第98話 コルトの町

 だんだんと近づく精霊の大樹があまりにも大きくて、ハルカはこのコルトへの定期便が、おもちゃのような大きさに感じていた。


「あと少しで到着だな。そろそろ大広間に移動するか。コルトに着いたらまず、宿の確保を済ませよう」

「わかった。これってさ、下に落ちないようになってるの?」


 町の端は何も囲いがなく、一歩踏み出せば地面に真っ逆さまな気がしたハルカは、血の気が引いた。


「精霊の大樹自体が保護の魔法を発動して、町中にいる人を守っているから大丈夫だ。キニオスの城壁の役割と同じだと思ってくれ」

「大樹が城壁……」


 神秘的な輝きを放つ精霊の大樹の説明に、ハルカは半信半疑ながらも頷いた。



「お2人合わせて1万マルクになります」

「確認してくれ」

「……はい、確かに。それではどうぞ、コルトの町をお楽しみ下さい」

「ありがとうございました」


 一瞬、ハルカの言葉に、支払い対応をしていたエルフ族の人が目を見開いていたが、すぐに笑顔になってこう言った。


「黒の方がこんなに人見知りしないのも珍しいですね。プレセリス様と似ている気がします」

「プレセリス様?」


 いきなり知らない人の名前が出たので、ハルカは聞き返した。


「おや? ご存知ないですか? プレセリス様はダークエルフの、とても有名な黒の占い師なのですよ」

「あっ! その方に会いに来たんです! 名前を知らずに、失礼しました」


 占い師さんの名前がこんな所で判明するとは思わず、ハルカは驚きながらも慌てて頭を下げた。


「いえいえ。それでは急いで予約をしに行かれるといいですよ。常に向こう3ヶ月は予約が埋まっているはずですから」


「「3ヶ月!?」」


 驚きのあまり叫んだハルカと、カイルの同じような声が重なった。



「とりあえず、宿は押さえられたな。今から予約をしに行くか……」

「3ヶ月、かぁ……」


 宿の備え付けの椅子に座りながら、各々に呟く。


 コルトの町は全て木造で、全体的に温かみのある建物ばかりだった。

 木の根の上にはちゃんと地面もあり、自然豊かな町並みで、空気がとても澄んでいるのを感じる。精霊獣や蝶々が飛び交う、まるで絵本のような世界にも思えた。

 そして、今いる宿も大きな木の中に存在する宿で、温もりの溢れる部屋だった。

 普通なら癒されるはずなのだが、今だけは気落ちして、ハルカは心から新しい地を楽しめないでいた。


「とりあえず行ってみよう。3ヶ月の間に自力で魔法を見つけたなら、占いはやめればいい」

「ありがとう……。3ヶ月もあったらきっと、見つかるよね」


 そして、お互い頷いて立ち上がると、占いの館へと向かった。



「少し奥まった所にあると言っていたが……、あれか」


 定期便のエルフ族の人に場所を聞いていたので、そこまで迷う事なく占いの館までたどり着けた。

 色鮮やかで優雅なバラが咲き誇る庭園を抜けた先に数段の階段があり、それを上るとレトロな洋館がそびえ立っている。


「レンガかと思ったけれど、全部木なんだね」

「エルフ族は樹木と共に過ごすのが当たり前過ぎて、これが1番落ち着くんだろうな」


 そんな感想を漏らしながら階段を上り、カイルは洋館の大きな扉へ近づくと、黒い蝶のドアノッカーを叩いた。するとそこまで間を置かず、ドアノッカーからとても低い男性の声が聞こえた。


『いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?』

「占いの予約をしたいんだが……」

『かしこまりました。早くて6ヶ月先……、いや、少々お待ち下さい』


 その言葉と共に、声は途切れた。


「ねぇ、今さ、6ヶ月先って聞こえなかった?」

「占いを6ヶ月も待つなんて……、気が狂ってるとしか思えないな」

「カイル、それ言い過ぎだから」


 まさかの月日にひどい言い草のカイルをたしなめたが、ハルカも内心、占いは諦めようとしていた。

 その時、何故か目の前の扉が開いた。


「お待たせ致しました。……あぁっ! やはり。すっかり予定を失念しておりまして、申し訳ありません。お2人の事はプレセリス様から伺っております。どうぞお入り下さい」


 そう言って、目の前の長身長髪で黒味がかった藍色の髪の美形エルフは微笑んでいた。

 しかし、黒い軍服に身を包んだ鋭い目つきの魔王のような風貌に、ハルカは呆気に取られた。

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