもリアンも続いて同じ方向へ顔を向けた。
しばらくして、森の中からガサゴソと音がしたかと思うと、黒いフードを被った5人組が姿を現した。
「ん……? おんやぁ? さっき男の笑い声が聞こえたはずなんだが……」
「お頭の聞き間違いじゃねぇのか? ここには見事な刺繍のマントを身にまとった女しかいねぇよ。なんでこんな所で精霊獣の卵を並べているのか知らねぇが、今日はツイてるなぁ」
「ちゃんと人数分いる! 今日はかなりの儲けもあって本当に良い日だった! だから思う存分、楽しんでやる!!」
「お前、ほぼ順番回ってこねぇもんな」
「俺、立ってるあの子に決めた!」
下卑た声と共に、じっくりと舐めるような視線を感じ、ハルカは鳥肌が立った。
だが、事前に何かあった時を話し合っていたお陰で、すぐに戦えるように立ち上がる事ができた。
そして、それぞれ武器を構える。
「お前達、何が目的で盗んだ?」
「あー、そういう事か。お前ら冒険者かぁ? なんで居場所がわかったか知らねぇが、女だけとはナメられたもんだなぁ!」
カイルの質問にそう答え、男達はにやにやしながらも武器をのんびりと構えた。
それを合図に、カイルは鮮やかな刺繍のマントをなびかせながら、駆けた。
ズザザッ!
「いって……、ひぃっ!?」
「お前が俺の相手をしてくれるんだろう?」
カイルの剣を正面から受けた線の細い男は、吹き飛ばされ、尻餅をついた。そして刃先を面前に突きつけられ、情けない声を上げていた。
「こんのやろうがっ!」
大柄の男が慌てたようにカイルを狙うが、カイルに続いて動き出していたサンがそこへ飛び込んだ。
ガキンッ!
「あらぁ、あなた、とってもいい男ね!」
「げっ! こいつ、男だぞ!?」
大柄の男の剣を余裕そうに自身の大剣で受け止めながら、サンは軽口を叩いていた。
「守護せよ! ミア様、ハルカ、この十字架の側から離れませんよう、お願いします」
そう言い残して、リアンも戦いに参戦しに行った。
「案外、あっさり見つかるものなのね」
ミアが隣でしれっと、そんな言葉を呟いていた。
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